第3話 2人で1つの魂

 辺りに歌が響く。とても美しい歌を奏でている人外は、上機嫌に己の上に寝かせたルイを優しく抱きしめている。ゆっくりとルイの頭を撫でる手つきも優しい。思いのほか居心地のいい彼の腕の中で、微睡んでいたルイの意識がまた深い場所で眠ろうとした。

 だが、思い出してしまう。自分が意識を手放す前に起こったことを。


 普通に考えるならば、今ルイを抱えているのはあの拐ってこようとした人外だ。そう思うはずなのに、不思議とルイは警戒心がわかなかった。むしろ身に覚えがあるのだ。

 自分を優しく抱きしめる腕も、体に巻き付く何かも、そして何よりルイの首筋のアザから感じる暖かい何か。それがこの腕の持ち主が誰かをルイに教えてくれていた。

 今、自分を優しく抱き抱えてくれている、待ち望んだ存在を確認するべくルイはそっとまぶたを開く。


「ああ、起きたァ?寒くはねぇ?」

「ペルラ?」


 低すぎず、甘いアルトが耳を満たす。視界いっぱいに広がる碧。声がした方へと視線を向ければ、夢の中と同じようにトロリとした笑顔を浮かべる美しい人魚。ルイの焦がれた人魚がそこに居た。

 そしてルイは自分がペルラの体の上で寝ている事に一拍遅れて気づいた。なぜそのような状況になるのだと、慌てて周りを見渡せば成程と納得する。清々しいほどに何も無い殺風景な部屋に。

 これでは休む場所がない。


「ねぇ。さっきから何探してるの?」

「僕がペルラの上で寝てるの、なんでかなって考えてたら……」

「ああ。この部屋はオレが来た時には、もうこんな何も無い部屋だったよ。あと、オレがお前の布団代わりになってたのは、人間のメスは弱いって聞いてるから。この部屋じゃ体調崩すでしょ?」


 そう言って優しく微笑んだ人魚は、あの夢のような現実でルイをフィオレにと望み、真珠の華を贈ってくれた。必ず見つけてくれると、言ってくれたペルラのままで。

 まるで最初からずっとそばに居たかの様な安心感がるいの胸を満たす。


「んふふ。安心しきった顔してくれちゃって。約束……守ったでしょ」

「うん」

「まあ、と言ってもここまでルイを運んできたのは、あのクソ野郎なんだけど……でも、褒めてくれる?ルイ」

「ペルラ!」


 待ち望んだ再会にルイは思わずペルラに抱きつく。ルイが力一杯抱きついてもビクともしない体は、ルイを抱きとめ抱き返す。

 そして思い出す。ペルラと再会した際にルイがペルラにしたいお願い。


「ねぇ、ペルラ。お願いがあるの。ずっと一緒にいて遊んでくれる?僕と……」


 ルイの唐突な願いに目を瞬かせながら、ペルラの動きが固まる。ドキドキと緊張しながらペルラの返事を待つルイに、その美しい顔を甘く蕩けさせながら答えた。


「オレの宝物、オレだけに咲く華、オレだけの真珠。オレがルイのお願いを断るわけねぇじゃん。一生、ずぅっと、そばに居る」

「ホント?嬉しい……」


 ペルラの了承を告げる言葉で、ルイの顔に喜色が浮かぶ。嬉しいと隠しもしないルイにペルラは目を細める。


「……で?ルイはなんでここにいんの?ここ、あのクソ野郎の巣だと思うんだけど?」


 ペルラとの再会に浮かれていたルイはその言葉で現実へと戻る。

 ペルラからすれば、あのあからさまに理性を失っている人外の巣に、己の大切なフィオレがいるのだ。疑問に思わないはずがない。何かに巻き込まれたと考えるのが普通だろう。

 安全な場所に居るはずのフィオレがここにいるのだ。それだけで十分に警戒する。

 真剣な顔でルイを心配するペルラにルイはここに来るまでの事を話した。今朝見たニュースの話、そのニュースに出ていた殺人犯たと思われる人外に狙われていた、条件に合致してしまった少女。彼女を逃がそうと、頭で考えるよりも先に体が動いてしまったルイ。

