第三話 731部隊

中国人囚人の写真(731部隊の元・関係者が持っていた写真です)。当時日本軍は日本に反発して武装蜂起をしてくる中国人やソ連人や朝鮮人や満州人を「匪賊(ひぞく)」と呼び、スパイや思想犯として捕らえていました。罪のないひとたちが人体実験の道具として、実験台に拘束されおくられて殺されたといいます。

ロシアで発見された資料『関東軍憲兵隊司令部 警察部長通達』………(逆スパイとして理由価値のないものは実験台へ送られたと記されている。)

ロシア人裁判員「囚人の中に女性はいましたか?」

731部隊第一部(細菌研究)部長・川島清「おりました。おそらくロシア人だと思います。」

ロシア人裁判員「それらの女性のひとりは乳飲み子を持っていましたか?」

川島清「もっていました」

ロシア人裁判員「ひとを細菌で感染させた後は部隊で治療をしていましたか?」

川島清「治療します。」

ロシア人裁判員「その人間が回復した後はどうしましたか?」

川島清「相当長い期間を置きました後にまた別の実験に供されるのが常であります。」

ロシア人裁判員「そうしてその人間が死ぬまで実験につかう訳ですか?」

川島清「そういうことになります」

ロシア人裁判員「そうするとあなたが部隊に勤務中……この部隊の監獄より生きて出た者はひとりもいなかった訳ですね?」

川島清「その通りであります。」

731部隊の元・少年兵の三角(みすみ)武(たけし)(14歳の時731部隊に入隊した)さんは事実を知って欲しい、と語ってくれました。

「実験のために囚人を運ぶのを手伝った。囚人は〝マルタ〝と呼ばれていたね。丸坊主。全部、丸坊主。全部の囚人の頭髪を刈ってね。丸坊主頭なの。マルタは杭をうってね、そこにマルタをつないでおくんです。実験の計画のために憲兵がマルタをつれていって……何番の杭に誰を縛るとかつなぐとかやるわけね。」

三角さんたちは少年兵と呼ばれ、一年間細菌学などの教育を受けました。

教えるのは全国から集められたエリート医学者たち……

元少年兵の須永(すなが)鬼(き)久(く)太(た)さんは〝帝国陸軍防疫給水部〝731部隊の名簿をもっていました。全国の大学から超一流の医学師たちが集められた。

最も多い京都帝国大学の中で現代のお金で年間500万円を受け取って教え子達を731部隊に入隊させていたのは731部隊第一線(チフス)部長 田部井和(かなう)。

また、東京帝国大学医学部長の戸田正三もおおきく結びついていた。

極秘部隊731部隊への陸軍の費用は衛生管理で6000円。合わせて現代のお金で2億6000万円もの研究費を得ていた。また東京帝国大学学長・長興又郎(ながよまたろ)や京都帝国大学医学部講師・吉村寿人(ひさと)も731部隊に深く関わっていた。

何故、医学者のエリートたちは人体実験という一線を越えたのか?戦後、70年以上あまりでのその真実が白日の下にさらされる。

話を少し戻す。



当時のアメリカ大統領はフランクリン・ローズベルトだった。

 この老獪な政治家は、一方で策士でもあった。

(副大統領はのちの大統領、ハリー・S・トルーマン)

