第15話
「――よし。着いたみたいだし、それじゃあ俺はこの辺で失礼するよ。ルディア、気をつけてな」
「は、はいっ! ここまでありがとうざいました!」
『深淵の森』の入り口にて、俺は弟子のルディアと改めて向き合うことに。
ここまで何事もなくて本当によかった。なんせこの場所は【七大魔境】っていうくらいだし、想定外のことがいつ何時起きてもおかしくないわけで、自分の身ならともかく仲間に何かあると思うと気が気じゃないからな。
ん、ルディアが急に胸を押さえて苦しそうにし始めたけど、一体どうしちゃったんだろう? 持病かなんかだろうか?
「ルディア……?」
「……し、師匠――トモどのっ、命の恩人である貴殿に、再びお会いできる日を、私は、私は……こ、心待ちにしておりますゆえ……くっ……!!」
ルディアが俺の前でひざまずいたかと思うと、ボロボロと涙を流し始めた。
「は、ははっ……。泣くなって。またいつか会えるじゃないか。ルディアは涙もろいなあ」
「……し、失敬。う、ううっ……」
「…………」
俺はそれを苦笑いしながら見ていたつもりが、そのうちこっちまでウルッときてしまった。いかんいかん、異世界人の純情さに感動したってのもあるが、俺も歳だな……。
そういうわけで、俺はしばらく弟子との別れを惜しむように抱擁してやったあと、後ろ髪を引かれる思いで例の洞窟へと戻ることに。すっかりそこが異世界のホームみたいになっちまったな。ここで散ったウォール氏は気の毒だと思うが彼に感謝だ。
俺は高い俊敏値と韋駄天の靴、さらには【地図】スキルを活かし、木々の合間を高速で縫うようにしてあっという間に洞窟へ到着すると、奥にある空間の歪みから現実世界へと帰還した。歪みは結構小さくなっていたが、まだ消えてはいなかった。
もちろん、その際に仙人の平服の効果によって、自分の服を冒険者スタイルから現実スタイルに変えるのも忘れない。
今回はサラリーマンみたいなお堅い格好じゃなく、ハーフパンツにTシャツというラフな感じのやつだ。こんな現代的な仙人がいるのかとは思うが。
おや、もう周囲が暗くなり始めてるし、いつの間にか夕暮れ時になってたんだな。なんせ森の中が薄暗いし、滞在時間も短かったからか全然気が付かなかった。
とりあえず【地図】スキルと深淵の耳当てで周辺の様子をチェックする。あの不良どもがまた性懲りもせずに邪魔しに来るかもしれないしな。
あ……早速誰かこっちへ来ると思ったら、ホームレス仲間の爺さん――白髪頭の銀さんだった。
「おーい、銀さん、こっち!」
俺は笑顔で手を振って銀さんを迎えたわけだが、やたらと怪訝そうな顔をされてしまった。あれ、なんでだ?
