第6話 人魚の魅力
部屋から出て、暗い洞窟をペルラの鳴き声を聞きながら歩く。出口が見つかれば御の字だが、地図もないこの場所で見つかる可能性は低い。なら、今は二人でいる時間を大事に。幸い警戒する対象はヴェレーノ以外いないのだから。
心地よいペルラの腕の中でルイはボソリと呟く。
「ペルラのその鳴き声、僕好きだな……」
「キュルルル、ふふ、好きなんだ?海の中では人間の使う言葉って聞きづらいんだよねぇ。だからこんな風に喋るんだよ」
「それ言葉なの?なんて言ってたの?」
「んー、気になる?ただ鳴いてるだけ、意味はないよ。機嫌がいい時とか、大好きでたまらない時、あとは楽しいときかな。自然となっちゃう、甘え鳴きっていうの。それと言葉っていうか、明確な法則はねえんだけど、なんとなく伝わるつうの?言葉に近い何か……って表現の方が合ってるかもね」
「……それって僕にも喋れるようになる?」
ピタっとペルラの動きが止まった。驚いたようにルイを見て、そっと抱え直しルイの額にペルラの額を合わせる。
「……しゃべりたいの?人魚の」
「うん。やっぱり喉の作りが違うから無理かなぁ?」
「そうだね、種族が違うから喉の作りも違う。でも完全に無理ってわけじゃない。喋れるようになるまでが難しいだけで、声の出し方に慣れれば、あとは覚えられると思う。それに、ルイはオレの真珠を飲んだから何言ってるかわかると思うよ」
「なら……良かった」
「なぁに?オレと人魚の言葉で喋りたかったの?」
噛み締めるようにそう言い、すりすりとルイに擦り寄る。ペルラの喉からはクルルル、クルルルと絶えず鳴き声が出ていて、彼が嬉しがっている事が言葉だけでなくその行動から分かった。そこまで喜んでくれると、ルイも頑張って覚えようという気になるというもの。
人間には使いにくい言葉を使って、2人以外は理解しにくい会話をするのも魅力的でいい。クルクルと鳴き続けているペルラに抱えられているがゆえの、近い位置にある頭。思わずルイはペルラの頭を撫でてしまう。さらさらとした手触りのいいペルラの髪にルイは夢中になる。
「わあ!触ってて気持ちいい!」
「んふふ、気に入ったの?いいよお、もっと撫でて。ルイはオレの鱗も髪も好きなんだねえ」
「うん!綺麗なヒレも長くしなやかな尾鰭も好き」
「……恥ずかしげもなく、よくもまあ言えんね。嬉しいけど恥ずいわ」
ペルラの人魚ゆえに日の当てっていない、真珠のように白い肌が徐々に赤く染まっていく。目元を赤く染め、瞳を潤ませる。それでもなお見つめ続けるルイに、ついには首筋まで赤く染め、伏せ目がちに視線をずらし、恥じらうペルラはとても色っぽい。なるほど。これが色気というものか。今のペルラを見たものはきっと見惚れるに違いない。女の自分よりも色気があるとはこれいかに……ルイはスンと真顔のままペルラを見続ける。
「……見過ぎ」
耳元に直接届く掠れたような甘いペルラの声が、見過ぎだとルイの首筋に顔を埋める。ペルラの行動にルイは胸が締め付けられる程のトキメキを覚えた。ただでさえ人魚と言うだけでとても美しいのだ。人魚の時だけでなく、いまの人型のペルラはタレ目がちな顔で、笑えばそれだけでも甘く優しげな笑顔になる。しかも海で生きてきたからか、長身なその身体は彫刻のような筋肉が身を包み、着痩せしていてもその体はがっしりしている。
これは世の女性が放っては置かないだろう。一部の男性も。
「なるほど、これが傾国。これが萌えというやつ」
「んえ?何が?」
「大丈夫、ペルラを狙う変態は僕が追い払う」
「ん?待って何の話?」
いきなり会話がずれ始めたルイにペルラはキョトンとする。変態を追い払うのも、それはオスであるペルラの役目だろう。ルイが変態に狙われているのかと思考が混乱する。だが、ルイが狙われてるならばただじゃすまないはずだ。ぺルラがソレを許さない。ルイがどうしてそういう思考回路になったのかペルラには分からなかった。
