第8話信じる力と創造する力

水無月みなづき真珠まじゅは私の前に立ち、大猿の化け物に対峙する。

その姿を見て、大猿の化け物は目を細めて嘲笑を浮かべる。

「貴様程度で俺に勝てると思っているのか」

ぐふふっと奴はさらに笑う。


「黙れ、外道!!」

叫ぶように言い、水無月真珠は大猿の化け物に切りかかる。

ヒュッという音をたて、超硬質セラミックのサーベルが姿を消す。刃のスピードが音速を越えるため、私の視力では把握できない。

水無月真珠の体には触手人間28号がとりついていて、そのような人間離れした動作が可能なのだ。

漫画「触手人間28号とツンデレお嬢様」では彼らが愛し合う場面があり、それがむちゃくちゃエッチで感動的なのだ。


おっとはなしがそれた。超音速のサーベルがかの化け物を両断するかに思えたが、そうはならなかった。

ガツンという鈍い音をたて、大猿の右腕でサーベルの刃は動きをとめられていた。

「弱い弱い弱い」

馬鹿にしたような言い方だ。

大猿は面倒くさそうに刃をはねのける。


「こなくそ!!」

お嬢様とは思えない口調で水無月真珠は言い、何度も超硬質セラミックのサーベルを打ちつける。

しかし、どの一撃も大猿には毛ほどの傷をつけることができない。


何故だ?

あれだけ強烈で苛烈な攻撃なのに、傷一つつけられないのだ。


「冥土の土産に教えてやろう。貴様では力が足りぬのだ。おまえたちはまだ他人同士だということだ」

そういうとぐっと右腕をのばし、水無月真珠につかみかかる。

その腕をサーベルで攻撃し、はねのけようとするが、どの一撃もまるで通じない。

ついに水無月真珠は首をつかまれ、もちあげられる。

「離せ、離せ、離せ……」

サーベルの柄で何度も大猿の手を打ちつけるがそれもきかない。

「おまえの攻撃はどれも軽い。それはおまえたちと同じだ」

さらに大猿は右手に力をこめる。

水無月真珠の可憐な顔が真っ青になり、体がだらりとたれさがる。

彼女はあわれにも意識を失い、白目をむいて口から泡を吹き出していた。

ゴミでも捨てるように大猿は水無月真珠のグラマーな体を床に捨てる。


この瞬間、私は理解した。

水無月真珠が神宮寺那由多や渡辺司のようにその能力が発揮できなかったわけを。

くしくもこの大猿が言った通りだ。

私と真珠はまだ他人なのだ。

水無月真珠は私が情熱と熱意と時間をこめてつくりあげた人格キャラクターではない。水無月真珠は江戸沢麻美子先生の造り出した人格キャラクターだ。

おそらくだが、このわけのわからない世界でキャラクターたちが力を発揮するには、作者マスターの思いの強さが必要なのだ。

彼らの力の源は我々創作者の思いの強さなのだ。

故に水無月真珠は本来の能力を発揮できないのだ。

私と水無月真珠の間にはまだなんの物語きずなもないからだ。



水無月真珠を床に捨てたあと、その大猿は私の肩をつかむ。私は簡単に押し倒された。

べろりと赤くて長い舌で頬をなめられる。臭くて、ベタベタしていて、吐きそうだ。

どうにかして逃げだしたいが圧倒的な力で体を押しつけられる。

床に押しつけられているため、背中に激痛が走り、息をするのもつらい。

私は思い出した。

かつて、この古いアパートに住んでいたときに、同じような目にあった。

見ず知らずの男が部屋に入ってきて、乱暴を受けた。

あまりの恐怖のため、私はその時の記憶を消し去っていた。ただ時々、悪夢としてその時の記憶をよみがえらせていたのだ。

この大猿の金色の瞳はあの時の男に似ている。

私は大猿に抗えない。

その記憶がよみがえり、恐怖で体に力が入らない。

大猿はニヤリと笑い、下半身の不気味で醜悪なものを私に見せつける。

「またおまえをたっぷりと犯してやろう。大人になったおまえに俺が本当の快楽を教えてやろう」

ぐははっと大猿は下品な笑みを浮かべる。

私はまたこんなところで自由を奪われ、屈辱にまみれて犯されるというのか。

悔しくて涙が流れてきた。


「助けて夢食みさん……」

それは昔、母親に教えてもらったおまじないだ。怖い夢を見たら、夢食みさんを呼びなさいと。そうするとどこからともなく夢食みさんがあらわれて、悪夢を食べてくれると。

私はまさに藁にもすがる思いでそう言った。


「馬鹿め、おまえを助けに来るものなどいない。おまえはここで気が狂うまで俺に犯され、そのあと食われるのだ」

ぼたぼたと臭いよだれが私の顔にかけられる。ねばねばして不快きわまりない。

たまらず、私は胃液を吐いてしまう。


「俺を呼んだかい?」

かすれた声がする。

その声の方を見ると背の高い黒スーツの男が立っていた。右手には木刀を持ち、癖の強い髪の頭にはハンチング帽。

男はサッカーボールでも蹴るように大猿を蹴りあげる。

大猿は簡単に壁に吹き飛び、めり込んでいく。


「俺は夢食みばく。悪夢を食らう妖魔さ。またあったな嬢ちゃん」

その背の高い男はそう名乗った。



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