乗っ取られてる

連喜

第1話

 最近、俺のパソコンが誰かに乗っ取られている気がする。

 勝手に誰かが俺の名前でメールを送り、俺の金を知らない人の口座に送金している。俺はそれを面白がって見ている。なぜそんなに呑気なのかというと、俺はもうすぐ死ぬつもりだからだ。誰かが俺の金をもらって、喜んだり、その金でカジノをやったりして遊んでくれるなら本望だ。

 俺はもう笑うことも、人生を楽しむこともないと思う。


 いつパソコンを乗っ取られたのかはわからない。セキュリティソフトが入っているから、安全なサイト以外は接続できないようになっているのに。


 ネットバンクの預金なんか、俺の財産の一部でしかない。他にも定期預金がある。ネットバンクというものを信用していないから、メイン口座ではネットバンクをやっていないのだ。被害に遭っているネットバンクは、ネットオークションで稼いだ金をプールしているだけだった。


 しかし、そのうち、俺は自分の意志とは関係なく、金を使うようになった。クレジットカードで高級ブランドの品物を買い、身に着けるようになった。もとはそんなものに興味がないから、大衆向けの店で買った安い服にそうしたブランド品を合わせている。一度も使わなかったらある程度の高値で売れただろうに、なぜか使ってしまう。


