第4話 最期は共に

 依存、執着、ドンと来い。ルイは既にペルラと生きる覚悟を決めた。ペルラのフィオレとして生きるのなら、彼の為にも早く死ぬのは許されない。


「分かった。ペルラ、僕はなるべく長く生きる。だけど、それでも僕が死ぬかもしれなくなったら……その時はペルラも一緒に死んでくれる?」


 ペルラをヴェレーノへとさせない為にルイができること。簡単に死ぬ気はないが、もしもの場合がある。自分が死ぬ時に彼も共に連れていくことしか思いつかなかった。狂わせてしまう位なら、ルイはペルラと一緒に死にたかったのだ。


「はっ……!ふふ、あっはははは!なぁにそれぇ!はは……すっげぇ殺し文句。いいよ、一緒に死んであげる」


 ルイの覚悟を持った眼差しのまま紡がれる言葉はペルラを喜ばせるもの。死すら共にしてくれるらしい。狂う暇すら与えられないのだ。ペルラは幸福だ。一緒に死ぬ事を許してくれたのだから。

 共に死んでくれるフィオレは少ない。人外の感覚を人間であるフィオレが理解できないからだ。だから、せめて華を贈ってくれた人外だけでも生きて欲しいと願ってしまう。それがどれほど人外を絶望に落とすかも知らずに。

 そしてヴェレーノに堕ちてしまう。悲しみと絶望に沈んだまま、己の華の望みだからと生き続ける。


 けれどもうペルラがヴェレーノに堕ちる事は無い。ペルラがルイの後追いをすることを望み、ルイがそれを許した。

 ペルラは先程までの悲痛そうな表情と違い、今は幸せそうに微笑む。そのまま、ペルラはルイと額を合わせた。


「ねぇ、ルイ。オレの真珠を受け取った証を見せて欲しい。どんな華を……どこに咲かせたの?」

「……首筋だと思う」

「首筋?」

「うん。ペルラから真珠を貰った時、熱を首筋に感じたの。鏡で確認したけど首筋に咲いてると思う」

「オレも見たい」


 ルイは頷きながら服の首元を緩める。熱を感じた方の首筋をペルラに向け、服をはだけた。

 ペルラの目の前に広がるルイの滑らかな陶器のような肌と、首筋に咲く紅くも真珠の様な輝きを放つ華のアザ。紅いゼラニウム。


「どうだった?なんの華が咲いてた?」

「ふふ、ゼラニウムだよ。紅いゼラニウム、しかも真珠の様な輝きまである。凄いねぇ!ルイ」


 ルイの首筋に咲いた、ペルラの為だけに咲く華。ルイがペルラだけのフィオレになった証。首筋にアザはあれど、先程までルイになかった実感がルイの胸を満たした。湧き上がる嬉しさのまま、ぺルラに視線を移したルイは見惚れる。

 青磁のような肌では分かりにくいはずのぺルラの頬は赤く染まっていた。蜂蜜を思わせる瞳は普段よりもトロリと蕩け、ただでさえ甘いタレ目をさらに甘くする。熱の籠った視線はルイの首筋に咲く華から離れない。

 ぺルラの口元は緩く弧を描き、その顔を見た者を魅了できるのではと思う程の艶色を纏う。


「ペルラ、顔がすごい事になってるよ」

「んへへ、そう?自分じゃ分かんねぇな……」

「凄いね。僕、ぺルラのその肌でも分かるくらい赤くなるなんて知らなかった」

「それはオレも初めて知った」


 二人で額を合わせクスクスと笑う。ここがヴェレーノの巣であることは変わらない。それでもつかの間の幸せだった。

 多幸感も長くは続かない。ルイの鼻にわずかだが確実に血の匂いが届いたのだ。もしかしたら、あのヴェレーノがこちらに来たのかもしれない。緊張がルイを包む。


「血の匂い……」

 

 思わずぺルラに抱きつき、背中に手を回す。背に回したルイの手にヌルリとした感触がした。すかさず自分の手を見ると、血がベッタリとついている。驚くルイはハッとした。血が付くという事はぺルラが怪我をしているという事だ。