 当時のアメリカは日本に対しては表向き中立を保っていたという。日本は、イタリアやドイツと反共同盟を結んでいた。

 そのナチス・ドイツがヨーロッパ中を火の海にし、イギリス、フランス、ソ連は出血多量で虫の息だった。

 ローズベルトは「なんとかアメリカ軍をヨーロッパ戦線に投入し、ナチス・ドイツをストップせねばならない」と信じていた。

しかし、第一次世界大戦の後遺症で、アメリカ国民は極端に厭戦ムードであったという。              

「この厭戦ムードをなんとかせねば…」

 ローズベルトはホワイトハウスで、書類に目を通しながらいった。

「…このままではナチスにしてやられる」

 部下は「一発はらせるのはどうでしょうか?」ときく。

「……一発?」

「そうです。OSS(当時の情報機関、CIAの前身)からの情報があります」

「情報? どんな?」         

「日本に関することです」

「この厭戦ムードを断ち切って、国民世論を参戦にもっていくにはよほど衝撃的なことがおこらなければならないのだぞ」

 ローズベルトは目を上げ、強くいった。

 ……強くインパクトのあるものが必要だ。

「ナチス・ドイツ第三帝国がヨーロッパを牛耳れば必ずアメリカ本土もターゲットになる。そうなればアメリカは勝っても相当の苦戦を強いられるぞ」

 ローズベルトは情勢にも明るかった。

 当時ドイツの科学者は世界一優秀といわれていた。だから、ローズベルトの心配もまんざら根拠のないものでもなかった。

 潜水艦ひとつとってもドイツのUボートに匹敵するようなものはなかった。

「ドイツの科学者は世界一優秀といわれている。十分な時間を与えてしまえばドイツはその頭脳を駆使してとんでもない兵器を作りあげてしまう可能性は高い」

 ローズベルトは危機感をもっていた。

「そうなるまえに手をうたねばならぬのだ」

「まったくです」

 ローズベルトはいった。「まず黄色いジャップ(日本人の蔑称)をなんとか刺激して、アメリカ国民を激怒させるような行動をおこさせるのがてっとり早い。

 ABCDラインで日本を資源市場からシャットアウトすれば、ジャップは必ずその挑発にのってくるだろう」

「……それなのですが…」

「まず相手に一発張らせて戦闘が当然だと米国人たちにわからせるのだ」

「それにはジャップは乗りました」

 部下はにやりとした。

「とうとう」ローズベルトは勝利の笑みを浮かべた。

「とうとうジャップは動いたか?」

「はい」

 部下は礼をして「ハワイ沿岸に日本の空母が接近中です。このままジャップはハワイの真珠湾を奇襲するというOSSからの情報です」

「そうか…」

 ローズベルトはにやりとした。

「いいか?! 箝口令を敷け! ハワイの太平洋艦隊指令部にはいっさい知らせるな! ジャップの攻撃を成功させるのだ」

「…しかし…」

「もし知らせれば、わが軍が応戦して、ジャップの卑劣な行為を国民に知らせられない」「大勢が犠牲になります!」

 部下は反発した。

 それにたいしてローズベルトは、

「国益を考えたまえ」といった。

「戦争をはじめるのにはインパクトだよ、インパクト!」

  かくして、日本の戦略のなさを露呈する奇襲(相手のトップは知っていた)が開始される。一九四一年十二月八日、日本の機動部隊はハワイのパールハーバー(真珠湾)を攻撃した。百対一以下のギャンブルに手をつっこんだ。

「よし!」

 真珠湾に日本の戦闘機・ゼロ戦が多数飛来して、次々と爆弾を落とす。

 米国太平洋艦隊は次々と撃沈、また民間人への射撃により負傷者が続出した。

 その中には、パイロットとしてハワイにいたマイケルの姿もあった。

「くそっ! ジャップめ!」

 マイケルは右脚を負傷して倒れ、道路に倒れ込んだ。

 スイス人医師、マルセル・ジュノーは、その頃、赤十字の派遣医師としてエチオピアに、さらにスペインへと転々としていた。

 内戦の中、野戦病院で必死に介護治療にあたっていた。

「なに?! ハワイに日本軍が奇襲?! 馬鹿なことを…」

 ジュノーは激しく感情を剥きだしにして怒った。

 いつも冷静な彼には似合わない顔だった。

 彼は長身で、堀の深い顔立ちである。ハンサムといえばそうだ。しかも痩せていて、腕も脚もすらりとしている。髪の毛もふさふさで、禿げではない。そんなハンサムな彼が苛立ったのだ。感情を出した。

