第13話


『ウッオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

「ぐはあああぁっ!」


 凛々しい顔をした一人の女性冒険者が、仄暗い木々の合間でモンスターに一方的に打ちのめされ、生死の境をさまよっていた。


 それは最早、化け物による蹂躙といっても過言ではなかった。


 SS級冒険者に昇格し、晴れてマジカルユーチューバーデビューを果たした彼女が、【七大魔境】の一つ『深淵の森』に挑戦した結果がこの有様だった。


 その名を、ルディア=エリュダイトという。


 ルディアは幼少の頃よりスピードタイプの冒険者に憧れ、ほかのステータスを捨ててでも俊敏値と技術値にステータスを振ってきたため、卓越したテクニックと速度を生かし、紆余曲折はあったもののこれまで冒険者として様々な依頼をこなし、その努力が報われてつい先日SS級まで昇格した。


 だが、それがこの大型の黒いモンスター、キングゴリラの前ではまるで赤子同然の扱いだったのだ。


『ウオオオオオオオオオオオオッ』

「ぐぐぐううっ……!」


 吹き飛ばされたルディアは槍を巧みに使って受身を取りながらも、自身の体力や精神力が最早限界に近付いていると感じていた。


 泥まみれになった体を起こし、朦朧とした意識を無理やり覚醒させる中、確かめるように槍の柄を両手で握り締めた彼女の脳裏は、今にも絶望の色で染め上げられようとしていた。


 ルディアは、血が滴り落ちるほど唇を噛みしめながら思う。まさか、自分の磨き抜かれたスピードとテクニックが、たった一つのパワーに圧倒される日が来るなんて思いもしなかった、と。


 とにかく俊敏になり、当たりさえしなければ傷を負うことはない。


 培ってきた高い技術さえあれば確実にダメージを与えられる。


 だから、どんな強敵が相手であっても粘ってさえいれば、いずれは倒すことができる――


 だが、それらの確固たる自信は、一匹の怪物の前では単なる妄想に過ぎず、冒険者としてのプライドも既に木っ端微塵になろうとしていた。


 まともに命中しなくとも、このモンスターにとってはそれだけで充分だったのだ。一撃でバランスを崩壊させるほどの風を起こし、一寸先にただの肉塊になった姿を嫌でも想像させしまう圧倒的なパワーを前にして、ルディアはそれを痛感していたのである。


『よえー』

『こいつ、本当にSS級なの?』

『これじゃ紙切れ同然じゃねえか』

『だからいわんこっちゃない』

『ざまあねえな、このバカ女』

『ほんとほんと』

めが』

「ぐぐっ……」


 イービルアイの眼球からから抽出される情け容赦のないコメント群が、彼女の視界をこれでもかと汚していく。どんなに厳しい批判であっても、小汚い罵倒ですらも甘んじて受け止める覚悟でいた。


 でも、最後のコメントだけは許せない。


 ルビエス王国の恥さらし。


 文字を見るだけで吐き気まで催してしまうほど、この言葉だけは心底目にしたくなかった。


 かつて冒険者になる前、厳格なルビエス王国の誇り高き騎士隊長だったルディアは、任務中に密かにマジカルユーチューブを見ていたことを咎められ、身分を剥奪された挙句王国からも追い出されてしまう。


 自分の国を心の底から愛していた彼女は、一日中涙を流して自身の行いを悔やんだが、それでも折れなかった。子供の頃からの憧れである冒険者となり、魔境を制するほどの超一流のマジカルユーチューバーになれば、自分を捨てた王国を見返せるかもしれないと考えたのだ。


 今の今まで、何度も無理だ、諦めろという声をことごとく跳ね返す活躍を見せ、どんな逆境であっても批判者たちを見返してきた。しかし、この場所――『深淵の森』に挑戦したことはあまりにも無謀だった。


