第3話前門の虎、後門の狼

黒い軍服の男の名は渡辺学。

旧帝国陸軍に存在した特務機関黒桜に所属し、数多くの妖魔悪鬼を打ち倒した男。

身長は百七十センチメートルと少し。私よりも二十センチメートルは高い。

平安の世の鬼殺しの剣士渡辺綱わたなべのつなの血をひき、しかもその身にかつの宿敵である朱天童子しゅてんどうじの力を宿している。


私は彼のサングラスの奥の紫の瞳を見る。まるで紫水晶のように綺麗だ。この瞳は彼が鬼の力を宿している証拠である。

まあ全てが私が作った設定お話しだけどね。


ただ彼が神宮寺那由多のように私が設定した能力をつかえるなら、こんなに頼りになることはない。


「ねえ、渡辺中尉?」

私は彼の軍人にしては優しげな顔をみる。我ながらハンサムに設定しておいてよかった。かなりの眼の幸福だ。


「どうした、作者マスター

渡辺学は言う。


「さっきの老人みたいな怪物倒せそう」

私はきく。


「あの程度の醜鬼コボルト倒すことなど造作もない」

渡辺学は答える。


これはたよりがいのある言葉だ。

とりあえずこの状況を打破するにはなんば駅の大階段最上段にいる謎の人物に会わなければいけない。

すなわち、この百段近くある階段をひとつひとつ登っていかなければいけない。


そうだ、この大階段には左右に長いエスカレーターがある。それは使えないのかな?


私は左右を見渡す。

そこにはおぞましい者がうようよいた。


作者マスター気づいちゃいましたか」

黒髪をかきあげ、神宮寺那由多は言う。


左右のエスカレーターには先ほどの醜鬼コボルトをはじめ、緑色の肌をした化け物や豚の顔をした大男。鳥の身体に人間の女の顔をした化け物。内臓をぶちまけた腐りかけのしたい。馬の顔にセクシーな女の身体をした奇妙な生き物などが数えきれないほどいて、こちらを見ている。


「後ろにもいるな」

渡辺学が白手袋をはめた手で背後を指差す。そこにはこれまたご丁寧に化け物たちでひしめきあっていた。


すなわち、一歩進むごとに怪物が出現し、左右や背後に逃げようとしてもさらに多くの怪物たちが待ちかまえているというわけか。


「まさに前門の虎、後門の狼というわけね」

私はあきれながら言った。

このデスゲームを作ったものはどうしてもこの階段を一歩一歩上に進ませたいようだ。


仕方ない。相手の策略にのるのはしゃくだけどここは前に進むしかないようね。


私は神宮寺那由多のかわいい顔と渡辺学の秀麗な顔を交互に見る。視線をあわせると二人は頷く。

意を決して私は一つ目の階段に右足を置く。


瞬時にしてあの錆びたナイフをもった醜鬼コボルトがあらわれた。

すかさずその醜鬼コボルトは私の胸めがけてナイフを突き刺すべく襲いかかる。

前はこの攻撃を食らって死にかけたが、今度はそうはいかない。

その錆びたナイフが私の胸に到達する前に渡辺学が右拳を醜鬼コボルトの顔面めがけて打ち放つ。

渡辺学の右拳にはめられた白手袋が淡く輝き、梵字が浮かぶ。

その梵字は阿修羅を意味している。

渡辺学の右ストレートは見事に醜鬼コボルトの顔面を貫き、怪物は後方数メートル先に吹き飛ばされる。

何度かぴくぴくとけいれんしたあと、醜鬼コボルトは動かなくなった。


さすがは私のオリジナルキャラクターの中でも最強の戦闘力をほこる渡辺学だ。ゲームなんかでは雑魚敵の醜鬼コボルトなんかは目じゃない。


「さすがは対妖魔迎撃機関黒桜の渡辺学中尉」

ヒューイと口笛を吹き、神宮寺那由多も感嘆の声をあげる。

「おまえも竜王の力をつかば、このような者は敵ではないだろう」

ふっと微笑し、渡辺学は言う。

「いやいや、戦闘はやはり職業軍人の中尉殿におまかせしますよ」

にひひっと神宮寺那由多はかわいい笑顔を浮かべる。


「さあ、作者マスター。先に進もう」

神宮寺那由多が言う。

私は彼女の言葉に同意し、さらに左足を一歩前に進めた。

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