第11話 想像力は悪意を駆逐する

秀麗な顔立ちをした悪魔バルギルバルはコートの裾をひるがえす。その動作もどこか舞台役者のようだった。

 するとどうだろうか、そのコートの裾からなにか黒いかたまりのようなものがあらわれる。それは一メートルと少しぐらいの背丈のものだった。ひどい臭いがする。まるで下水道からくみあげたへ泥をぬりかためたような臭いだ。

 私はおもわず顔をしかめてしまう。

 それに私をさらに驚かせたのは、その物体に瞳があったのだ。おそらく顔だと思われるところに互い違いに配置された瞳がある。その瞳でそいつはじっと私を見た。


 その瞬間、私にとあるイメージが脳内に再生される。

 それは小学生高学年ぐらいの女の子であった。

 数人の同級生たちにかこまれている。

「ねえ、あんた特別扱いされたいんでしょう。だったらそうしてあげるわ。あんたは特別だものね」

 黒髪の少女がそう言い、周りにいた他の生徒も同意する。

 それから彼女はずっと孤独となる。

 クラスの誰も彼女にははなしかけない。何があっても彼女のことなど最初からいなかったようにクラスの皆は過ごす。

 運動会も修学旅行も体験学習も社会見学も、彼女は一人だった。担任の教師も彼女には一言もはなしかけない。クラス全員が最初から彼女が存在しないかのように学校生活を送っていた。

 そんな中、一人の男子が彼女に話しかけた。

「次の移動教室の準備、僕が手伝うよ」

 その男子生徒はクラスでも人気のある明るく、スポーツもできる生徒だった。

 どれぐらいぶりかわからないぐらい、久しぶりに話しかけられた彼女は心のそこから、喜んだ。

 やっと私に味方ができたと。

 だが、それは悪意から来た行動だった。

 その男子生徒は先生から授業に使う資料を取りに校舎の端にある倉庫に一緒にいこうという。

 その倉庫は鍵が古くなっていて中から閉めると勝手に鍵がしまってしまうのだ。その女子生徒は倉庫に閉じ込められてしまった。

 どんなに叫んでも誰も助けにはこない。

 それに季節も悪かった。冬休みあけの一月のその日、記録的な寒波が襲った。そしてその女子生徒は倉庫で凍死した。

 クラスの皆は口裏をあわせて、彼女は一人で「勝手」に教室をでていったと言った。

 警察はその言葉を信じ、悲惨な事故として処理した。


「この子はある障害を持っていた。この子の親はことあるごとに特別な配慮をするように周囲に強要した。しかし、配慮というものはいわれてするものではないだろう」

 悪魔バルギルバルは言う。

 いつのまにか私のすぐ前にきていて、顎さきをつままれていた。

 私の体にはその女子生徒が経験した寒さがおそっている。

 震えがとまらないほどの寒さだ。

 私は両腕で自分の体をだきしめる。

 寒くて寒くてしかたがない。


作者マスターしっかりして。今は共感しちゃ駄目。俯瞰して客観視するのよ。悪魔の悪意にのみこまれちゃいけないわ」

 私の体をグラマーな体で水無月真珠は抱き締める。彼女の肌の温かさで寒さがやわらぐ。

 たしかに真珠の言う通り、この女子生徒はかわいそううだが、それは過ぎ去ったことで私にはどうすることもできない。どうすることもできないし、私がどうこうできる話しでもない。

 これはかわいいそうな事件だが、他人事としてメンタルをたもたないといけない。


「その手を離すのだ」

 グッと悪魔の細い腕を渡辺学はつかむ。

 ぐぐっともちあげる。

 私の顎から悪魔の手は離れていく。

 その手から逃れられたからのだろうか、寒気が嘘のようにひいていく。


「痛いじゃないか」

 腕をつかまれた悪魔バルギルバルは子供のような口調で言う。

「姉さんの造り出した人格キャラクターはなかなか強いね。想像力は悪意を駆逐できるか、雨野月子先生、ぜひ証明してみせてよ」

 ふふっと端正な顔に笑みを浮かべたあと、悪魔バルギルバルはどこへともなく消えてしまった。

 その次の瞬間、へ泥のかたまりであったその者から汚れがきれいさっぱり落ちていく。スカートをはいた可愛らしい少女があらわれた。

「あいつらを殺してって、あの人に頼んだのに……」

 彼女は泣いている。

 彼女の右腰のあたりにやや膨らみがある。

 なにかの機械がとりつけられているのだろう。

 その機械がないと彼女は生きてはいけない体だったのだろう。


 アロハシャツを着た赤い髪の死神はその女子の頬にそっと手をあてる。

「すべてわすれて魂の輪廻にもどるのだ」

 女死神が手をあてたすぐあと、女子生徒は光につつまれて、消えてしまった。


「死神エルザ、あんたの言うとおり悪魔のゲームをクリアしたよ。これで作者マスターを生き返らせてくれるんだよね」

 神宮寺那由多は赤髪の死神エルザに言った。

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