 今までマクドにしか行かなかったのに、スタバに入る。こうして俺の預金残高はどんどん減って行った。俺の意思に反してだ。


 ある朝、鏡を見たら、俺は二十代のイケメンだった。キムタクみたいだった。しかし、出かけて行っても全くモテない。イケメンなのにモテないということがあるだろうか。


 俺に笑いかけてくれるのは、サービス業の人だけだ。

 俺は寂しくて洋服の店に行って、店員さんを喜ばせるために欲しくもない服を買う。

 スマイルが欲しくてレジに並んでファストフードを買う。


 週末、美容院に行って、若い女性の美容師を指名して髪をカットしてもらうことにした。

「二十代できれいな子を頼むよ」

「はあ」

 レジにいた若いイケメン美容師が戸惑ったように返事をした。せっかく髪を切ってもらうんだから、かわいい子の方がいいに決まっている。


 その日、担当になったのは、美人ではないけど、かわいい感じの子だった。色白で、髪が茶色くて、フワフワのパーマをかけていた。


「白髪染めしてみませんか?めっちゃイケメンになると思いますよ」

 彼女は、俺の後ろに立つとそう勧めて来た。

「え?」

 俺に白髪なんかないはずなのに。きっと、白髪染めのノルマがあるんだろう。

「うん。じゃあ、頼むよ」

 鏡に映った自分の髪は真っ黒で白髪なんか一本もない。悪質な店だなと思いながらも、俺は断らずにいた。


「どんなお仕事なさってるんですか?」

「俺は自営業なんだよね」

「え、すごい!どんなことやってるんですか?」

「個人輸入の代行業」

「へー。どんなもの売ってるか聞いてもいいですか?」

 代行って言ってるだろうが、鹿と思ったが、きっと無知なんだろうから、俺が輸入販売をやってるんじゃなくて、英語を使って人の輸入を手伝っていると説明した。

「へえ、すごいですね!英語できるんですね~」

「いやぁ。そんなことないよ」

 褒められると単純にうれしい。

「いいなぁ~。私も海外から買ってみたいものあるんですけど、支払いどうしようとか、英語のこと考えると怖くて」

「何か欲しい物あるの?」

「やっぱり化粧品かなぁ…日本で買うと高いじゃないですか」

 やっぱり女の子だなぁ、とかわいらしく思った。


「でも、失礼ですけど、お客様のご年齢で英語できる方って珍しいんじゃないですか?」

「うん。まあ、そうかもね。俺の世代だと留学する人って少なかったからなぁ」

「ですよね?うちのおじいちゃんとかアルファベットも書けないですよ」

 おじいちゃんと比べるなんて。俺は腹が立った。

「へえ、そうなんだ。俺、前は外務省で働いてて」

「え、すごーい!」


 俺は一発嘘をかましてやった。


「大使館とかで働いてたんですか?」

「それはちょっと外交機密でいえないけどね」


 美容師の子は俺の話に食いついて来た。ずっと盛り上がっていて、俺は家に帰りたくなくなってしまった。


「ねえ、君、かわいいから休みの日に一緒に買い物でもいかない?欲しい物買ってあげるよ」

「えー。まじですか?」

「うん」


 俺たちは彼女が休みの日に待ち合わせをして、原宿に買い物に行った。俺とその子が一緒に服を選んでいると、傍にいた店員が俺に向かって、「お孫さんですか?」と尋ねた。


「は?」俺はかっとなって聞き返した。

「いえ、違いますぅ!」美容師の子Aが答えた。

「彼女だよ!」

 俺はすかさず言った。Aに嫌われたのではないかとハラハラした。

「やだ~」Aは笑いながら背中をたたいた。

「いいですね。こんなにかわいい彼女さんがいて」店員さんも笑っていた。


 店を出た後で、「本当はいくつなの?」とAが尋ねた。

 それが…思い出せない。

「年は考えないことにしてるからね」

「大体、八十歳くらい?」

 Aは言った。

「まさか!」

「じゃあ、七十五歳」

「そんなに上に見える?」

「うーん。うちのおじいちゃんと同じくらいかなと思ったんだけど」

「俺、そんなに老けてみえるかな」

「うん。でも、すごく元気。ちゃんと、自分の足で歩けるってすごいよね」


 釈然としないまま俺は笑ってごまかした。

 買い物をして、夕飯を食べて、さらにバーに飲みに行った。


「結婚してくれない?」

 俺は彼女に頼んだ。一緒にいて落ち着くし、優しいし、俺は焦った。

「結婚は無理。でも、嬉しいよ。ありがとう」

「どうして?俺、金はあるよ。店も出してやるよ」

「えー。本当に?」

「うん」

「えー。でも、まだ会ったばかりだよ」

「俺には時間がないから」

 その子はちょっと考えていた。

「いいよ」


 俺は田舎から戸籍を取り寄せて、次の週に彼女と二人で区役所に持って行った。俺の書類を見て彼女は叫んだ。


「今、七十八歳なんだ!やっぱり!」

「え、そんな年だっけ?」

「そうだよ。忘れてた?」

「うん」


 俺は初めて結婚したらしい。しかも、おばさんじゃなくて、若くてピチピチした女の子との結婚だ。

 あ~あ。幸せだなぁ。

 俺はにやにやしながらベッドに寝転んだ。


「Aちゃん?」


 俺は傍に伸びて来た腕をぎゅっと掴んだ。


「ダメですよ」

 急におばさんの声に変った。

「でも、初夜じゃないか…思い出作ろうよ」

「何言ってるんですか!セクハラで訴えますよ!」

「ダメだよ。俺はせん妄なんだから」

「まったくもう!ふざけないでください!」

 目の前にいたのは、介護士のBさんだった。多分、六十くらいだろうか。彼女でもいいかなと思うのだけど、何度誘っても断られている。

 

 俺は施設にいるのだが、時々二十代のイケメンに戻る。そんな時は、散財してしまうから、家族からすべての財産を取り上げられてしまった。


 俺は起き上がってトイレに行く。今でも自分でトイレに行けるのが自慢だ。かわいい介護士さんでもオムツを交換してもらうのは抵抗がある。しかし、トイレが間に合わないこともあるから、常にオムツを穿かされている。おぼつかない足取りで自室のトイレに行き、またベッドに戻った。


「どっこいしょ」

 ベッドに腰を下ろすと、横にあったサイドテーブルには若い女性の写真が飾ってあった。Aだった。あ、現実だったんだ。俺はびっくりする。


「江田さん、おやつの時間ですよ」


 介護士の人がやって来た。三時のおやつは食堂でみんなで食べることになっているんだ。


「ねえ、この人誰?」

 俺は介護士さんに尋ねた。

「奥さんですよね?」

「え、そうなの?」

「はい。一度お会いしたことあります、私も」

「そうなんだ…たまに来るの?」

 どうかまだ生きていますように…。俺は祈るような気持ちでいる。

「いやぁ…お忙しいみたいで」


 介護士さんはすまなそうに言った。あいつ、俺の金を使い込みやがって…!見舞いにも来ないのか。クソ!

 俺は介護士さんに頼んで施設長を呼んでもらった。一体どうなっているか確認したかった。五十歳くらいの女性施設長は黒いスーツ姿だった。


「またですか…いいですよ」


 面倒くさそうだった。

「江田さんがお金持ってるからって言って結婚したのに、実際はもうお金がなくて、奥さんが家を売ってここを探して来てくれたんですよ」

 Aのがっかりした顔が目に浮かんだ。

「若い奥さんで」

「妻は?今どうしてる?」

「連絡先知りません」

「何とかならない?」

「それに…もう、離婚されてますよ」


 俺は言葉がなかった。


 

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乗っ取られてる 連喜 @toushikibu

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