第9話
「……っと、そうだ。みんな、出発するのはちょっと待ってくれないかな」
『えっ?』
「一応、モンスターがいないかどうか周りの様子を探っておかないと」
『あ……了解っ!』
いざ、これからみんなで『深淵の森』の入り口へ向かうべく、洞窟を出ようとしたときだった。俺はノルンたちにそう伝えると、【地図】スキルと深淵の耳当てを使い、念のために周辺の様子を探ることにした。
【地図】のマッピング機能と、深淵の耳当ての小さな音でも敏感に感じ取れる効果の両方を組み合わせることで索敵にも使えるから便利なんだ。
「――なっ……⁉」
「ど、どうしたんですか、トモさん⁉」
「ど、どうしたの? トモ」
「トモ、どうかしたのか?」
「……トモ?」
ノルンたちが一体何事かという顔で俺を見つめてきた。
「……い、いや、なんでもない。出発する前にちょっと準備運動しとこうかと思ったら、足がつりそうになって……」
「……な、なるほど! って、トモさん、大丈夫なんですか……⁉」
「トモ、具合が悪そうなら僕が治療するよ。右足? 左足?」
「いやいや、待てってグラッド。回復魔法でその場凌ぎに治療するだけじゃ繰り返しちまうぜ。トモ、俺が揉んでやろうか?」
「……アレンは力が強すぎだから、余計に怪我しちゃうし、私がマッサージするよ……?」
「も、もう大丈夫だから。ほら、この通りっ」
『…………』
俺が体を動かしつつ笑顔でそう答えると、みんなホッとしたような反応を見せたが、実はなんでもないわけじゃなかった。むしろその逆で、洞窟の周囲はおぞましいほどのモンスターの大群に囲まれていたから、驚きのあまり声が出てしまったんだ。
木陰や鬱蒼とした茂みの中だけでなく、土の中からも無数のモンスターの荒い息遣いのようなものが聞こえてきて、さすがに気味が悪くなってくる。虫やモグラみたいなモンスターだろうか……?
【地図】スキルでそこまで確認してみようかとも思ったが、正直いうと虫は苦手なのでやめておいた。とにかく、目に見えるだけでも相当いるし、こりゃ鳳凰弓でこれでもかと連続攻撃しても、果たして倒しきれるのかどうか微妙なところだ。
というか、多分10000匹はいるな、これ……。大体コボルトとかゴブリンとかそういう類のモンスターだ。あれだけ派手に暴れ回ったからか、モンスターがなんだなんだと押し寄せてきたっぽいな。さすが、この『深淵の森』が【七大魔境】の一つと呼ばれているだけある……。
さて、どうしようか? さすがにこれだけの数を一度に相手にするのはいくらなんでも無茶だと思うし、それも仲間を守りながらだともう不可能に近いんじゃないかな。
しかもモンスターたちは現在進行形でどんどん雪だるま式に集まってきてるから、ここから飛び出して攻撃を加えた時点で、生き残ったモンスター群がこの洞窟内にも雪崩れ込んできそうな勢いだし、地中からも襲い掛かってくるとなると岩で塞いだとしてもひとたまりもないだろう。
ただ、モンスターと人間では決定的な差がある。それは知能だ。というわけで、俺は知力値に300ポイント振ることに決めた。しかもモンスターとは地頭も違うだろうし、これで打開策がすぐに浮かぶはずだ。
あ……効果覿面だったのか驚くほど瞬時にひらめいてしまった。一瞬で殲滅できるスキルとかだと代償が厳しいものになりそうだし、モンスターを怖がらせるスキルなら、発動条件や副作用もそんなになさそうだと思ったんだ。よし、ウィンドウが出てきた。
『【覇王】スキルを獲得しました』
こりゃまた、やたらと強そうなスキル名だな。自分でも怯みそうになるくらいだ。【鑑定】してみるか。
【覇王】:スキルの所持者が戦闘を避けたいと思った場合、相手が自分よりレベルの低いモンスターであれば接近するのを防ぐことができる。