「とにかく、大変なことだよ」

 マルセル・ジュノー博士は若さからか、感情を剥きだしにした。

 ……日本がアメリカ合衆国と戦って勝てる訳がない。

 ジュノーは医師ではあったが、立場上、国際情勢にも詳しかった。

「また無用な血が流れる」

 ジュノーは涙声でいった。「日本がアメリカ合衆国と戦って勝てる訳がない」

「きっと日本は悲惨なことになる…ナチス・ドイツよりも…」



「よし! でかした!」

 パールハーバー(真珠湾)攻撃を喜んだのは日本人ではなく、ローズベルトだった。これは説得力がある。当時のアメリカは日本との外向的話し合いを極力さけていた。

 せっぱつまった近衛内閣がトップ会談をほのめかしてもローズベルトは冷ややかだったという。

 ヒステリーが爆発した日本は軍部のさそいにのって真珠湾攻撃となってしまった。

 当時の日本人の考えは極めて単純だった。

 まず、諸戦でパールハーバーにある米国艦隊に壊滅的大打撃を与える。

 これによって軟弱なアメリカ人たちはパニックになる。

 日本では国民に総動員をかけられるが、自由の国アメリカではそれができず個人が言いたいほうだいのままバラバラになる。

 士気は日本のほうが優れている。

 アメリカ本土からの機動部隊を太平洋で迎撃するが、それも長くはつづかない。

 そのうち、アメリカ人たちは戦争に嫌気がさして、講和に持ち込んでくる。

 日本人が有利な形で講和を結べる………

 このごく幼稚な希望的観測で戦争をはじめてしまったのだから恐ろしい限りだ。

 まさに〝井の中の蛙、大海を知らず〝。

 もちろん山本五十六のように米国に滞在し、アメリカの力を知っていた軍人もいた。しかしその声は、前述したように狭い世界しか知らぬ蛙たちにかき消されてしまう。

 当時の商工大臣だった岸信介はこういったという。

「普通一プラス一は二だが、それを精神力によって三にも四にもできる」

 大和魂のことをいっているのだろうが、アメリカ人にだって魂がある。

「ジャップめ!」

「ナチスとふっついた黄色いのを撲滅しろ!」

 日本人の希望的観測はものの見事にくつがえされた。

 軟弱だったヤンキーたちは真珠湾奇襲に激怒し、次々と軍隊に入隊、女性たちも銃後の仕事についていった。軍事工場はフル稼働、兵士という雇用で失業もなくなった。

 アメリカは敵・日本だけでなく、ナチスとも戦うことを決意した。

 結局、日本はヒステリーを爆発させて真珠湾奇襲をし、アメリカ人の厭戦ムードを一掃させ、巨大な〝軍産複合体〝を始動させてしまった。「この日は屈辱の日である」ローズベルトは演説でいう。軍産複合体が動き出す。

 しかも、ローズベルトが大統領就任以来かかえていた失業をはじめとする問題も解決してくれた。

 ローズベルトは笑いがとまらなかった。

 何億ドルという広告費をだしてもできないことを日本が勝手にやってくれたからだ。

「よし! まず日本よりもドイツだ!」

 ローズベルトは初めから日本ではなくドイツを一番の敵と考えていた。その証拠に戦争時投入された八百万人の陸軍機動部隊の七十五パーセント以上はヨーロッパの対ドイツ戦にそそがれたという。

 真珠湾攻撃からさかのぼること三十五年前、アメリカは『ウォー・プラン・オレンジ』という戦略を練っていたという。オレンジとは日本、ちなみに米国はブルー…

 いつの日か日本との戦争が避けられないとして三十五年も前から戦略を練っていた米国、それに比べて日本は希望的観測で戦争に突入した。太平洋戦争ははじめる前から日本の負けだったのだ。

 真珠湾攻撃からさかのぼること三十五年前、といえばセオドア・ローズベルト(のちのフランクリン・ローズベルトのいとこ)が米国大統領だった頃だ。

 その当時、大統領は親日家で、ロシアとの交渉であたふたしていた日本に優位な姿勢をみせたという。ポーツマス講和では、日本は金も領土も得られないような情勢だった。が、アメリカの働きかけで、ロシアは樺太の南半分を日本に譲渡する……という交渉をまとめてノーヴェル平和賞にかがやいている。

 その頃から、対日戦略を考えていたというのだ。

 こんな状況下のもと、例のパールハーバー攻撃は起こった。

 こうして日本帝国は破滅へ向かって突き進んで、いく。


 

                        

