第2話 誘拐

 意識が浮上する。先程見ていた夢がただの夢では無いという不思議な感覚が全身を包む。その感覚に戸惑いながらも、美しい人魚と再会の約束を交わした事に頬を緩ませる。

 再開した時にルイはペルラに伝えたい事ができたのだ。あの時伝えられなかった願いを今度こそ告げてみたい。

 ルイはペルラと種族を超えた友になりたいのだ。


 朝の支度をした際、鏡に映る服で隠れたルイの首筋にできた真珠の様な輝きを持つ紅い華のアザ。ルイがペルラから真珠を受け取った証であり、ペルラからルイへの愛情の証。

 これがあるからルイはペルラとの出会いがただの夢でなかったと確信を得られるのだ。

 しばらく鏡越しにアザを眺めていたが、今日は用事があったのだと慌てて支度の続きをしていく。


 一人暮らしをしているため、準備するのは億劫だがやらねば腹がすく。手短にパパッと朝食を食べながらテレビをつけた。


『昨夜未明、路地裏にて女子高生の遺体が発見されました。被害者はカラメル色の髪と目の色をしており小柄。遺体には複数の打撲痕に加え、鱗の着いた何かで絞殺されたかのような跡が残っており……』


 ニュースキャスターの女性が淡々と読み上げるニュースに、それまで浮き立っていたルイの気分が沈んだ。

 ああ、また殺されたのかと他人事の様に感じる。


『……また、被害にあった方は皆、同じような見た目をしている事が分かっており、条件を満たしている女性は標的になる可能性がある為、外出は控える様お願いします。どうしても外出が必要の場合は人外の方と一緒に外出なさってください』


 ニュースを聞き流しながら、朝食のパンとスープを食べ終わる。ルイの胸には言いようのない不快感がグルグルとしていた。


「なんか……嫌な予感がするなぁ」


 未だニュースを読み上げるテレビの電源を切り、カバンを持って家を出た。玄関に鍵をかけバス停まで歩く。途中ですれ違う人々は朝のニュースが気になるらしく、少しでも条件に当てはまるカラメル色の髪と目の色をした女性は人外のそばに居る事が多い。周りを観察しながら歩きバス停が近づくにつれて、そこに先客が居る事に気づいた。


 ルイより1つか2つは年上であろう少女。その少女は朝のニュースで言っていた条件にピッタリ合致していたのだ。

 咄嗟に周りを確認し見渡そうとも、護衛のような存在は見つけられない。あまりにも無防備すぎる。


 ルイは迷う。ルイの目の前に居る少女はニュースを知らないのだろうか。ニュースで散々騒がれているのだ。知らないはずがないし、防犯グッズ位は持ち歩いているだろう。

 もしも知らないのならば、それは少女の危機管理能力の問題であり、ルイが声をかけなかったと言うだけで、責任や罪悪感も感じる必要は無い。見て見ぬふりをした方がルイは安全だ。


「僕が声をかける義理はない……はず……」


 さんざん迷って、そう結論づけた。それでも完全に見て見ぬふりは出来なかったのだ。せめて、忠告位はするべきだと。

 簡単に見捨てられぬ程にはルイはお人好しであった。


 声をかけようと少女の方へ視線を向けた。ルイの視界に入ったのは少女の後方。

 いつからそこにいたのだろう。背の高い男が少女の背後に立っていた。驚いたルイはある事に気づく。男の腰あたりからアッシュグレーの鱗に覆われた長い尻尾が生えている事に。フードの隙間から覗く男の目に光はなくガラス玉の様であったはずだ。なのに少女を視界に入れた瞬間、その目に異様な光が宿ったのだ。