 ヴェレーノでなかった事には安心だが、それとこれとは話が別。ルイは慌ててペルラの背中に顔を向ける。ぺルラの背中には右肩から左腰にかけて3本のザックリ切られた傷があった。おそらくは爪か何かで攻撃を受けたのだろう。出血が多い見た目に反して、怪我がそこまで深くない事が救いである。


「ペルラ!血が……怪我してるなら手当しないと、なんで早く言ってくれないの」

「うん?ああ、クソ野郎につけられた傷じゃね?オレも今まで忘れてたわ。あいつ、まがりなりにもヴェレーノだからそこそこ強いんだよ」

「こんな怪我しといて忘れないでよ」


 ルイのウエストポーチから救急セットを取り出し、ガーゼに薬を塗り、綺麗にした傷口へ張り付ける。ガーゼをテープで固定すれば、動きでテープがはがれないように上から包帯を巻いた。まだ少し出血をしているようだから、止血も込めてきつめに。


「多分これでいいと思う。けどここから出られたら、ちゃんとした治療を受けた方がいいよ」

「応急処置だとしても、してもらえるのは有難いよ。ありがとう、ルイ」

「きつく包帯を巻いちゃったの。動きにくいとかない?」


 軽く確認するようにぺルラは腕を回したり、体をねじる様に動かす。止血のためとはいえきつすぎていないか、と。ヴェレーノの巣から出るならば、ぺルラが率先して動かなければならない。その妨げになってはいけないのだ。

 ぺルラとルイならば、確実にルイの方がお荷物なのだから。


「……ない。上手いじゃん、ルイ。これなら人型になれそう」

「人型?」

「うん。今のオレは人魚体、このままだと陸の上を移動できねぇから人型になんの」

「なれるの?服は?」

「なれるよ。服はねぇ、人型になった時に勝手にきてる。原理は分からねぇ」

「それ不思議だね」

「オレもそう思う」


 ルイから距離をとったぺルラの体の周りに、水が集まりだした。集まった水がシュワシュワと泡に変わる。ぺルラの姿が揺らぎ人魚から人間へと変わっていく。

 尾びれが足に、鱗が皮膚に、ヒレが無くなる。顔の横にあるヒレは耳に、けれども髪も目の色もぺルラのままで、目元の鱗も残ったまま。

 人型になったぺルラはその場で軽く屈伸した。


「んー、うん。人型になったの久しぶりだけど、感覚は覚えてるっぽいわ。いける」

「大丈夫なの?歩けそう?」

「うん。おいでルイ、ここから逃げるよ」


 さし伸ばされたペルラの手を掴み、ルイは部屋を出る。ヴェレーノに見つからないように、安全な場所へと避難しておきたいのだ。あわよくば、逃げ出したいと思う。


 部屋から出て最初に見たのは、くり抜いて作られた洞窟のような場所。辺りは暗く一歩先すら見えない程だった。

 道がいくつか分かれているらしいが、ルイがそれを見ることは出来ない。暗すぎてルイには見えないのだ。逆にペルラは夜目がきくらしく暗闇の中、何度も転びかけるルイを支えながら道を先導してくれる。暗い洞窟の中をペルラと手を繋ぎながら歩く。ルイではもう、どこをどう歩いてきたのか分からなくなっていた。

 ぺルラが足をとめる。ルイは不思議に思いながら、ぺルラの顔があるであろう方向へと顔を向けた。


「ねぇ、ルイ。もしかして見えてねぇの。さっきから何回もこけそうになってるし」

「え……うん。ここまで暗いと見えないから」

「あー……そっか。人間には見えねぇのか。あんね、そこにね何かあるんだよね。多分、道具かな。でもオレそれが何か知らねぇから、ルイに知ってるか聞きたかったんだけど、見えないなら分かんねぇよなぁ……」


 ぺルラは困った声で言う。人間は夜目があんまりきかない事を知らなかったのだ。種族が違うのだから知らなくて当然だろう。ぺルラは人魚だ。海は深い所へ光が届かないと聞く。ならば、人間のルイよりはよく見えているはずだ。もしくは、目ではない別の器官で把握しているのかもしれない。

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