第5話

仕事終わりの帰り道、いつもなら中学生や高校生の帰宅する姿がちらほら見えるのだが、今はそれがない。

切り裂き事件のせいでここら辺の学校は部活無しで早く帰されるらしい。


「ただいま」

返事は無かった。

多分花子さんは台所なのだろう。

玄関を開けたときからカレーのいい匂いがしている。

台所の扉を開け再び、

「ただいま」

「ん? おかえりなさい」

「お弁当ありがと、美味しかったよ」

「どー致しまして。お弁当箱は流しの桶に浸けといて頂戴」

「はーい」



「もう少しでカレー出来るけど」

花子さんがこちらを見ながらニヤついている。

何かろくでもない事考えてるな。

「ねぇ、ご飯にする? お風呂にする? それとも…わ・た・し?」

「花子さん…そのギャグの使用期限は昭和で切れてると思うな」

「え!? 今は言わないの? 昔はバラエティ番組でよく言ってたのに」

「それ白黒テレビの時代のネタだよね?」

「カラーよ!カラー!!」

「ちなみに俺、元ネタとか知らなくてさ、ネットで見たことある程度なんだけど…花子さんを選んだらどーなるの?」

「ん? へ?!」

「折角だし花子を選んでみたいんだけど」

「…」

「…」

「バカ言ってないでご飯にしましょ、お腹すいたわ」

後ろに振り返り、ご飯を注ぐ花子さん。

逃げたな。

…だが逃がさない!

「花子さん? 俺ご飯じゃなくて花子さんを選んだんだけど?」

「…性格悪いわよ?」

「何を今更、大体言い出したのは花子さんじゃない」

「…」

「…」

花子さんの料理の手が止まり少しの沈黙、そしてこちらを振り返り、

「ねぇ、…本当に私を選ぶ?」

「…え!?」

予想外の返答にどう答えて良いかわからない。

「だから、ほ…本当に私を選ぶの?」

赤く染まった顔をしゃもじで隠しながら、

「えーっと…ね、私は別に…かまわないわ…よ?」

自分の顔が熱くなっていくのが分かる。

恥ずかしさで花子さんと目が合わせられない。

「あ、えーっ…。ご…ご飯で」

ニヤつく花子さん。

「はい雑魚乙~、相変わらずビビりね」

「性格悪いよ?」

「何を今更、大体ガキの癖に私に勝つなんてまだまだ早いのよ」




「ごちそうさま」

「お粗末さまでした。あ、お風呂沸いてるわよ」

「一緒に入る?」

「はいはい、バカ言ってないの」

「うわ、軽くあしらわれた。ねぇ風呂上がり一緒にお酒飲まない?」

「おつまみ準備しとくわ」

「ありがと」



脱衣所には替えの下着とパジャマが準備されていた。

色々してもらって申し訳ないな。

湯船に浸かりながら考える。

俺は花子さんに何をしてあげれるのだろうか。

「はぁ」



絶対にバレてはいけない秘密。

俺は花子さんの…

俺が誰なのかを知ったら…

花子さんは俺の事を恨むだろうか?



準備されていたパジャマに着替え台所へ、

「お風呂頂きました」

「じゃあ私も頂くわ。おつまみ二階に運んでてもらっていいかしら?」

「了解」

今日のおつまみは焼き豆腐にオクラの素揚げ。

焼き豆腐の上には梅と胡麻ダレがかかっていて、お酒に合いそうな味付けに。

オクラの素揚げにはポン酢と塩が準備されていた。

ご飯を食べた後でも食べれる様なサッパリしたラインナップ。流石花子さん。


花子さんがお風呂に入っている間、タバコを吸いにベランダへ。

ん?

ベランダに置いてある灰皿に吸殻が3本入っていた。

これは昨日の吸殻…

じゃあ、あれは夢じゃなかった?

なら…何で花子さんは嘘を付いたんだろう?


今日職場で加藤さんが言っていたコトを思い出す。

「夜中の二時頃に刃物を持った女に切付けられたって」

「赤い服を着た女だったみたいですよ。しかも犯人は消えたとかって」

「何台かの防犯カメラに犯人が映ってたらしいんですけど、急に姿が消えたり、急に違うカメラに映ってたりって。刺された人も、刺してきた犯人が目の前で消えたって証言したみたいで…オバケの仕業じゃないかって」

まさか…ね。

花子さんに限ってそんなことはないだろう。

もし、花子さんの仕業なら俺は彼女を…

「…」


「風呂上がりにそんな所でタバコ吸ってたら湯冷めするわよ?」

いつの間にか花子さんは俺の後ろに立っていた。

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