第8話
「私、ノルンっていいます!」
「僕、グラッド」
「俺はアレンっていうんだ」
「……私……フィオーネっていうの……」
例の洞窟が近いし安全だってことで、俺たちはそこの入り口付近で休憩がてら、簡単に自己紹介し合うことになった。
ノルンっていう子が明るい茶色のミドルヘアーではきはきしていて、細身の剣を携帯してることから剣士っぽい。グラッドはいかにも僧侶といった真面目な雰囲気の青年で、袖口に青いラインのある白衣を身に纏っていた。
アレンはもっさりとした髭面の男で、分厚い鎧に加えてバカでかい斧を背中に抱えており、最年長の戦士といったところか。フィオーネはとても物静かなロングヘアの少女で、ワンドや腹部に施されたタトゥーのようなもの、黒っぽい腰布を見る限り魔術師っぽい感じだ。
【鑑定】で勝手にみんなのステータスを覗かせてもらうと、いずれもレベル80くらいだったから、中級冒険者ってところだろうか? てか、女性陣の眼差しが妙に熱いと思ったら、見た目が良くなるっていうエデンの首輪の影響かな。鏡がないので自分じゃまだどんな顔かは見てないんだが。
「俺の名前は……」
俺は彼らに続いて自己紹介しようとしたものの、名前を言おうとして口を噤んでしまった。何故なら、上村友則なんていう名前は、異世界人である彼らにとっては明らかに違和感があるはずだからだ。偽名を使うにしても、なんて言おう……ん? みんな興味深そうに俺の顔を覗き込んできた。
「ねえねえ、あなたって、別世界から来られたんですよね⁉」
「僕もそれ思った。こっちの服装だけど、雰囲気が全然違うしね」
「だな。誰かに召喚でもされたのか?」
「……魔王討伐……? まだ……魔王、復活してないけど……」
「…………」
ありゃ。なんか普通に違う世界から来たって認識されてるし、本名を名乗ってもいいっぽいな。
「あ、あぁ。俺は別世界から来た上村友則っていうんだ。トモって呼んでくれ」
「トモさんね! やっぱり別世界から来たイケメンなおじさまだ! よろしくですー!」
「トモ、よろしくね」
「おう、よろしくな、トモ」
「……トモ、よろしく……」
なんか、みんなにこうしてイケメン扱いされたり、名前で呼ばれたりすると照れるなあ。普段、話し相手はホームレス仲間の爺さんくらいだったから。普通なら知らない人と会話すると緊張して舌が縺れそうになるんだけど、安寧の指輪のおかげか落ち着いて話すことができた。
「トモさんって、滅茶苦茶強いけど、絶対ユーチューバーですよね⁉」
「そんなの当たり前だよ、ノルン。これだけ強い人なんだから」
「ありゃ、バケモンよりよっぽどバケモンだったしな。なんていうか、格の違いってのを思い知らされたぜ。こんな恐ろしいところ、やっぱり来るんじゃなかったって後悔したところだったしなあ……」
「……だね、アレン……。本当。あのときはもう、死ぬかと思った……」
「みんな大袈裟だなあ……って、ユーチューバー⁉」
ノルンの口から飛び出した言葉は、あまりにも聞き慣れたものだったので普通にスルーしてしまっていた。いや、現実世界ならまだしも、ここって異世界だよね。なんでユーチューブがあるんだ?