         3 エリザベスとローズベルトの死







「大変です! 副大統領閣下!」

 合衆国ニューハンプシャー州に遊説のために訪れていたトルーマン副大統領に、訃報がまいこんだ。それはあまり歓迎できるものではなかった。

「なに?!」

 トルーマンは驚きのあまり、口をあんぐりと開けてしまった。

 ……フランクリン・ローズベルト大統領が病いに倒れたというのだ。

 ホワイトハウスで病の床にあるという。

「なんということだ!」

 ハリー・S・トルーマンは愕然とし、しきりに何かいおうとした。

 しかし、緊張のあまり手足がこわばり、思う通りにならない。

「とにかく閣下……ホワイトハウスへ戻ってください!」

「……うむ」

 トルーマンは唸った。


  トルーマンの出身地はミズリー州インデペンデント。人口は一万人に過ぎない。1945年わずか三ケ月前に副大統領になったばかりである。

 ホワイトハウスでは、ローズベルトが虫の息だった。

「大統領閣下! トルーマンです!」

 声をかけると、ベットに横たわるローズベルトははあはあ息を吐きながら、

「ハリー…か…」と囁くようにいった。

「閣下!」

 トルーマンは涙声である。

「…ハリー……戦争はわれわれが…必ず…勝つ。センターボード(原爆の暗号)もある」「センターボード?」

 ローズベルトはにやりとしてから息を引き取った。

 1945年4月のことである。

 すぐに国葬がおこなわれた。

 トルーマンは『原爆』について何も知らされてなかった。

「天地がひっくりかえったようだ」

 トルーマンは妻ベスにいった。「わたしがアメリカ合衆国大統領となるとは…」

「…あなた……ついにあなたの出番なのですね?」

「そうとも」                        

 トルーマンは頷いた。「しかし、センターボードとは知らなかった」

「センターボード?」

「いや」トルーマンは首をふった。「これは政府の機密だ」

 ……センターボードこと原爆。その破壊力は通常兵器の何百倍もの破壊力だという。

「ドイツに使うのか? 原爆を」

 トルーマンは執務室で部下にきいた。

「いいえ」部下は首を横にふった。「ドイツはゲルマン民族で敵とはいえ白人……原爆は黄色いジャップに使います」

「どれくらい完成しているのだ? その原爆は…」

「もう少しで完成だそうです。原爆の開発費用は二十万ドルかかりました」

「二十万ドル?!」

「そうです。しかし……戦争に勝つためです。日本上陸作戦もあります。まず、フィリピンを占領し、次に沖縄、本土です。1945年秋頃になると思います」

 トルーマンは愕然とした。

 自分の知らないところで勝手に決められていく。

 部下は続けた。

「七〇万人もの中国にいる日本軍を釘付けにする必要があります。原爆は米軍兵士の命を救う切り札です」

 トルーマンは押し黙った。

 この後、トルーマンとスターリン・ソ連首相とで〝ヤルタの密約〝が交わされる。ドイツ降伏後、ソ連が日本に攻め込む……という密約である。

 …………これでいいのだろうか?

 トルーマン大統領は困惑しながらあやつられていく。


         4 中国へ






  スイス人医師、マルセル・ジュノー博士は海路中国に入った。

 国際赤十字委員会(ICRC)の要請によるものだった。

 当時の中国は日本の侵略地であり、七〇万人もの日本軍人が大陸にいたという。中国国民党と共産党が合体して対日本軍戦争を繰り広げていた。

 当時の日本の状況を見れば、原爆など落とさなくても日本は敗れていたことがわかる。日本の都市部はBー29爆撃機による空襲で焼け野原となり、国民も戦争に嫌気がさしていた。しかも、エネルギー不足、鉄不足で、食料難でもあり、みんな空腹だった。

 米国軍の圧倒的物量におされて、軍艦も飛行機も撃沈され、やぶれかぶれで「神風特攻隊」などと称して、日本軍部は若者たちに米国艦隊へ自爆突撃させる有様であった。

 大陸の七〇万人もの日本軍人も補給さえ受けられず、そのため食料などを現地で強奪し、虐殺、強姦、暴力、侵略……

 ひどい状態だった。

 武器、弾薬も底をついてきた。

 もちろん一部の狂信的軍人は〝竹やり〝ででも戦っただろうが、それは象に戦いを挑む蟻に等しい。日本はもう負けていたのだ。

 なのになぜ、米国が原爆を日本に二発も落としたのか?

