第7話 子守歌と真珠

 しばらくガチャガチャと周りの部屋の扉を開け閉めしていたペルラは、1つの部屋を見るなりそのまま入っていく。部屋の中は何もない。死体すらも。そのため、ルイを休ませるにはちょうどいい部屋だと思ったのだ。ぺルラはルイを気遣いながら部屋の中へと入って行く。なるべくルイの負担とならないように。


「疲れたでしょ?休める時に休んでおきな」

「分かった。ペルラも休むの?」

「ルイ達がいつさらわれたのか分からねぇけど、たぶん今日だろうし逃げるにしても、ろくに準備してない中で夜に動くのは危ないんだよねぇ。逃げるには夜の暗さは心強いけど、もし森の中なら遭難するからね。慣れていないなら、夜に動かない方がいい」

「うん、休む理由は分かった。でもどうして今が夜だって分かったの?」

「ああ、それは簡単だよ。海の中で光なんてないとこのが多いし、時計なんて海に持ってちゃ壊れるでしょ?だから人魚はだいたい体内時計が正確なんだよね」


 ぺルラの言葉に感心すると共に納得した。確かに海の中に時計など持ってはいけないだろう。持って行ったとして、海水で錆びてダメになるのが目に見えている。しかも海は深ければ深いほど光など届かない。いつが昼でいつが夜かなんて、それこそ明かりが届かないと判断できないのだ。自分の体内時計で測らなければ時間は分からないまま。

 ぺルラはルイを足の間に座らせて、胸へともたれかけさせた。


「どうしたの?ペルラ」

「ん?地下っぽいココ以外にも出口はあんのかなって思っただけ。あってもおかしくはないでしょう?」


 そういってぺルラは考え始める。最初に2人が閉じ込められていた部屋からココまでは基本、一直線だった。曲がったのだって部屋から出て最初の左右を選んだ時だけ。そうして進んだ先であるココに出口があるのならば、反対側に地上への出入り口があるとみていいだろう。頑丈に鍵がされているのだ。その鍵を解く物は地上にあるとみていい。問題はヴェレーノと遭遇する危険があがる事だが。

 無言でルイの方にかかるまでしかない髪を指ですき撫でていく。ぺルラの真剣な横顔をぼーっと眺めているルイに気づいたペルラが視線を向ける。


「寝られねぇの?休まねぇと、この先つらいと思うけど?」

「何となく……眠れなくて」


 ぺルラの腕の中で体制を変え、鎖骨辺りに顔を埋める。そのままゆっくりと肺いっぱいに空気を吸い込むと、鼻にペルラの匂いが届く。甘い海の匂いに安心するルイを見てペルラは優しく目を細めた。


「仕方ねぇな……眠れるように子守歌でも歌ったげよっか?」

「いいの?聞きたい」

「オレだけのかぁいいフィオレのおねだりなら、聞かないわけないじゃんね。目が覚めるまでこうやっててあげるから、安心しな」


 問いかけに目を輝かせたルイは、聞きたいと素直にねだる。ルイの反応にペルラはご機嫌に喉を鳴らすと、低いながらも甘い声で歌い始めた。人魚らしく美しい歌声に聞きほれる。ぺルラが歌う子守歌はルイの知らない歌で、人魚の子守歌なのだろうその歌はとても優しい旋律だった。



 ルイがふと目を開けると、辺りが暗くともルイの体に巻き付くぺルラの腕。ルイが風邪などひかぬように、と掛けられたぺルラの上着ごと抱き込んでいた。誰よりも安心するぺルラの腕の中で微睡むルイは、思いだす。

 そういえばルイをここに連れてきた『クソ野郎』がいるんだったと。ぺルラに再会した喜びでスルーしてしまったが、ぺルラの言う『クソ野郎』がヴェレーノであるならば、ルイの持つ情報とペルラの持つ情報を共有した方が良いのではないか。死の匂いが充満する部屋があるくらいだ。たとえヴェレーノに会う事はなくとも、ここがルイにとって知らない場所である事は変わりない。ならばペルラ程ではなくとも警戒は解けないはずだ。