「あ、あんた、一体誰なんだい? なんでわしの名前を知っとるのかね?」
「あっ……」
そうだったそうだった。今の俺は、エデンの首輪と【年齢操作】の影響で若々しくイケメンになってて別人そのものだった……。だからって今更変身するわけにもいかないので、なんとかその場を取り繕うことに。
「お、俺は、その……ここにいたホームレスの、上村って人の知り合いで……それで、銀さんのこともよく聞いてたもんだから、つい友達のような気分になっちゃって……。馴れ馴れしくってすみません」
「あー、トモの知り合いなのか! そりゃ珍しいなあ。あいつは身寄りもないし、わしだけが頼りなんて言っとったから、てっきり天涯孤独の身だとばかり思ってたが、こんなハンサムな知人がおるなんてのお。モデルさんみたいじゃないか」
「ははっ……」
モデルさんっていわれると、自分の容姿が変わったことに改めて感動するな。俺なんて不細工すぎて、すれ違う女性と目が合った瞬間、凄い形相で睨みつけられることもしょっちゅうあったから。いわゆるルッキズムから来るヘイトだろうが、あれは絶対へこむって。
「モデルだなんてとんでもない。自分はただの一般人ですよ」
「ふむ……で、そのモデルさんが何の用なんだい?」
「…………」
銀さんって、相変わらず人の話をちゃんと聞かないところがあるな。
「実は以前、自分は上村氏にはお世話になったんで、最近少しばかり出世したもんだから、そろそろ恩返しをしようかなと思って」
「ほー、そりゃ殊勝な心掛けだ! あいつは……トモはいいやつだよ。わしが足を怪我したときも心配して肩を貸してくれたり、たまに肩を揉んでくれたりもする。わしと比べりゃまだまだ若いし、できればこんな生活から足を洗ってくれたらって思っとるが、正直言うと、同時に寂しくもなるから複雑でな……」
「そ、そうなんですね……」
酒癖が悪いところはあるものの、やっぱり銀さんは優しい人だなあ。
【換金】スキルのおかげでお金もそこそこ入ったし、この公園を離れようかと思うこともあったが、空間の歪みのこともあるし、銀さんもいるしでここを現実世界のホームにしてよかったのかもしれない。それにしても、ルディアとの別れといい、銀さんの思いやりといい、今日は感動の出血大サービスデーだな。
「うにゃー」
「おっ、クロ、来たのか」
茂みの中から黒猫のクロがひょっこり現れたかと思うと、銀さんの膝に乗った。
「可愛い猫ちゃんですね」
「そうだろうそうだろう。こいつも、家がないわしらの大切な仲間なんだ……って、珍しいもんだ」
「何がですか?」
「知らない人がおったら、クロはここまで近寄ってこんからな。それだけで、あんたがいい人なのがわかる」
「な、なるほど……」
まあクロは姿が変わっても匂いで俺だって判断できるんだと思う。
「――あの……」
『うぇっ……?』
俺と銀さんの素っ頓狂な声が被る。後ろから誰かに声をかけられたと思ったら、ヘルメットをつけたあの女の子がいた。こんな時間に公園に来るなんて、一体なんの用事なんだろう?
「上村さんっていうホームレスの方、ここにいますよね? 今どこにいますか~?」
「あぁ、それなら――」
俺は思わず口を押さえた。それならここにいると言おうとしてしまったからだ。
「それなら? あなたは知ってるんです?」
「あ、いや、自分も上村氏の知り合いで、知らないからどこかなあって」
「なるほど……」
「へぇ、お嬢ちゃんも、トモの知り合いなんか? 今日は珍しい日だなあ。あいつの知り合いが二人も訪ねてくるなんてよ」
「ははっ……」
まあ俺は俺だから、珍しい客人は実質一人なんだけどな。
「あの……おじさん、私、トモさんの大ファンでして、あの人に伝えてほしいことがあるんです。よろしいですか?」
「おう、伝言なら構わんよ」
「実は、近くの若葉学園に通うことになって、それを伝えに来ました!」
「ほうほう、あの高校か。もちろん伝えとくよ。でも、失礼かもしれんがお嬢ちゃん、そんなことをトモに伝えてどうするんだい?」
「それは……私が中学を卒業して高校に行くことになっても、トモさんのことは絶対に忘れてないってことをアピールするためです! あの人、以前ユーチューブで自分に自信がないみたいなことを言ってたので、それで一生ファン宣言をしに来たんです!」
「おー、そりゃかなりの熱狂的なファンだのお。トモのやつが羨ましいわい」
「えへへ……」
「おや、モデルさん、なんであんたが目頭を押さえてるんだ?」
「ちょ、ちょっと感情移入しちゃって!」
「妙なやつだのお」
「不思議な人なんですね!」
「うにゃっ」
あー、ダメだ。今度はクロが俺の膝の上に乗って甘えてきて、みんなが必死に俺を泣かせようとしてるかのようだ。まあ、こういう感動的すぎる日もたまにはあるってことだな……。
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