「そうだ、ペルラは人魚だけど何の人魚なの?」
「いきなり話かわるね?」
「尾びれが長いから、ウミヘビ系かな?ウツボ?アナゴの可能性もあり?」
「オレの話し聞こう?」
ワクワクとした顔を隠しもせず、ルイはペルラに質問を重ねる。そんなルイにペルラは抱えたまま歩きながら、ルイの質問に答えるべく考え始める。
「ーん。そもそも人魚って大まかに分けて二種類いるんだよね。絵本に出てくるような、人と魚の特徴が下半身と上半身で分かれてるタイプと、全身に魚の特徴が出ているタイプ。絵本に出てくるタイプが【定種】で全身に出てるタイプが【原種】って呼ばれてる」
「2つ?それだけ?どの魚の特徴が出てるとか無いの?」
「そうね。多少は影響受けてるかもだけど、オレは原種だから、基本はいろんな魚の特徴が違和感ない程度にまざってるかな。オレはウミヘビとかウツボとかが強く出てるから尾びれが長いの。でもウツボもウミヘビも、鋭い背びれや腰びれは無いし、鱗もあるにはあるけど皮膚の下にあるタイプが多いんだよ。でもオレの鱗は皮膚の下じゃなく上。それに長い尾びれの先はイルカみたいな形の尾びれだったでしょ?オレの人魚姿見てたから分かると思うけど」
そう言ってペルラは、腕だけを器用に人魚に戻して水かきのついた手を手の甲をルイ側にして見せてくれた。確かに、皮膚の上に鱗はあり、皮膚の下には無い。ウツボやウミヘビの特徴だけならば、尾びれの先がイルカみたいにはなっていないだろう。本当に色んな種族の特徴がごちゃ混ぜになっている。
ルイはふと目に付いたペルラの指の間についた水かきを触れば、ビロードに似た感触でいつまでも触っていたくなる。指の先には獲物を捕らえるための爪があり、その爪がルイに当たって怪我をしないように手の内側に握りこまれていた。ペルラの配慮に、ルイは嬉しく感じる。
「うん。鋭い爪は格好いいし、水かきはビロードみたいで手触りいいし、節くれだった手は大きくて、撫でられると気持ちいいし……内側に閉じ込めるみたいな輝き方してる鱗は宝石みたいだし。しなやかで力強い泳ぎも、低くて甘い声もすごくキレイだった!」
「すげぇ口説くじゃん。嬉しいけど……でね、定種の人魚は尾びれの形は基本変わらないの。鱗の色が個体差で変わるだけ、定種はその差しかない。けどね原種はさらに二種類あんの。肉食系の魚が強く出てるのと……あー、珊瑚とか海藻系食うタイプの魚が強く出てるの。オレは肉食ね」
「確かにペルラの歯はもう牙って感じだもんね」
「ふふ。格好いいでしょ?で、これが一番重要。原種の人魚はねえ、人魚全体でみると三割くらいしかしないの。ほか七割は全部定種。だからすっげぇ珍しい」
「そうなんだ。だからそんなに魅力的なのね」
「……人魚殺しがおじょーず……」
軽口をたたきあいながら、洞窟の奥へと進んでいた二人だが、ふと、ペルラが足を止めルイの持っていた懐中電灯を目の前のがれきへと向けた。視界にうつったのは、出口であろう扉に厳重に施された鍵。例え力づくでも壊す事が出来なさそうな程頑丈な作りだった。
「まさか鍵がかかっているなんて……別のルートを探さないと」
ルイはペルラの首につかまりながら途方に暮れる。けれど、鍵が掛かっている事に納得もしてしまう。ここがヴェレーノの住処ならば、さらった少女を逃がしたくはない。
ペルラはルイを気遣いながらその場を離れることにした。壊せない事も、ここから簡単には出られない事も分かったのだ。ならば、今は慣れぬ環境で疲れているであろう己のフィオレを休ませる事の方が先だろう。休ませてから、またここから出られる道を探せばいい。ぺルラはルイが休めそうな場所を探し始めた。
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