 ルイの胸を嫌な予感がしめる。朝感じた予感と同じような。


「あっ……」


 ――遺体には複数の打撲痕に加え、鱗のついた何かで絞殺された跡がついており――


 朝、聞いたニュースの内容がルイの頭の中に流れた。男が少女を捕まえようと動く。

 ルイの目と髪も黒くニュースの殺人犯の標的になり得るような条件は満たしていない。けれど、目の前の少女は違う。少女の目と髪は綺麗なカラメル色だった。


 男の動きと少女の見た目、それだけで目の前の男がニュースで騒がれている殺人犯だと確信する。

 男が少女を捕まえようと腕を掴みそうになった瞬間、ルイは足元にある砂を男に投げつけた。投げた砂は男の目元にあたり、男は見悶える。


「ぐうっ」


 自分のすぐ近くにいた人外の男の声に驚いた少女が振り返り、男に目潰しをしたルイに気づく。男が身悶えてる隙にルイは少女の手を引き走り出した。

 周りの人も今、目を抑えてる人外が少女を連れ去ろうとした事に気づいたのだろう。悲鳴が上がる。


 男の視界を遮るように人混みに紛れながら逃げるが、ルイと少女を追いかける男の動きは早い。すぐに追いつかれることなど分かりきっていた。

 だから、なるべく追いつかれないように、壁などで男の視線を切りながら人通りが多い場所を目指した。

 走りながら誰かに助けを求めようとしたが、走れども走れども人と会うことはない。


「おかしい!ここまで誰とも会わないなんて!」


 ついルイが叫ぶ。いつの間にか男が目の前に現れのだ。男はルイと少女を見てうっそりと笑う。その笑みを見てルイは気づく。目の前の男に上手いこと人のない場所へと追い込まれていたのだと。

 だが、ここで立ち止まっていては危険な事くらいルイにも分かる。急いで少女の手を引いたまま方向転換しようとした。その瞬間、衝撃がルイの体を襲う。


「がはっ……」


 ルイと少女を抱え込んだ男はかなりの速度を出し走り出した。


「どうして逃げるのかな?俺の愛しいフィオレ。ここだと危ないよ。さぁ、安全な所まで行こうか。俺が用意したんだ」


 2人を抱える男の声は恍惚としていて、男が走る度に体へと当たる風圧で苦しそうにしている2人に気づかない。ついにはその風圧に耐えきれずルイは気を失った。意識を失う前に聞いた男の声はやけに嬉しそうで、幸せそうで、それが逆にルイには不気味に感じる。

 ただでさえ怯えていた少女は気を失ったルイを見てさらに怯える。必死に抵抗しようとするが意味をなさず、景色だけが流れていく。次第に少女も耐えきれず気絶した。


 どれほど走ったのだろう。男は洞窟のような場所で止まった。気絶したままの2人を抱え、話しかけながら洞窟の中に入っていく。

 厳重に鍵の掛けられた部屋に2人を運んだ際、やっと男はルイの存在に気づいた。


「……あれ。邪魔者がいるなぁ、いつ紛れ込んだんだい?」


 男は少女を部屋の中央にある愛らしいぬいぐるみで囲まれたベットへ大事そうに寝かせる。少女を寝かせたあと、男は先程とはうってかわってルイを乱暴に抱えると、部屋から出て地下へと続く階段に進む。

 そして1つの部屋の前で止まると頑丈な扉を開け、その部屋へとルイを放り込んだ。


「邪魔者は邪魔者といればいい」


 放り込まれたルイの体は地面ではなく、部屋の中にいた者の上へと落ちる。明らかに人ではないその体の上へと。


「うっ……あ?何?」


 ガチャンと音が響き扉が閉じる。ルイの下にいる人外が、ルイが怪我してないか見て確認した。怪我ではなくただの気絶だと分かれば、ルイが休める場所を探すべく当たりを見渡す。だが、家具1つない殺風景な部屋だった為に休ませる場所などない。


「ここで人間のメス寝かせたら絶対、体調崩すよねぇ……仕方ねぇな」


 そう言うなり人外はルイを自分の体の上に寝かせ抱える。やっと見つけた真珠をその尾びれの中に大事に、大事に抱え込んだのだ。


「んふふ。いきなり訳わかんねぇ事言われて、攻撃されて閉じ込められて気分最悪だったけど……オレの真珠に会えた」


 不機嫌だった人外の機嫌が治る。真珠が目覚めてくれる事を待ちながら、「目覚めるまでオレが守ってあげるからねぇ」と歌いながら、人外は華やかな笑顔を見せた。

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