 それはけして、

 ……米国軍人の命を戦争から守るために。

 ……戦争を早くおわらせるために。      

 といった米国人の詭弁ではない。

 つまるところ原爆の「人体実験」がしたかったのだ。

 ならなぜドイツには原爆をおとさなかったのか?

 それはドイツ人が白人だからである。

 なんだかんだといっても有色人種など、どうなろうともかまわない。アメリカさえよければそれでいいのだ。それがワシントンのポリシー・メーカーが本音の部分で考えていることなのだ。

 だが、日本も日本だ。

 敗戦濃厚なのに「白旗」も上げず、本土決戦、一億日本民族総玉砕、などと泥沼にひきずりこもうとする。当時の天皇も天皇だ。

 もう負けは見えていたのだから、                       

 ……朕は日本国の敗戦を認め、白旗をあげ、連合国に降伏する。

 とでもいえば、せめて原爆の洗礼は避けられた。

 しかし、現人神に奉りあげられていた当時の天皇(昭和天皇)は人間的なことをいうことは禁じられていた。結局のところ天皇など「帽子飾り」に過ぎないのだが、また天皇はあらゆる時代に利用されるだけ利用された。

 信長は天皇を安土城に連れてきて、天下を意のままに操ろうとした。戊辰戦争、つまり明治維新のときは薩摩長州藩が天皇を担ぎ、錦の御旗をかかげて官軍として幕府をやぶった。そして、太平洋戦争でも軍部は天皇をトップとして担ぎ(何の決定権もなかったが)、大東亜戦争などと称して中国や朝鮮、東南アジアを侵略し、暴挙を繰り広げた。

 日本人にとっては驚きのことであろうが、かの昭和天皇(裕仁)は外国ではムッソリーニ(イタリア独裁者)、ヒトラー(ナチス・ドイツ独裁者)と並ぶ悪人なのだ。

 只、天皇も不幸で、軍部によるパペット(操り人形)にしか過ぎなかった。

 それなのに「極悪人」とされるのは、本人にとっては遺憾であろう。

 その頃、日本人は馬鹿げた「大本営放送」をきいて、提灯行列をくりひろげていただけだ。

 また、日本人の子供は学童疎開で、田舎に暮らしていたが、そこにも軍部のマインド・コントロールが続けられていた。食料難で食べるものもほとんどなかったため、当時の子供たちはみなガリガリに痩せていたという。

 そこに軍部のマインド・コントロールである。

 小学校(当時、国民学校といった)でも、退役軍人らが教弁をとり、長々と朝礼で訓辞したが、内容は、                   

 ……わが大和民族は世界一の尚武の民であり、わが軍人は忠勇無双である。

 ……よって、帝国陸海軍は無敵不敗であり、わが一個師団はよく米英の三個師団に対抗し得る。

 といった調子のものであったという。

 日本軍の一個師団はよく米英の三個師団に対抗できるという話は何を根拠にしているのかわからないが、当時の日本人は勝利を信じていた。

 第一次大戦も、日清戦争も日露戦争も勝った。      

 日本は負け知らずの国、日本人は尚武の民である。

 そういう幼稚な精神で戦争をしていた。

 しかし、現実は違った。

 日本人は尚武の民ではなかった。アメリカの物量に完敗し、米英より戦力が優っていた戦局でも、日本軍は何度もやぶれた。

 そして、ヒステリーが重なって、虐殺、強姦行為である。

 あげくの果てに、六十年後には「侵略なんてなかった」「慰安婦なんていなかった」「731部隊なんてなかった」「南京虐殺なんてなかった」

 などと妄言を吐く。

 信じられない幼稚なメンタリティーだ。

 このような幼稚な精神性を抱いているから、日本人はいつまでたっても世界に通用しないのだ。それが今の日本の現実なのである。


  一九四五年六月………

 マルセル・ジュノーは野戦病院で大勢の怪我人の治療にあたっていた。

 怪我人は中国人が多かったが、中には日本人もいた。

 あたりは戦争で銃弾が飛び交っており、危険な場所だった。

 やぶれかぶれの日本軍人は、野蛮な行為を繰り返す。

 ある日、日本軍が民間の中国人を銃殺しようとした。

「やめるんだ!」

 ジュノーは、彼らの銃口の前に立ち塞がり、止めたという。

 日本軍人たちは呆気にとられ、「なんだこの外人は?」といった。

 ……とにかく、罪のないひとが何の意味もなく殺されるのだけは願い下げだ!

