第14話


 俺は気を失った女を背負い、『深淵の森』を一気に駆け抜けて洞窟へと入る。ここまで僅か10秒ほどだ。


 それから岩で出入り口を塞ぐと、奥で女を寝かせて【倉庫】からイービルアイを取り出した。俺の頭ほどはあるでかい眼球はすっかり閉じられているのがわかる。


 持ち主が気絶すると、イービルアイも呼応したように目を閉じるんだな……って、彼女が起きたら異世界の住人たちに見られることになるわけで、俺は以前出会ったパーティーの一人、フィオーネがやっていた通り、イービルアイの背中を軽く叩いて小さくしておいた。


 あとは、俺は【暗視】スキルがあるから問題ないが、彼女にしてみたらここは暗いだろうってことで、【倉庫】から魔石(微小)も幾つか出しておく。ふう、こんなもんでいいだろう。これなら洞窟内もほどよく明るいし敵も入ってこない。


「――うっ……」

「お、やっと目覚めたか」

「ここ、は……?」

「ここはな、『深淵の森』の中にある洞窟だ」

「はっ……そ、それでは、貴殿があの恐ろしいモンスターを倒し、私を助けてくださったのか――うっ……!」

「ちょっ!? 無理して起きなくていいから!」


 顔をしかめながらも起きようとする女を制し、俺はそのまま寝かせてやることに。


「そうだ。これをつけたらいい」

「こ、これは……?」

「体の治りが早くよくなる効果の指輪さ」

「そ、そんなもの、が……」

「まあいいからつけてみなって」

「は、はい。では、喜んで……」


 俺は女に笑いかけつつ、安寧の指輪を嵌めてやった。すると、彼女は何かの冗談だろうかというような怪訝そうな顔をしたが、見る見る血色がよくなっていくのがわかった。


 こりゃすげーな。若いから治りが早いんだろう。男じゃなくて女ってのも関係あるかもしれんが。まあ今の俺も見た目は若いんだけど、中身はおっさんなわけだから。


「どうだ? よく効くだろう」

「は、はい。なんというか、凄い……。ところで、一体貴殿はどこのどなただろうか? 何か、異国風な印象を大いに受けるのだが。もし違ったのであれば、失敬……」

「ははっ。バレたか。異国風っていうか、俺は別世界から来たからな」

「や、やはり……。オーラがまったく違うはずだ。恥ずかしながら、貴殿と私とでは別次元すぎる……」

「いやいや、そう謙遜なさんなって。こんな恐ろしい場所に一人で来られるだけ凄いじゃないか」

「…………」


 ちょっと前までは俺のほうこそ、少年たちにボコられてたホームレスのおっさんだっただけに、それと比べてここまで卑下されちゃうと申し訳なくなってくる。


「う、うくっ……」


 ん、なんか泣いてるぞ。これは、あれか。褒めて慰めるつもりが、逆に彼女のプライドを傷つけてしまったかもしれないな……。


「あの、無理を承知でお願いが……」

「お願い?」

「……ど、どうか……わ、私を……貴殿の弟子にしてはもらえないだろうか!?」

「え、え、ええぇ……?」


 女が起き上がり、俺の目の前でひざまずいてきたかと思うと、予想だにしないことを告白してきた。


「いやいや、見ず知らずの人に、いきなりそんなことを言われてもなあ……」

「……あ、し、失敬! 私の名前はルディア=エリュダイトと申します。貴殿は……?」

「俺は……上村友則っていうんだ。長いからトモでいいよ」

「ト、トモどのか……なんて素敵な名前なのだ……」

「そ、そうか? そりゃ照れるって。ルディアもいい名前だな」

「あ、ありがたき幸せ……」


 って、いかんいかん、なんか凄くいい雰囲気になってきたし、このままじゃ本当に彼女を弟子にする流れになってしまう。俺はできれば自由奔放に一人で異世界を旅したいしなあ。


