第10話 少女と狂った人外2
二人で楽しく過ごす時間も終わりを告げる。少女と人外のお茶会は、人外の予定でお開きとなった。
「まだ話したりないわ」
「俺もだよ。けれど買い忘れたものがあってね。夕食は君の好物にしようとしたのに……うっかりしていた。すぐに買って帰ってくるから、少しだけ待っててくれるかい?」
少女の頭を撫でながら、人外はテーブルの上を片付け始める。そんな人外を眺めながら、少女は頬を膨らませた。もう少しだけそばで会話をし、仲を深めたかった、と。
「すぐに帰ってきてくれるのよね?」
「ああ、勿論だとも。君一人にするのは少し危険だからね」
「そういえば地下に居るって言ってたわね……」
人外の用事が気になりながら、少女はどこに行くのかと問う事はしなかった。ただ、人外が言っていた地下に居るヴェレーノと思わしき人外が居る事に不安なのだ。
人外が出かければ、彼女を守ってくれる者など居なくなってしまう。だからこそ少しだけ不満にも思ってしまうのだ。少女1人だけ残して行くのが危険だと分かっていながら、置いて行く事を決めた人外に。
「ねぇ、私も一緒に行ってはダメ?この足にはまっている物を取れば、私だって一緒に行けるはずだわ」
1人になりたくない少女のおねだりに、人外の目の色が変わった。
「ダメだ!!それだけは許さない。そんな事、俺のフィオレは言わない!」
いきなり怒鳴り、少女を睨みつける人外に少女は体をビクつかせ、混乱する。先ほどとは打って変わって怖い雰囲気を晒す人外に。
「それに……その枷を外すだって?逃げる気だろう?そんなのは許さない。ここが一番安全なんだ。分かってくれるはずだ、俺のフィオレならば」
虚ろな目で狂気じみた笑みを浮かべ、人外は少女の腕を掴む。何の加減もされていないソレは、少女の腕をギリギリと締め上げた。笑顔のまま尚も力を緩めず、腕を掴まれている少女の骨はギリギリと悲鳴を上げる。このままでは少女の腕の骨が折れてしまうといったところで、とうとう少女は声をあげた。
「痛い!痛いわ!分かったわ、分かったから!ここから出ないから。だから……」
「うん。それならいいんだ」
痛みに、泣きそうになりながら、少女は部屋にとどまる事を了承する。すると、先程まで加減なく少女の腕を締め上げていた人外の手が緩み、少女の腕を解放した。
涙を浮かべたまま自分の腕をさする少女の頭を撫で、満足そうに頷くと人外は少女を置いて部屋から出て行った。
「なんなのよ……急に……」
1人になった部屋の中で少女は、先程の人外の豹変具合に少し疑問を感じた。だが、少女は人外が豹変したのは地下にヴェレーノが居るのに、安全な場所から出ていこうとした事に怒ったのだと、そう思ってしまった。
危険な存在が近くに居るのに、安全な場所から出ていくと言われれば、そりゃいくらフィオレに優しい人外であろうと怒るだろう。そう思えば、先程の理不尽な怒りをぶつけられても納得できる。ならば、少女がするのは、大人しくここで人外の帰りを待つことだけだ。
「あの人が帰ってきたら、何のお話をしようかしら」
少女が夢を見るようにうっとりとしながら、人外が帰ってきた後の事を想像する。出かける前に人外は少女の好きな物で夕食を作ると言っていた。何故、人外が少女の好物を知っているのかは分からないが、フィオレと人外の何か特別な絆で分かるのだろうと、少女は気にもとめない。
「随分と遅いのね……」
窓の外を見ながら、少女は心配そうに独り言をこぼす。人外の男が買い物に出かけたのは、空が茜色に染まる夕暮れだった。だが今は、夜空色のドレスに小さなダイヤモンドが散りばめられたかのような星空に変わっていた。少女は心配そうにさらに窓に近づく。
窓の外の景色から、ここが山奥にある屋敷なのだろうと少女は察する。何故なら少女の居た部屋が二階で周りも、景色も窓から見る範囲ではあるがかなり大きい。屋敷だと思う程には大きい建物の中に居る事が分かったからだ。