 マルセル・ジュノー博士の戦いは続いた。



 戦がひとやすみしたところで、激しい雨が降ってきた。

 日本軍の不幸はつづく。

 暴風雨で、艦隊が坐礁し、米英軍に奪われたのだ。

「どういうことだ?!」

 山本五十六は焦りを感じながら叱った。

 回天丸艦長・森本は、

「……もうし訳ござりません!」と頭をさげた。

「おぬしのしたことは大罪だ!」

 山本は激しい怒りを感じていた。大和を失っただけでなく、回天丸、武蔵まで失うとは………なんたることだ!

「どういうことなんだ?! 森本!」とせめた。

 森本は下を向き、

「坐礁してもう駄目だと思って……全員避難を……」と呟くようにいった。

「馬鹿野郎!」五十六の部下は森本を殴った。

「坐礁したって、波がたってくれば浮かんだかも知れないじゃないか! 現に米軍が艦隊を奪取しているではないか! 馬鹿たれ!」

 森本は起き上がり、ヤケになった。

「……負けたんですよ」

「何っ?!」

 森本は狂ったように「負けです。……神風です! 神風! 神風! 神風!」と踊った。 岸信介も山本五十六も呆気にとられた。

 五十六は茫然ともなり、眉間に皺をよせて考えこんだ。

 いろいろ考えたが、あまり明るい未来は見えてはこなかった。

  大本営で、夜を迎えた。

 米軍の攻撃は中断している。

 日本軍人たちは辞世の句を書いていた。

 ……もう負けたのだ。日本軍部のあいだには敗北の雰囲気が満ちていた。

「鈴木くん出来たかね?」

「できました」

「どれ?」


  中国の野戦病院の分院を日本軍が襲撃した。

「やめて~っ!」

 看護婦や医者がとめたが、日本軍たちは怪我人らを虐殺した。この〝分院での虐殺〝は日本軍の汚点となる。

 ジュノーの野戦病院にも日本軍は襲撃してきた。

 マルセル・ジュノーは汚れた白衣のまま、日本軍に嘆願した。

「武士の情けです! みんな病人です! 助けてください!」

 日本の山下は「まさか……おんしはあの有名なジュノー先生でごわすか?」と問うた。「そうだ! 医者に敵も味方もない。ここには日本人の病人もいる」

 関東軍隊長・山下喜次郎は、

「……その通りです」と感心した。

 そして、紙と筆をもて! と部下に命じた。

 ………日本人病院

 紙に黒々と書く。

「これを玄関に張れば……日本軍も襲撃してこん」

 山下喜次郎は笑顔をみせた。

「………かたじけない」

 マルセル・ジュノーは頭をさげた。


  昭和二十年(一九四五)六月十九日、関東軍陣に着弾……

 山下喜次郎らが爆撃の被害を受けた。

 ジュノーは白衣のまま、駆けつけてきた。

「………俺はもうだめだ」

 山下は血だらけ床に横たわっている。

「それは医者が決めるんだ!」

「……医療の夢捨…てんな…よ」

 山下は死んだ。

  野戦病院で、マルセル・ジュノー博士と日本軍の黒田は会談していた。

「もはや勝負はつき申した。蒋介石総統は共順とばいうとるがでごわそ?」

「……そうです」

「ならば」

 黒田は続けた。「是非、蒋介石総統におとりつぎを…」

「わかりました」

「あれだけの人物を殺したらいかんど!」

 ジュノーは頷いた。

 六月十五日、北京で蒋介石総統と日本軍の黒田は会談をもった。

「共順など……いまさら」

 蒋介石は愚痴った。

「涙をのんで共順を」黒田はせまる。「……大陸を枕に討ち死にしたいと俺はおもっている。総統、脅威は日本軍ではなく共産党の毛沢東でしょう?」

 蒋介石はにえきらない。危機感をもった黒田は土下座して嘆願した。

「どうぞ! 涙をのんで共順を!」

