第25話


「――着いたよ。ミミ、怖くなかったか?」

「ちょ、ちょっと……。でも、楽しかったぁ……」

「そうか。それならよかった……って、あれ、元に戻ってる」

「あ、ほんとだ……!」


 ギルドへ到着したのでミミを肩から下ろすと、彼女はすっかり元の姿に戻っていて、葉っぱがついた枝とボロの服を交互に見ておかしそうに笑い始めた。ミミが笑う姿って初めて見たような。


「ミミ、また別のに変えてやろうか?」

「ううん、面白いからこのままでいい!」

「わ、わかった。それじゃ行こうか」

「うん……あ、ちょっと待って。トモって、実は凄い人?」

「え、なんで?」

「だって、変な魔法が使えるし、あんなに足が速いし、それに、私が案内してないのに、ギルドの場所もわかった……」

「あ、あぁ、でも、長続きしないんだ。元に戻ったの見たろ?」

「うん。でも凄い……!」

「ははっ、それより、そろそろ行こうか?」

「うん」


 ミミは頭が良いし察しもいい子なのかもしれない。差別してくる人間なんかよりもずっと。


 俺たちはフラッグのはためくギルド内に入ったわけだが、夜とは雰囲気が全然違うと感じた。


 昨晩はバカ騒ぎしているだけといった感じの陽気な空気だったが、今は用意された沢山の依頼の張り紙を前に、神妙な顔をした冒険者たちがこの上なく殺気立っていたんだ。下手をすれば命を失うことになるだけに当然か。


 そんな緊張感に満ちた空気の中、受付のほうへ行くと美しい嬢の姿があり、こっちを見るなり穏やかな笑みを添えて会釈してきた。こりゃ酒場モードだったら冒険者に絡まれるのは確定だし、夜は受付を控えているというのも納得できる。


「冒険者ギルドへようこそ。こちらへ登録なさるのですか?」

「はい。俺とこの子も」

「えっ……⁉」

「何か?」

「い、いえ、申し訳ありません。承知致しました」


 ピディだって冒険者になれるんだ。ミミもなろうと思えばなれるはず。ただ、当人は困惑した様子で俺を見上げていた。


「トモ、そんなのダメだよ。その分お金かかっちゃうし」

「いいから。俺の奢りだ」

「……う、うん」


 目配せしてみせると、ミミは何か言いたそうだったものの、空気を読んでくれたのか黙り込んだ。いつかこの子も大人になって冒険者になりたいってときがくるかもしれないし、遅いか早いかってだけの話だ。なりたくないなら別のことをやればいいだけだしな。


「――登録が完了いたしました。これがギルドカードです」

「どうも」


 俺は銀貨二枚と引き換えに二枚のギルドカードを受付嬢から受け取り、そのうちの一つをミミに渡した。最初は申し訳なさそうにしていた彼女も、それを受け取って満更でもなさそうだからよかった。そこには自分の名前や冒険者のランクが刻まれているのがわかる。最下級はDランクとのことだ。


「配信についてはどうされますか?」

「あぁ、それも頼むよ」

「一つ銀貨二枚になりますが、よろしいですか?」

「あぁ、そいつも二つ頼む」

「かしこまりました。では、少々お待ちください」


 俺はミミの分も追加で銀貨二枚を支払った。ここが通常の異世界とは違うところだ。いよいよマジカルユーチューバーへの道が開けてきたってことで、俺は年甲斐もなくワクワクしていた。


「イービルアイまで……? そんな、悪いよ……」

「大丈夫。ミミもお父さんみたいにユーチューバーになりたいんだろう?」

「うん」

「それなら将来稼げるようになったら返してくれ」

「わかった! でも、まだまだ無理だから、気長に待ってて」

「ミミならすぐ強くなれるよ」

「どうして?」

「ミミはその歳で、いじめられてもへこたれないからな。俺だったら挫けてるよ。だから、すぐに強くなる」

「あ、あんまり褒めちゃダメだよ。照れちゃう」


 こういうところは父親のピディそっくりなんだな。本当の親子でなくても、それ以上に似ていると感じる。


「お待たせしました。冒険者様。これが魔道具のイービルアイでございます」

『おぉおっ!』


 俺とミミの喜びの声が被る。ちっちゃくて手の平に収まるくらいの大きさだが、そこだけはちゃんと予習できてるから問題ない。とはいえ、それ以外のことは詳しくないので、これでどうやって配信するのか受付嬢に尋ねることに。