「随分と立派なお屋敷なのかしら……」
窓を開けてもっとよく見ようと窓の鍵に手をかけ、鍵を開けた。窓を開くと窓の外には鉄格子がはまっている。
右側を見れば郊外を離れているのだろう涼やかさを感じる木々、そして手前を見れば、その奥に日の光を浴びて美しく光る海。見事なオーシャンビューであった。鉄格子さえなければ。
だが、少女はこの鉄格子がはまっている事に納得していた。邪魔ではあるが、それだけで不満に感じる事は無い。なぜならば少女が居る部屋は丁度、崖側にあるからだ。もし景色に気をとられるあまり覗き込み、崖下の海に落ちたらひとたまりもない。
「もし落ちて死んじゃうよりはマシだもの。寧ろ落ちないように安全策をしてくれている事に感謝だわ」
少女は安堵する。この柵のおかげで自分はこの窓から間違っても落ちる事は無い、と。帰りが遅い人外を心配しつつ、人外が用意してくれたベットに乗り上げ、三角座りをした。ベッドに乗り上げる際、足首にはまった足枷がじゃらりと音を立てたが、それを気にする余裕すら無くなっていた。
「それにしても遅いわね……なにか事故にあったんじゃ?」
次第に少女は待ちくたびれて、眠りに落ちてしまう。
それからどれほどの時間がっただろう。用事を終わらせた人外がそっと少女の部屋のドアを開けるとベッドに横たえ、すぅすぅと柔らかな寝息を立てた少女が寝ていた。
少女を愛おしげに眺めていた人外は早く目覚めてほしい、その目に自分を映してほしい、その声で俺の名前を呼んでほしい、そんな思いが人外の頭の中を延々と巡り胸をしめつける。
少女が塵芥の前で寝返りをうった。
「ああ!寝ている君も愛らしいが、起きてる君は今以上に可愛く俺を魅了するのだろう!」
耐え切れず放った恍惚とした呟きで、少女の意識が浮上する。勿論、少女の異変に気付かないトカゲの人外ではなく、起きた少女に近づきながら話しかけ始めた。
「ううん……」
「起きたのかい?俺の華。俺だけのフィオレ」
人外は少女の手を取り、手の甲にキスをする。少女は顔を赤く染めあげながら人外に手をひかれ起き上がった。恥ずかしそうに寝乱れた髪を整える少女を微笑みながら眺める。
「遅くなってしまってすまないね。ついでに食事を用意していたんだ。今すぐにでも食べられるけど……どうしたい?」
「そうなの?それは嬉しいわ!もうお腹ペコペコなの」
軽く少女の衣服の乱れを直してやり、人外はやんわりと少女をテーブルへと誘導する。優しく椅子を引いてやり、座らせていったん外に行った人外がカートを押して部屋に戻ってきた。カートの上には美味しそうな料理がずらりと並ぶ。
綺麗な焼き目のついたチキン。暖かな湯気が出ているスープはポタージュなのか、甘い野菜の香りがした。瑞々しいサラダには少し酸味が強そうなドレッシングがかかっており、すっぱそうな香りで口の中に唾液がたまる。
香ばしい香りを振りまくパンは見るからに柔らかそうで。それだけで少女の腹が鳴るほどに食欲をそそられた。
「すごく、美味しそうだわ」
待ちきれないと隠そうともしない少女の反応に、人外は嬉しそうにしながら、人外はテーブルに料理を運んでいく。準備が終わるや否や、食べ始めた少女を眺め人外はワインを飲む。
腹が膨らむと、先ほど寝ていたにもかかわらず少女は眠気に襲われた。何とか起きようとするが、眠気に負けそのまま寝落ちてしまう。
「ふふ。お腹いっぱいになって眠くなるなんて、まるでヒナのようだね」
眠ってしまった少女を抱え、ベッドに寝かし布団をかける。優しく少女の頭を撫でていた人外は、少女の額にキスを1つおとす。
「おやすみ、俺のフィオレ」
人外はそのまま部屋の電気を消し、少女を起こさぬよう静かに部屋から出て行った。
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