「え、トモさん知らないんです? ウッソー⁉ 最近凄く流行ってるんですよ?」
「最近っていうか、もう十年前くらいからね」
「ああ。やたらと配信するのはあんたみたいなとんでもない猛者か、目立ちたいやつくらいだが、遠くからでも冒険者の様子が見られるってことで人気なんだ。トモ、あんたと同じ別世界からやってきた人間が広めたらしい」
「……うんうん。マジカルユーチューブね……」
「…………」
マジカルユーチューブ? ってことは、魔法と科学が融合した感じなのかな。まあレベルが上がると自動でウィンドウが出てくるようなゲーム的な世界だし、よく考えたら普通にありうるのか。
「てか、どうやって配信するんだ?」
こっちの世界にもスマホみたいなものがあるんだろうか。
「えぇぇっ⁉ トモさん、本当に知らないんです? そんなに強いのに、もったいない!」
「あれかな……。戦うことしか興味なくて、こういう魔境で冒険ばっかりしてきた人なのかもね、トモって」
「ありえるな。いわゆる戦闘狂ってやつ。憧れるねぇ」
「……私、てっきり……正体隠したいから、知らない振りしてるのかと思ってた……」
「……は、ははっ……」
フィオーネの言葉で俺は笑ってしまった。そんな風に思われてたのか。
「それじゃー、戦闘狂のトモさんに、リーダーの私がマジカルユーチューブのお手本を見せてあげます!」
「へ……?」
ん、本当に知らないってのが伝わったのか、ノルンって子が懐から何か取り出してきた。手の平サイズの眼球みたいなもので、カメラみたいなものかと思ったら見る見る人間の頭ほどに大きくなり、翼を生やして宙に浮いた。
「こ、これは……?」
「えっへん! これこそ、私たちの冒険を生配信してくれる、イービルアイさんです!」
「これが冒険の様子を映してくれるのか。ノルンのペットみたいなもの?」
「いえ! ふふっ……これはですねぇ、魔道具の一種でして、ギルドで冒険者登録したあと、受付嬢さんに配信したいと伝えれば購入できるんですよー」
「へえ……」
なんとも便利な魔道具だな。魔石かなんかで作られてるんだろうか? まるで本当に生きてるかのようだ。
「今ではですねえ、クエストを達成した証拠を見せるために、ギルドではこれを購入することが勧められてるんですよ?」
「なるほど。映されてたらごまかせないしな」
「そうなんです! 依頼された品をどこかでこっそり購入したとか、討伐対象を倒すときに強い人に密かに手伝ってもらったとか、ズルをする人が結構いたらしいので……。でも、今は生配信で証明することで、たった一回で冒険者ランクを上げることが可能になったんです!」
「そりゃ合理的だ」
多分、それまでは実力を示すために何回も同じようなクエストをこなす必要があったんだろうな。んで、ランクが上がれば上がるほど、ギルドの信用が失墜しないようにと冒険者を見張る要員も存在していたはず。冒険者としても、クエストを一回達成すればランクを上げられるなら配信してでも証明しようと思うだろうし、ギルド側も余計な手間が省けるってわけだ。
「でも、こんな便利なものがあるのに、なんで今まで出してなかったんだ?」
「うっ……」
なんだ? 俺の質問に対してノルンが口を真一文字にして、ばつが悪そうな顔で仲間のほうを見やった。
「トモ、そこからは僕が説明するよ。自信がなかったからさ……。要するに、失態を見られたくなかったからなんだ」
「なるほど……」
グラッドの説明でようやく納得できた。彼らにとってここは、背伸びする格好で来た狩場ってことなんだろう。それからまもなく、髭面のアレンの深い溜め息が洞窟内にこだました。
「ま、なんせここは【七大魔境】と呼ばれる場所の一つ、『深淵の森』だからな。S級冒険者の俺たちでさえも、攻略するのは難しい場所だって聞いてたから、覚悟はしていたが、まさかこれほどとは思わなかったぜ……」
「……え、S級冒険者⁉ アレン、冗談だろ?」
「ん? 冗談なんかじゃないぜ、トモ。あんたが規格外ってだけで、俺たちほどレベルが高い冒険者はそうはいない。いるとしたら、極一部の超有名なユーチューバーくらいだ」
「へえ……」
そうか。だからみんな、俺が配信者じゃないかって勘違いしたんだな。
「……場違いすぎて……私たちが落ち込んでるとこ見られちゃうの嫌だから、これしまっとくね……」
フィオーネがイービルアイの背中を杖の先でコツンと叩いたら、見る見る小さくなっていき、彼女の手の中に収まった。そうか、視聴者に見られたくないときはこうして収納するんだな。
「そうだ、もしよかったら俺が森の入り口まで送ろうか?」
『っ⁉』
「あ、余計なお世話だったかな」
『いえ、是非お願いします!』
「あ、あぁ……」
みんな一斉に血相を変えただけでなく、声まで揃えて懇願してきたので、俺は苦笑いしつつ了承するのだった。
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