「まず、イービルアイの目をじっと見つめることです。そうすると見る見る大きくなり羽を広げて宙に浮き、歩けば背後からついてきますので、もし配信する場合は、そのまま狩りをなさるとよいかと思います」

「なるほど。それで、ほかの人はどうやってその配信を見られるのかな?」

「イービルアイを持っている方に、その眼前であなたの名前を呼びかけてもらうことです」


 あ、そういや弟子のルディアがそんなことを言ってた気がするな。


「ソロなら自分のフルネームを、パーティーならフルネームでなくてもいいですが、全員の名前を呼びかけてもらうことが必要です。なので、イービルアイを持っている方に名前を宣伝をするのが一番良いかと思います」

「ふむふむ」

「そうすることで、持ってない一般の方々、すなわち家族や友人、さらには通行人等もそのイービルアイを通してあなたの活躍を視聴することができるのです。声を出すことでコメントも届きますが、それは相手方の名前を知っている場合のみです」

「なるほど、おかげさんでよく理解できたよ。受付嬢さん、わかりやすい説明どうも」

「いえいえ、またのお越しをお待ちしております」


 使い方もわかったことだし、これからどうすっかなあ。とりあえず自分の配信は後回しにして、ほかの人の配信を見てみるか。


 そういうわけで、俺たちはそれが盛んだっていうギルドの待合室に向かったわけだが、早速圧倒されることになった。


『ワアアアァァァッ!』


 そこではイービルアイを夢中になって見ている人たちが結構いて、時折歓声や悲鳴が上がっていた。無礼かもしれないと思いつつちらっと覗き込んでみたら、たまげたことに視界が一気に別物に変わり、まるで違う場所に一瞬で移動したみたいになった。


 冒険者らがゴブリンの巣らしき場所でモンスターと戦う姿が映し出されており、自分がその場で実際に戦ってるみたいで臨場感抜群だった。『行け!』『そこだ!』『ゴブリンどもを根絶やしにしろ!』みたいなコメントも流れていて、現実世界とほとんど変わらないと感じる。


「凄いね、トモ」

「…………」

「トモ? ボーっとして、どうしたの?」

「あ、いや。知り合いの配信を見ようかなって思って。それで心ここにあらずって感じになってたんだ」

「へえ。トモって冒険者の知り合いがいるんだ」

「ああ。ここに来たばかりのときに、ちょっとね」


 俺はあの四人組のパーティーや、ソロで戦っていた弟子のことを思い出していた。そういえばあいつらは元気にしてるだろうかって。でも、弟子のルディアはともかく、パーティーに関してはあれから大分経ってるし名前なんてもう忘れちゃってるだろうなあと思ったが、そうだ、これだけ知力値が上がってるなら記憶力だって高いわけで思い出せるはず。


 えっと……確か、ノルン、グラッド、アレン、フィオーネの四人組だったかな? ノルンが剣士、グラッドが僧侶、アレンが戦士、フィオーネ魔術師だ。多分合ってる。全員レベル80を少し超える程度だったから中級くらいかなと思いきや、S級の冒険者だって聞いて驚いた覚えがある。


 てかおよそ80レベルでS級までいけるなら、56レベルのピディは結構な実力なのかもしれないな……っと、そんなところまで思い出したせいで脱線してしまった。彼らの配信を見ようかってことで、全員の名前をイービルアイの眼球に向かって呼びかけることに。