おおお、発動条件は自分よりレベルの低い相手なら、か。そういうことなら俺はレベル201だから大丈夫なはず。ざっと見た感じ、モンスターはレベル100以下ばかりだからだ。
地中にいるモンスターにつても一応薄目で探ってみたら、やっぱり虫っぽい巨大な団子虫系のモンスターだったからゾッとしたが、133レベルなので自分よりずっと下だった。てか、虫なのに意外と高いんだな……。
というわけで、俺は試しに一人で洞窟を出てみたが、嘘のように静まり返っていた。うん、やっぱりなんともない。てか、自分の体から目には見えない威圧感のようなものが放たれてるのを実感できた。ゴゴゴッていう効果音が聞こえてきそうなくらいの。これこそが覇王のオーラってやつか。なんだか自信が漲ってくるから不思議だ。
『トモ……?』
「あ……ごめん、待たせちゃったな。眠かったのかぼんやりしちゃって。それじゃみんな、行こうか」
『あいっ!』
そういうわけで、俺はノルンたちを連れて『深淵の森』の入り口へと向かって堂々と歩き始める。
当たり前だが、レベルのバカ高いモンスターも潜んでる可能性もあるので気を緩めることはない。それでも、【覇王】スキルのおかげか、あれだけ周囲を取り囲んでいた大量のモンスターが襲ってくる気配はまったくなかった。
もっと森の奥地へ行けば俺よりレベルの高いのはゴロゴロいそうだとはいえ、そこまでわざわざ出向かなければ大丈夫だろう。しかも俺たちは入口へ向かってるわけだからな。
やがて、周囲を賑わせていた木々が目に見えて疎らになっていくとともに、【地図】スキルの効果である目印の輝きも消えた。どうやらここが森の入り口っぽいな。なのに、ノルンたちは緊張した様子で落ち着きがない。まあ一度死にかけたわけだしな。
「みんな、もう入り口に着いたみたいだよ」
「え……えぇっ⁉ もう着いたんですね。緊張しすぎて気が付きませんでした。それにしても、なんで帰還中、モンスターが一匹も出なかったんでしょう……?」
「それ不思議。この辺って結構出てくるはずなのに。もしかして、モンスターはトモを恐れたのかな?」
「いや、冗談みてえな話だが、グラッド、それ普通にありえるな、おい」
「……くすくすっ。トモって、まるで魔王みたい……」
「あははっ……」
ノルンたちの言ってること、結構当たってるな。魔王じゃなくて【覇王】なんだが。それにしても、みんななんか急に名残惜しそうにしてるもんだから、見てるこっちまで切なくなってくるな。
「わ、私……ぐすっ……。トモさんのこと絶対に忘れません! いつかまた会いましょう!」
「まあ、トモは住む世界が違う人だからねぇ。まさに別次元。でも、僕もまた会いたいよ」
「おう、俺もだ。こんなすげえ人を間近で見られる経験なんてそうそうねえからな」
「……私も。トモ、短い間だったけど、楽しかった……」
「……ああ、俺もだ。ノルン、グラッド、アレン、フィオーネ、達者でな……」
自分としてもグッとくるが、こうなるのは仕方ない。
ただ自由気ままにブラブラと異世界を探検したいだけの俺と、集団で意思を統一させて動いている彼らとじゃ目的意識がまったく違うだろうしな。それに、異世界は異世界でも冒険者による配信があるような世界なんだし、またどこかで会う機会もあるはず。というわけで、俺たちはお互いの姿が見えなくなるまで手を振り合うのだった。
さあて、そろそろ元の世界へ帰るとするか。その場で空間の歪みを作るっていう方法もあるが、こんなことろで現実世界とリンクさせるのはさすがにモンスターや冒険者が入り込む危険性がありまくるので、大人しく洞窟まで戻ることに。
「――ぬわっ⁉」
我ながら速すぎて感心する。俊敏値300+韋駄天の靴ということもあり、【瞬間移動】なんてスキルを獲得しなくても充分だと思えるほどのスピードだった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます