第26話


 冒険者ギルドでイービルアイをゲットし、現実でも異世界でもユーチューバになってから、数日ほどが経過した。


 あれから俺が異世界で何か変わったことをやってるかっていうと、ミミとともにピディのチキン屋を手伝ってるだけで、マジカルユーチューバーとしての活動は一切やってない。


 まず、俺に色んなことを教えてくれたピディに恩返しをしたかったというのと、誰かの配信を見て色々と勉強してからでも遅くはないんじゃないかと思ったんだ。そもそも配信で何をしようかまったく思いつかなかったしな。


 なんせ不思議なことが起きるのが当たり前の異世界だから、ありきたりのことをやってもあんまり受けないだろうと思うと、実行するのをためらってしまうってわけだ。一度現実世界でユーチューバーに挑戦して、大失敗に終わった苦い経験があるだけに。


 それより、今日はいよいよ待ちに待った球技大会だ。そういうわけで、俺は土曜日の授業が終わったあと、月曜日にドッジボールがあるってことで、いじめっ子の主犯格の柴田に、とあるメールを送ってやった。


『おい柴田、お前現実やとバリつまらんやん。たまには面白いことやれwてか、今度球技大会あるから絶対やれ(笑)』


 これを見た柴田が、顔を見る見る赤くするのが目に浮かぶようだ。


 こういう風にやり返してやったぜと誰かに話したら、名取慎吾(本物)に対するいじめをさらに誘発するんじゃないかって心配されるかもしれないが、俺はそうは思わない。


 いじめっていうのは、その名称からいじりみたいな軽いものだと勘違いされがちだが、実際はとても重くて残酷なものだし、俺からしてみりゃいわば精神的な病巣だ。だったら切開して膿を出さないといつまでも続くし、そうしなければ自然に完治するのは難しい。むしろ悪化エスカレートしてしまうリスクも考えたら、早めに対処するべきなんだ。


 さて……。俺はというと球技大会の準備のため、まだ薄暗いうちから公園でちょっとした実験を行っていた。


【物々交換】スキルを使い、魔石(微小)3個を起き上がりこぼし(人形)1個、それにドッジボール1個と交換したあと、【変化】スキルで人形を大きくして、いろんな角度からボールを当ててやるんだ。


【強化】スキルを使い、さらに滅茶苦茶手加減してることもあって、人形が倒れることはあまりない。残り1000のステータスポイントのうち、300ポイントを技術値に振ったおかげで、俺の思うようにボールを動かせるようになってきた。いいぞ、この調子だ。


「トモ、こんな朝っぱらから何やってるんだ?」

「あ、銀さん、こっちに来てたんですね。ちょうどよかった。ドッジボールやりませんか?」

「ん? ドジボール?」

「いや、ドジボールじゃなくてドッジボールですよ。ルールは知ってますよね?」

「ん-と……なんか、ボールを取らせずに相手に当てたら勝ちみたいなルールだったかな」

「そうそう、そんな感じです。俺とやりませんか?」

「トモと1対1でか? ははっ、足も治ったし、そんならいっちょやってみるか! まだまだ、若いもんには負けんよ!」


 やっぱり人形相手だけじゃなく、人間相手にもやっておいたほうがいいだろうと、俺は構える銀さんめがけてドッジボールを放った。


「――トモ……年寄りのわしをいじめて楽しいか? もうお前とは一生口をきかん!」

「銀さん、機嫌直してくださいよ……」


 これでもかと手加減したつもりなんだが、銀さんは一度もボールを掴むことができなかった。まあこのステータスだから仕方ないか。


「ほらこれ、銀さんの好きな焼酎とカツオの塩たたき」

「んん? お、トモ、こりゃ気が利くねえ!」


 こういうこともあろうかと、俺があらかじめ【倉庫】に入れておいたものを渡すと、銀さんはあっという間に機嫌を直してしまった。相変わらずわかりやすい性格だから付き合いやすい。


「うにゃ~」


 匂いに反応したのか、それまでベンチの上で寝ていた黒猫のクロもペロッと舌を出して俺の足にすり寄ってきた。銀さんとそっくりだなあと苦笑しつつ、好物のマグロの刺身を与えることに。なんか猫には刺身をあんまりやらないほうがいいって聞いたことはあるが、少量なら問題ないだろう。


 満足して眠気が来たのか、銀さんはベンチで横たわっていびきをかきはじめ、クロは顔を洗い始めた。まもなく、『わりいなあ』と寝言が聞こえてきたが、なあに、これくらい安いもんだ。銀さんが相手になってくれたことで、俺は自分のやろうとしてきたことが間違いじゃなかったって確信できたんだから。


 さて、あとは本番を待つのみだ。俺は明るくなりつつある空を見上げて指をぽきぽきと鳴らした。天気に関しても、雨が降る心配は当分なさそうだな。


 見てろよ、柴田……。以前、100メートル走で少しは留飲を下げたとはいえ、まだまだ俺の腹の虫は治まっちゃいない。この球技大会を皮切りに、名取慎吾をいじめる連中を徹底的にしばき、撲滅してやるつもりだ。


 あ、ピロロッって音がしたと思ってスマホを見たら、柴田からメールが返ってきたのがわかった。どんなことを言ってくるのか楽しみだな。


『おい慎吾。お前最近バリ調子こいとるやん。今日の球技大会、マジ楽しみにしとる。どうせビビッて来ないだろうけど絶対来いよワレ』


 どう見ても頭に血が上ってそうな文面なので面白かった。(笑)がないし、最後のワレのところなんて特に。


『…………』


 俺を含めて、息を呑む声がそこら中から聞こえてくるかのような緊張感に包まれていた。もちろんここは異世界じゃなく、れっきとした現実世界だ。


 あれから、あれよあれよという間に時間が流れ、球技大会――ドッジボールがもうすぐ始まろうとしていた。


 ボールを持った敵グループの柴田が、俺に対して不敵な笑みを浮かべながら、開始の笛が吹かれるのを今か今かと待っているところだ。


 あの態度を見るに、ドッジボールに関しては相当な自信があるんだろう。勝つだけじゃなく、これ以上ないくらいの恥をかかせてやると言わんばかりに目がギラギラしていた。いいねえ。正直、こういうやつは嫌いじゃないと思ってしまうのは、それだけ自分が変わってしまったせいなのか。


 それでも、やんちゃ坊主はなるべく懲らしめておかないと、名取慎吾(本物)が苦しむからな。それに向こうが本気でくるんだから、こっちもそれくらいの気概でやらなきゃ失礼だろう。


 まもなく体育教師によって笛が吹かれ、柴田が両目を吊り上げて高く跳び上がった。


「――うりゃあぁぁぁっ、慎吾死ねえええぇぇぇっ!」


 おいおい、なんだよこのとんでもない気迫は。親の仇でも討つ気かと内心突っ込みつつ、俺は中央の白線ギリギリの最前列に立って迎え撃つ。


 やつのボールが俺の顔面目掛けて飛んでくるのがわかる。以前やったように、みんなの前で鼻血噴水ショーを開催して盛大に笑いを取ろうっていう作戦だろうがそうはいかんよ。というか、遅い。欠伸が出そうになるくらい遅すぎる。本当に、スローモーションのように、蚊ですらも止まれるんじゃないかと思うほどに。


「――ぬあぁっ⁉」


 柴田が素っ頓狂な声を出すのもわかる。ボールを小指だけで受け止めてやったからだ。やつの顔が、ほんの僅かな間にしてやったりの表情から絶望の色に染まるのが面白すぎる。だが、本当の地獄はこれからだ。


 俺は凍り付いた柴田の顔面を今すぐ溶かしてやろうと、ボールを投げつける。ただ投げるだけじゃない。普通のやつには何をやってるか絶対わからないであろう、超高速顔面リバウンドだ。


「ががががががががっ……⁉」


 まるで電気ショックでも受けたかのような柴田の悲鳴が響いたのち、落ちたのはボールだけじゃなかった。少し遅れてやつの鼻血がポトポトと地面に垂れ落ちたんだ。


「……え?」


 やつはそれを手で拭って確認したあと、今度は両膝を落として涙までぼろぼろと流し始めた。よっぽど悔しかったんだろうが、無様だな。


『どっ……!』


 周囲から笑い声が一斉に飛んできて、名取慎吾(本物)の仇を討つことができたと実感する中、俺はそれを一蹴するように、こっちに転がってきたボールを持ってやつらの体に次々と当て、跳ね返ってきたボールを拾ってはまた投げるという行為を繰り返し、およそ10秒でゲームを終わらせてやった。人形で実験を重ねた甲斐があったな。


 誰もが呆然とする中、俺はいじめっ子の柴田の肩に手を当てた。


「柴田、お前はよくやったよ。俺には勝てんかったが頑張った」

「ひっく……し、慎吾ぉ……お前、強い上にバリ優しいやん……」

「ああ。これからはもうつまらないことで争うのはよそうや」

「わ、わかった!」

『ワアアァァッ!』


 俺たちのやり取りを見て感動したのか、周囲から拍手とともに歓声が沸き起こった。とはいえ、これでこいつが本当に名取慎吾(本物)をいじめなくなるかといったら、まず間違いなくそれはない。俺にはわかる。目の奥にしぶとく残った眼光の鋭さというものは簡単には拭えないからだ。


 多分、次は仲間を連れて何か企むだろうが、とりあえずそのときまでしばらくは様子見でいいだろう。


 ん、半透明の窓が出てきてるからなんだと思ったら、『レベルが上がりました』というメッセージが山ほど来ていた。そういや、【強化】スキル使ってたんだったな。すっかり忘れてたってことで、早速自分のステータスを確認してみる。


 名前:上村友則

 レベル:401→465


 腕力値:601

 体力値:301

 俊敏値:901

 技術値:601

 知力値:301

 魔力値:301

 運勢値:301

 SP:700→1340


 スキル:【暗視】【地図】【解錠】【鑑定】【武器術レベル2】【倉庫】【換金】【強化】【年齢操作】【解読】【覇王】【物々交換】【変化】【テレポート】

 称号:《リンクする者》

 武器:蛇王剣 鳳凰弓 神獣爪

 防具:仙人の平服 戦神の籠手 韋駄天の靴 安寧の指輪 エデンの首輪 深淵の耳当て


 おー、思ったより上がってんなあ。ただ、色んな科目の授業といい体育といい、このスキルを使った状態で学校でできることはもう大抵やったと思うから、これ以上はどうしたって上がらないだろうってことで【強化】スキルを解除する。やはり、異世界で頑張るほうが断然上がりやすいはずだ。

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