第24話


「――コココッ!」

「ぬぁっ……?」


 気が付くと俺の枕元には鶏が座っており、卵まで産み落としていた。てか、ここはどこなんだ……と思ったら、そうか、たった今思い出した。


 昨日の晩のことだ。ギルドで酒が1杯銅貨1枚だからと調子に乗って飲みまくった結果、俺は酷く酔っ払う羽目となり、知り合ったばかりのピディの家に泊まったんだ。


「――ふわあ……おはよう、ピディ。鶏に耳元で鳴かれちゃったよ……」

「ハハッ、おはよう。トモのことが気に入ったんだろう。さあ、食べてくれ。これがおいらの作った朝ごはんさ」

「おお、有難い。それじゃ、早速いただこうかな……って、これは……!」


 昨晩の酒がまだ抜けてないのもあって、それまで滅茶苦茶眠かった俺は、一気に目が覚めてしまうくらい仰天していた。何故なら、そこにはチキンの丸焼きと特大オムライスっていう、なんとも豪勢な朝食が用意されていたからだ。やたらと良い香りがするなあと思ってたらこういうことか。


 そういや、彼は鳥の獣人なこともあってかチキン屋を営んでるんだっけか。いくら美味しそうとはいえ、朝っぱらからこんな重たいものは食べられないんじゃないかと思ったが、一口食べてすぐに俺の考えが間違いだと気付いた。


 これは旨い……。どんどんいけるぞ。それがまた、ケントッキー顔負けのスパイスが利きまくった深みのある味で、次から次へと口に入れてしまう中毒性があり、気づいたときにはすっかり平らげてしまっていた。


「――ふう……ご馳走さん! ピディはほんっと料理が上手いなあ」

「ハハッ、素材がいいだけさ」

「いやいや、素材だけじゃこうはならない。さすがマジカルユーチューバーでレベルも56なだけある」

「あ、あんまり褒めないでくれ。照れる!」


 その言葉通り、ピディの両頬にある赤い模様が若干濃くなった気がする。可愛いので撫でたくなるが、この世界では侮辱行為かもしれないので我慢することに。


 それにしてもこの家、最初見たときはちょっと狭いんじゃないかと思ったものの、いざ過ごしてみると居心地はかなり良かった。


 ベッドは最高級の羽毛布団といった感じでフカフカでいくらでも眠れるような気がしたし、藁ぶきの屋根なこともあってか涼しくて快適だったんだ。冬はさすがに寒いんだろうが、ホームレスの俺には家があるだけで十分に感じるし、暖炉と煙突もあるのでこれで凌げるんだろう。


 というか、さっきからやたらと視線を感じると思ったら……柱の陰から、誰かがじっとこっちを見ているのがわかった。


「いつまでもそこに隠れてないで、お客さんに挨拶くらいしなさい」

「……はい」


 お、ピディの呆れたような声に呼応して柱の横に現れたのは、なんとも不貞腐れた感じのボロを纏った女の子だった。獣耳がついてることから亜人なのはわかるが、なんの獣なのかがわからない。


「私、ミミといいます」

「ああ。俺はトモ、よろしく――って!」


 ミミと名乗った少女は、俺が言い終わる前に柱の陰に隠れてしまった。


「トモよ。不愉快な思いをしたならスマン。あの子は人見知りなんだ」

「な、なるほど……。ミミって、ピディの娘さん?」

「そうさ。養子だがね。ミミは段ボールの中に捨てられてて、それでおいらが拾って育てたんだ。亜人は人間の子供たちからよくいじめられるから、ああやってトモのことを警戒するのはしょうがないし許してやってくれ。本当は心優しい子で、家のことをよく手伝ってくれるんだよ」

「へえ……」


 ピディの話に俺は感心しつつうなずくと、隠れたミミのほうを見やる。その際タイミング良くちらっと顔を出してきたので、俺がニタッと歯を出して笑ってみせると、びっくりした様子で隠れてしまった。可愛いなあ。


「ところで、あの子はなんの亜人? ネコ?」

「ハハッ、そりゃわかりにくいか。尻尾を見ればわかるが、あいつはタヌキなんだ」

「タヌキかあ……」


 そりゃ道理で獣耳だけじゃ区別がつかないはずだ。


「そうだ。ミミのことが気に入ったんなら、あいつに案内してもらってギルドへ行くのはどうだい? 昨晩話してたが、トモもおいらみたいにマジカルユーチューバーになりたいんだろ?」