 かといって、この流れで断るのも気の毒だし、困った……って、そうだ。知恵も上げてるせいかすぐに良いアイディアが浮かんだ。あの方法でいくか。


「ルディアを弟子にしてやりたいの山々だが――」

「おおぉっ! では、私を弟子にしていただけるのですね! 光栄であります!」

「いや、その前にちょっと事情があってな」

「……はて、事情とは……?」

「俺は色々とやることが多いんでな。遠距離でやり取りできる方法とかあるか?」

「……あ! それなら、師匠の持つイービルアイに、私のフルネームを呼び掛けてもらえれば、私の配信を見られるし、コメントもできるかと……!」

「へえ、そんな仕組みがあるんだなあ。知らなかった……」

「……え、知らなかったということは……もしかして、師匠はマジカルユーチューバーではない?」

「あ、ああ。今まで修行ばっかりしてたんでな。これからやろうかと……」


 まあ、ホームレス時代は空き缶集めで飢えをしのいでたわけで、修行の日々といってもいいくらい辛かったし、決して嘘ではないはずだ。


「なんと勿体ない……。師匠のとんでもない強さを是非、私たちの世界へ配信という形で届けてもらいたい!」

「あ、あぁ、近いうちにな」

「おおおぉっ……! 上村友則という師匠の名を、私の胸とイービルアイに刻み込み、配信がなされるその日が来るのを心待ちにしております!」

「あ、あぁ……」


 なんだかやたらと大仰なことになってきたなあ。異世界ユーチューバーか。まあでも、一応俺は現実世界でユーチューバーだったんだし、ここでやってみるのも悪くないのかもしれない。


「とりあえず、ルディア。森の入り口まで送ろうか?」

「し、師匠、いいのですか!?」

「あぁ、まだ完全に傷が癒えたってわけでもないだろうしな。それに、あの騒ぎで森中のモンスターが集まってきてるかもしれないし」

「な、なるほど。そんなことまで気にかけていただけるとは……。師匠には、本当に助けられてばかりだ。この御恩は、必ずや倍にしてお返しする所存であり……」

「い、いや、そんなにかしこまらなくてもいいって。あと、俺のことは師匠じゃなくて名前で呼んでほしい」

「は、はい、トモどの……。あ、あの……」

「ん、どうした?」

「わ、私の体でよければ、その……。貰ってはもらえないでしょうか。経験したことはないので、満足させられるかはわかりませぬが……」

「…………」


 ルディアが頬を染めつつ、豊かな胸元を覗かせてきたのでドキッとする。あのさあ……最近まで女の子に全然耐性がなかった俺にそんなこと言っちゃう? いや、そんなことをルディアは知らないからしょうがないっちゃしょうがないんだが。


「そ、そういうのはまた今度で」

「……は、はいっ。では、その件についても心待ちにしております……。やはり、トモどのはそういうのに慣れてしまっていて、私などでは順番待ちになってしまうのですね……」

「……は、ははっ……」


 面白いこと言うなあ、ルディアは。順番待ちで俺に抱かれる美女の列を一瞬だが想像してしまったじゃないか。下手すりゃ理性が吹っ飛びそうだから、もうこの話はやめにしよう!


「あと、この指輪も師匠にお返しします。もう元気になりましたゆえ」

「あ、ああ」

「ちなみにこれ、どこで?」

「ん。宝箱の中からとったんだよ」

「…………」

「どうした?」

「あ、いえっ。私がかつてルビエス王国の騎士団長をしていたとき、これと似たようなものをどこかで見たような気がしたので……」

「そ、そうなんだな。でも、盗んだわけじゃないよ」

「め、滅相もございません! 師匠……トモどのの規格外の実力を見れば、盗んだものでないのは疑いの余地もないかと!」

「ははっ……」


 まあこれに関しては、盗んだというより拾ったというほうが正しいだろう。持ち主のウォールはとっくに亡くなってるわけだしな。


 それにしても、たかがホームレスがここまで褒められることになるとは夢にも思わなかった。指輪の話については少し気になるが、現時点でわからないことを気に病んでもしょうがない。


 さて、と……出発する前に一応、洞窟の周囲を【地図】スキルと深淵の耳当てで探ってみるか。うん、少しずつ集まりつつあるがまだ距離があるし大丈夫だな。もし想定外の事態が起きて一気に迫ってくるようなことになっても、敵を遠ざける効果の【覇王】スキルを使えばいいわけだし。


「――敵については問題ないみたいだ。ルディア、そろそろ行こうか」

「はい、トモどの! 了解いたした!」


 そういうわけで、俺は弟子のルディアを連れて、『深淵の森』の入口へと向かい始めるのだった……。

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