【七大魔境】と呼ばれる場所の中では、一番難易度が低いと呼ばれるところであっても、到底制覇などかなわなかったのだ。


『ウホオオオオオオオォォッ!』

「があああぁっ……!」


 キングゴリラによって玩具の人形のように弄ばれる中、今までのことが思い出される。国王様、お父様、お母様、それに、かつての部下や上司、国民たちよ……愚かな自分をお許しください……。そんなとき、人影が飛び込んでくるのがわかり、ルディアはカッと目を見開いた。


 突如現れたその人物は、想像を絶するスピードでキングゴリラを翻弄していたのだ。


 あれは一体何者か、もしかして幻覚なのかと思うも、それが現実であることを証明するように新たなコメントが次々と宙に浮かんでいた。


『なんなんだよあいつ!』

『速すぎだろ!』

『ちくしょー! ゴリラが巨体すぎてよく見えん』

『どこぞのマジカルユーチューバーだ!?』

「……す、凄い……」


 いまだかつて見たことがないほどの動きに対し、ルディアはあっけに取られていた。スピードでさえも自分より遥かに上であり、あれだけ威圧感を発揮していたモンスターが明らかにうろたえている時点で、何もかもが違いすぎた。


 ただ、そんな場面を目にするうち、今にも意識を手放しそうな状況で力が湧いてきたのも事実だった。キングゴリラが胸を叩いたのち、口をあんぐりと開けた瞬間のことだ。


「い、いけない……! 避けて……!」


 最後の力を振り絞って声を出しながら、ルディアは思う。あの方ならきっとこの恐ろしい化け物を倒してくれるに違いない、と……。




 ◆◇◆◇◆




『レベルがアップしました』


 おお、上がったか。まあ、そりゃあんなやばいゴリラ倒したら上がるよなってことで、俺は早速自分のステータスを確認することに。


 名前:上村友則

 レベル:302→362


 腕力値:601

 体力値:301

 俊敏値:601

 技術値:301

 知力値:301

 魔力値:301

 運勢値:301

 SP:310→910


 スキル:【暗視】【地図】【解錠】【鑑定】【武器術レベル2】【倉庫】【換金】【強化】【年齢操作】【解読】【覇王】【物々交換】【変化】

 称号:《リンクする者》

 武器:蛇王剣 鳳凰弓 神獣爪

 防具:仙人の平服 戦神の籠手 韋駄天の靴 安寧の指輪 エデンの首輪 深淵の耳当て


 よしよし、これでまたステータスポイントに余裕ができたから、なんか気になることがあったらいつでも上げられる状態だ。


 しかも、キングゴリラが消えた場所には魔石が落ちていた。これは、今まで見た中で一番輝きが強い感じがする。


『魔石(中)を獲得しました』


 拾ってみたら、こんなメッセージが窓に表示された。やっぱりそうか。中程度でもこんなに明るいんだな。まあ暗い森の中とはいっても夜でもないのにそれがわかるくらい、魔石はその強めの輝度によって存在感をいかんなく発揮していた。


 試しに【換金】スキルを使ってみると、10万円、あるいは白金貨1枚になるとのこと。うーん、どうしようか。迷った結果、5万円と金貨5枚に分けて獲得することに。いやー、どっちも頬ずりしたくなるな。いやぁ、現金って本当にいいもんですねえって、某映画評論家のような口調になってしまった。


 って、そうだ。俺が来る前にキングゴリラと戦ってた女の人のことが気になって、その方向を見やるとイービルアイとともにうつぶせに倒れていた。


 どうしよう? こんなところで一人で戦えるような猛者だし、もしかすると余計なお世話かもしれないが、念のために助けておこうかな。彼女が呼び掛けてくれなかったらゴリラ王の光線を食らっていたかもしれないと思うと、ある意味恩人なわけだから。


 ってことで、俺はイービルアイを【倉庫】に突っ込むと、彼女を背負って洞窟まで一旦避難することに。いや、決して変なことを考えてるわけじゃない。そりゃあ美人さんだし、まったく下心がないってわけじゃあないが……。

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