 幸いな事にルイがここまで来た経緯と、知っている範囲のヴェレーノの情報は既にぺルラに伝えてある。だったら次に気になるのは、どうやらヴェレーノに会った事がありそうなペルラからの情報だろう。ルイ自身が手出しできずとも、ぺルラの足手まといにならぬ様に、逃げる事や隠れることくらいは出来よう。


「どうしてペルラがここに閉じ込められていたのかも、気になるし……」


 一度気になるとどうしても知りたくなるもので、ルイはぺルラが起きた時に必ず聞いてみようと決めた。そんな時、ぺルラが身じろぎをし、その蜂蜜を垂らしたような満月色の双眼がルイを視界にいれる。ぺルラはルイを確認すると、寝起きのふにゃふにゃした笑顔を向けながら挨拶をした。


「おはよぉ、ルイ。起きるの早いね」

「おはよう、ぺルラ。僕もさっき起きたばかりだよ」


 ルイの頭を優しく撫でながら、ぺルラはルイの顔が難しい問題を出されたかのような表情をしている事に気づくと、気づかわし気にルイの顔を覗き込む。


「難しそうな顔をして……どうしたの」

「え?そんな顔してる?」

「してる」


 ぺルラの問いかけに、ルイは自分の顔を両手で挟みモニモニと揉みだした。そんなルイに笑いながらも、ぺルラは表情の訳を問う。ぺルラの大事な真珠が愁いを帯びた表情をしている。それだけでも聞く価値がぺルラにはあるのだ。

 じぃっとルイの顔を覗き込みながら、ぺルラはルイの言葉を待つ。話すまで動く気はないと言うかのように。


「そんなに真剣な顔をするほどのことではないよ?ただ……ペルラがどうしてここに居たのかな……って思っただけ」

「ああ……なるほどね。そうね、ルイからしたらどうしてオレがここにいるかわかんないもんね」


 納得したように頷きながら、ぺルラはルイが疑問に思った事をどうやって説明しようかと考え始める。そしてポツリポツリと話し始めた。


「ルイの魂が帰った後、オレはルイに飲ませた真珠の感覚を頼りにルイの所に行こうとしたんだ」

「え?真珠を頼りにってどういう事?」

「ルイが帰る前、飲ませたでしょ。真珠」

「うん。人魚の涙って本当に真珠なんだって思った」

「んはは。普段は真珠にならないよ。感情が高ぶったときは真珠になんの。んで、その真珠を飲ませると、居場所が分かるようになんの」

「飲み込み型GPS……それって胃液で溶けたりしないの?もしくは下から出てきたり……」

「待って、その発想はなかった。多分胃液では解けないと思うよ……もちろん下から出てきたりはないかな……そんな話聞いたことないし」

「そっか。じゃあ安心だね」


 ルイの思いもよらない発想からの質問に、ぺルラは笑いながら何故真珠を飲み込ませるのかの理由を教えた。

 海の中では同じような景色が続く。そのため一度迷子になり離れてしまえば、再会することは難しい。二度と会えなくなる程に。だからこそ大切な相手や、家族には人魚の涙を飲ませて相手の居場所が分る様にすんだ、と。居場所さえ分かれば、その方角に向かって泳げば再会することは出来る。

 ルイに飲ませた真珠がその涙であるとぺルラは説明した。


「そっか、じゃあ僕の中にある真珠に向かってぺルラは泳いできたのね」

「そう。んで、真珠が近くにあんなって思ってここら辺の海泳いでて、確認のために海面から顔を出したらさあ。あのクソ野郎と丁度目が合ってさ」

「うわあ。災難だったね……」

「あいつからすれば、オレはフィオレを奪いに来たって思ったんだろうけど、オレ知らねえし。話ししようにもきかねえし。ああ、こいつヴェレーノなんだなって。しかもオレの真珠の反応が近くにあるし。なんか嫌な予感がするし、とりあえずどこか遠くに誘導しようとしたんだけど」


 苦々しげな顔でぺルラは続ける。


「失敗した。海の中ならオレの領分なのに、あいつ泳いできやがった」


 陸の生き物が海の中でも俊敏に動き始めて、驚いたペルラは不意を突かれてしまったのだ。ヴェレーノから攻撃をもらい出血してしまったぺルラは慌てて陸地へと上がろうとした。海で血を流すなど、自殺行為だ。血の匂いを嗅ぎつけてサメがやってくる。だが、それが悪手だった。

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