「え、いいのか?」

「もちろんさ。トモは獣人のおいらにもよくしてくれたし、ミミにも優しいと思うから」

「むしろ、こっちのほうが世話になってるような気がするが、遠慮なく……。でも、あの子がOKしてくれるかどうか?」

「それなら大丈夫さ。あいつはおいらの言うことなら聞くんだ。ミミ、これからトモをギルドへ連れて行ってあげなさい」

「……はい」


 ミミがそっと出て来たかと思うと、俺に向かってぺこりと頭を下げてきた。不愛想だがよく出来た子なのはわかる。


 まだ夜みたいに暗い早朝、ギルドが空いてるかどうか不安だったが、ピディによれば朝の5時から受け付けてるってことで、俺たちは早速目的地へと向かうことになった。こっちの用事が済み次第、登校するために例の洞窟へ飛んで現実世界に帰ろうと思ってるからちょうどいい。


 そういう意味でもまだまだ時間に余裕があるってことで、俺はミミと二人でゆっくりと歩いて向かう。こうして後ろから彼女の尻尾をじっくり見ると、短くて太いのでタヌキなんだと再認識することができた。


 それにしても、服装が残念だ。本人が望んでそういう恰好をしてる可能性もあるので言い出しにくいが……ん、俺が興味深そうに見ているのがわかったのか、彼女が振り返ってきた。


「――気になりますか?」

「え?」

「私の服装」

「い、いや、別に」

「そうですか。ほかにないわけじゃないんですけどね」

「というと?」

「亜人がおしゃれしたら、生意気だって思われてさらにいじめられるので」

「そりゃ酷いな……。なんで亜人がおしゃれしたらダメなんだ?」

「亜人だからです。私たちは人間よりも下の身分ですから」

「亜人が人間よりも下だって? 俺の中じゃ、そんなことは絶対にない」

「えっ……?」


 意外そうに目を大きくして俺を見上げてくるミミ。いじけてるんじゃなくて本心で言ってるのがわかってなんとも切なかった。


「俺がおしゃれさせてやろう」

「えっ……!?」


 俺は【変化】スキルを使い、彼女の恰好を見すぼらしいボロの姿から、綺麗なワンピースに変えてやることに。さらに、葉っぱがついた木の枝をハートのヘアピンにして渡してやった。


「か、可愛い、これっ……!」


 感動した様子で自分の服や髪飾りを見たあと、ミミは我に返った表情になって俺のほうを見つめてきた。


「ダメです。こんな上等なもの、受け取れません。亜人ごときが生意気ですし、お父さんにも叱られます」

「いや、大丈夫だって。見た目を変えただけで本質は変わってないし、しばらくしたら元に戻るから」

「そうだったのですか……」

「ああ。残念だったか?」

「いえ。むしろそのほうがありがたいです。少しの間だけでもありがとうございます、トモさん」

「トモでいいし、敬語も使わなくていいよ。こっちもミミって呼ばせてもらうから」

「……う、うん。わかったよ、トモ……」


 言ったあと照れ臭そうに首を垂れる姿が、また可愛らしかった。こういう子にこそ報われてほしいと俺は心の底から思う。


 彼女の表情が微妙に柔らかくなったのを実感して嬉しくなりつつ、ギルドへと向かっていたときだった。周囲が徐々に明るくなるのと並行して、通行人の姿も目立つようになってきた。


 ん、人が増えるのに比例してなんかやたらと嫌な感じの視線を感じると思ってたら……どうやらミミに対してのようだった。そういやピディが言ってたな。獣人や亜人に対しては、まず汚いだの臭いだのというワードが飛んでくるんだと。


 その差別対象である亜人が小奇麗な服を着て、髪飾りまでしているもんだから生意気に感じてるのかもしれない。なんともピリピリとした空気になってきたかと思うと、集まってきた人間の子供たちから罵声が浴びせられた。


「あ! あいつ、くっさい鳥頭ん家の亜人じゃん」

「てか、服装がいつものボロじゃないわ!」

「おい、きたねえ亜人の癖に生意気だぞ!」

「亜人はボロだけ着てなさいよ!」

『くたばれ、ゴミ亜人!』


 おいおい、罵声だけじゃなくて石まで飛んできた。ふざけやがって――


「――ごめん、トモ」

「え?」

「私なんかと一緒にいるから、こんな目に」

「いや、謝るのはミミじゃなくて俺のほうだ。俺が余計なことしちゃって、それでやつらを怒らせてしまったから」

「ううん。私、凄く嬉しかった。ボロじゃなくて綺麗な恰好をして街を歩きたかったから。だから、気にしないで、トモ……」

「ミミ……」


 正直、俺は泣いてしまいそうだった。酷い目に遭ったからじゃなくて、こういう辛い状況でも、人間の俺を庇おうとするミミの優しさに心を打たれたからだ。


「ミミ、こんなどうしようもないやつら、ほっといてさっさと行くぞ!」

「ひゃっ……!?」


 俺はミミに肩車をしてやり、一気に駆け出していった。逃げるが勝ちだ。俺たちがほぼ一瞬でその場を立ち去ったあと、【地図】スキルで後方を確認したらみんな唖然としていたので噴き出しそうになった。ざまあみやがれ。

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