 相槌を打ちながらルイの話を聞いていたペルラは話が進むにつれて目が座っていった。


「成程?つまり、オレの可愛いフィオレはお人好しを発揮してここにいるんだ?」

「そうなる、のかな?」

「はあ。「そうなる、のかな?」じゃねぇわ。そうなんだわ!しかもあのクソ野郎はヴェレーノなんだぞ!?」

「……ヴェレーノ?」


 ペルラはヴェレーノという言葉にいまいちピンと来ていない顔をしているルイに、何故そんな顔をしているのかと考え、思い出す。ルイがフィオレの存在すらも知らなかった事に。

 フィオレの存在すら認識していなかったのならば、ヴェレーノの事も認識していないだろう。フィオレの事を話すのなら、ヴェレーノの事も話さなければならない。切っても切り離せない関係だからだ。

 ペルラは頭を抱える。どう説明したものか、と。


「ルイはヴェレーノの事、知らないんだね?」

「うん。知らない」

「だよねぇ。フィオレの事も知らなかったもんなぁ……」

「その……ヴェレーノって何?」

「あー……なんて説明すっかなぁ。んー」


 ペルラは自分の頭をガシガシと乱暴にかきながら、視線をさまよわせる。自分の考えを纏めながら話しているのか、少しつっかえながらも説明しだした。


「とりあえず、フィオレがどういう存在なのかは、海の中……ルイからしたら夢の中になるのか?まァ、そん中で説明したでしょ?」

「うん。人外にとっての半身、失ったら狂ってしまうんでしょう?」

「そう。なんで狂っちまうのかって言うと、元々は1つの魂だったもんだから、あったはずのものがねぇことに耐えられない。だから理性が擦り切れる」

「擦り切れる……元が1つって事は、僕とペルラ2人で1つの魂って事?」


 満足そうに笑いながらペルラはルイの頭を撫でる。


「そ。んで問題のヴェレーノ。こいつは何らかの形でフィオレを失った結果、狂った人外の事を呼ぶ」

「何らかの形……例えば?」

「んー、そうだな……事故死、病死、他殺、もしくは会う前にフィオレが死ぬ。すると狂う」

「死んだら狂うの?離別は?別れただけなら狂わない?」

「狂わない。それが誘拐とかでないなら、フィオレの意思を尊重する。まあ、連絡は執拗いくらいすると思うけど。誘拐だった場合、怒り狂ってそいつを殺すね」

「物騒……」

「はあ?当たり前だろ、自分の魂を害する奴に手加減するか?普通」


 解せぬ、とばかりに顔をしかめるペルラ。人外である彼の感覚はルイには分からない。分からないが、魂という部分を命に置き換えれば、理解はできずともなんとなく分かる気がした。きっと、自分の命を危険にさらされてブチ切れない人は居ないということなのだろう。


 ペルラの言っていた狂う条件の1つ。その1つがルイは気になった。会う前にフィオレが死ぬと狂うとはなんなのか、と。かと言って離別では、離れるだけでは狂わないらしい。その違いはなんなのか。


「離れて暮らすのは良くて、会う前に死ぬのはダメ。むしろなんで会う前に死んだ事が分かるの?」

「分かるよ。オレの魂の半身なんだよ?何となく生きてることはわかってた。ずぅっと。なら、自分が生きてる間に失った事も分かる」


 ルイを失う想像をしたのか、ペルラの顔が悲痛に歪む。縋るようにルイを抱きしめる腕は小刻みに震えていた。


「人外にとってのフィオレは本当になくてはならない存在なんだよ……合えば大切に囲いたくなる。失えば狂ってしまう。よく言えば執着、悪く言えば依存する程に」

「執着もそこそこ重い表現だと思うよ」

「そう?なら、他になんて言うんだろうね?オレは知らないや。ねぇ、ルイ。オレが生きてる間に死なないで。オレを……ヴェレーノに堕ちないように、長生きして……」


 ルイの肩を濡らす温もりが、弱々しく抱きしめて縋る様が、ペルラにとってルイが唯一無二の存在なのだと無言で伝えてくれる。

 ペルラにとっても、ルイにとっても、お互いが唯一無二の半身でなくてはならないもの。今までルイは分かっていなかっただけで、本能では理解していたのだろう。ストンと胸の中のかけていた何かが満たされる感覚がした。

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