 お、視界が変化したと思ったら、ダンジョンっぽい場所でモンスター群と戦ってるノルンたちの姿が浮かび上がってきた。


 上半身は斧や剣を手にした裸の人間、下半身は蛇そのものという、ジャフとは真逆な見た目のモンスターで、壁や天井を這って四方から攻撃していたが、四人組パーティーはそれを凌ぐ連携攻撃によってあっという間に撃退していた。強い。あのときからまたレベルが上がってそうだな。お、コメントも流れてるので見てみるとしよう。


『お、やってるね。ダンジョン配信おつ~』

『さすがS級パーティー。そこそこ強敵のナーガの群れだって苦にしないし見てて安心感あるわ』

『こんだけ強いのに深淵の森で通用しなかったってマジ?』

『そりゃ、あのルビエス王国の恥晒し……じゃなくて、SS級のルディアでさえ死に掛けた場所だしなあ』

『【七大魔境】だけは、どんなに強くてもマジで無理だよな』

『そういや、その深淵の森でルディアを助けたやつが噂になってたけど、どうなったんだろ?』

『さあ。あのあと配信も切れたしわからん。頭おかしいくらいのスピードだったけど、さすがに死んだんじゃね?』


 色んなコメントが飛び交っていたが、ノルンたちは構わずに戦っていた。最後のほうで視聴者が触れていたのは多分俺のことだな。みんな忙しそうだから遠慮しようかと思ったが、ちょうど戦闘が終わったばかりってこともあって一応メッセージを投げかけることに。


『やあ、ノルン、アレン、グラッド、フィオーネ、久々だな。俺だ、トモだ』

『――えっ!?』


 おや、俺のコメントに四人が声を合わせて即座に反応してきた。


『トモさん、久々っ!』

『ま、まさか、あのトモが俺たちの動画を見てくれるだけじゃなくて、コメントまでしてくれるなんてなぁ、感激するぜ!』

『本当だよ。僕、なんか急に緊張してきちゃった……』

『トモ……久しぶり……』

『ああ。みんな元気そうでよかった。それじゃ、またどこかで会おう』

『了解っ!』


 俺たちのやり取りに対し、ほかの連中は『なんだ、トモって⁉』『ノルンたちより凄いのがいるの⁉』等、騒ぎになってる様子。


 さて、次はルディアだ。フルネームはルディア=エリュダイトだったはずだってことでイービルアイに向かって呼びかけると、今度は小高い丘の廃墟っぽい場所に景色が切り替わり、ルディアが巨大な蝶のようなモンスターとやりあう姿があった。相手もすばしっこいので結構大変そうだが、以前よりも彼女のスピードやキレが増していると感じた。あれから随分成長したんだと感じる。


『頑張ってるな、ルディア。俺だ、トモだ』

『し、師匠……⁉』


 お、こっちはもっと素早く反応してきたが、邪魔になると嫌なので手短に済ませることにする。


『俺の弟子なだけあって、あれから努力したみたいだな。以前と比べると動きは大分よくなってるよ。あとは~』


 俺はエシカテーゼとの戦闘で手応えを得たこともあり、軽くアドバイスしてやった。


『師匠……感動であります! 精進いたします!』


 ぽろぽろと涙を流すルディア。相変わらず涙もろいなあと俺は苦笑するとともに、彼女の視界が涙でぼやけちゃうとまずいと思って、早々に切り上げることに。


「さあ、行こうか、ミミ」

「う、うん」

「どうした? あ、そうか。また嫌な目に遭うかもって思ってるのか」

「うん。罠が仕掛けられてるかも……」

「ははは、それなら大丈夫」

「え?」


 俺は最近になって覚えたばかりのスキル――【テレポート】を使い、ピディの家まで一瞬で飛んでやった。


「ほら、もう着いただろ?」

「す、すごっ……トモって、神様みたい……」

「そうか? あんまり褒めないでくれ。照れるし痒くなるから」


 俺はピディの真似をして頭を掻き毟り、ミミを笑わせてやった。実際、褒められることに慣れてないのは確かなんだ。なんせ、ちょっと前まではただのホームレスだったわけだからな……。

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