 蒋介石は動揺した。

 それから蒋介石は黒田に「少年兵たちを逃がしてほしい」と頼んだ。

「わかりもうした」

 黒田は起き上がり、頭を下げた。

 そして彼は、分厚い本を渡した。

「……これはなんです?」

「海陸全書の写しです。俺のところに置いていたら灰になる」

 黒田は笑顔を無理につくった。

 蒋介石は黒田参謀から手渡された本を読み、

「みごとじゃ! 殺すには惜しい!」と感嘆の声をあげた。

  少年兵や怪我人を逃がし見送る黒田……

 黒田はそれまで攻撃を中止してくれた総統に頭を下げ、礼した。

 そして、戦争がまた開始される。

 旅順も陥落。

 残るはハルビンと上海だけになった。

  上海に籠城する日本軍たちに中国軍からさしいれがあった。

 明日の早朝まで攻撃を中止するという。

 もう夜だった。

「さしいれ?」星はきいた。

 まぐろ               

「鮪と酒だそうです」人足はいった。

 荷車で上海の拠点内に運ばれる。

「……酒に毒でもはいってるんじゃねぇか?」星はいう。

「なら俺が毒味してやろう」

 沢は酒樽の蓋を割って、ひしゃくで酒を呑んだ。

 一同は見守る。

 沢は「これは毒じゃ。誰も呑むな。毒じゃ毒!」と笑顔でまた酒を呑んだ。

 一同から笑いがこぼれた。

 大陸関東日本陸軍たちの最後の宴がはじまった。

 黒田参謀は少年兵を脱出させるとき、こういった。

「皆はまだ若い。本当の戦いはこれからはじまるのだ。大陸の戦いが何であったのか……それを後世に伝えてくれ」

 少年兵たちは涙で目を真っ赤にして崩れ落ちたという。


  日本軍たちは中国で、朝鮮で、東南アジアで暴挙を繰り返した。

 蘇州陥落のときも、日本軍兵士たちは妊婦と若い娘を輪姦した。そのときその女性たちは死ななかったという。それがまた不幸をよぶ。その女性たちはトラウマをせおって精神疾患におちいった。このようなケースは数えきれないという。

 しかし、全部が公表されている訳ではない。なぜかというと言いたくないからだという。中国人の道徳からいって、輪姦されるというのは恥ずかしいことである。だから、輪姦さ               

れて辱しめを受けても絶対に言わない。

 かりに声をあげても、日本政府は賠償もしない。現在でも「慰安婦などいなかったのだ」などという馬鹿が、マンガで無知な日本の若者を洗脳している。

  ジュノー博士は衝撃的な場面にもでくわした。

 光景は悲惨のひとことに尽きた。

 死体だらけだったからだ。

 しかも、それらは中国軍人ではなく民間人であった。

 血だらけで脳みそがでてたり、腸がはみ出したりというのが大部分だった。

「……なんとひどいことを…」

 ジュノーは衝撃で、全身の血管の中を感情が、怒りの感情が走りぬけた。敵であれば民間人でも殺すのか……? 日本軍もナチスもとんでもない連中だ!

 日本軍人は中国人らを射殺していく。

 虐殺、殺戮、強姦、暴力…………

 日本軍人は狂ったように殺戮をやめない。

 そして、それらの行為を反省もしない。

 只、老人となった彼等は、自分たちの暴行も認めず秘密にしている。そして、ある馬鹿のマンガ家が、

 …日本軍人は侵略も虐殺も強姦もしなかった……

 などと勘だけで主張すると「生きててよかった」などと言い張る。

 確かに、悪いことをしたとしても「おじいさんらは間違ってなかった」といわれればそれは喜ぶだろう。たとえそれが『マンガ』だったとしても……

 だが、そんなメンタリティーでは駄目なのだ。

 鎖国してもいいならそれでもいいだろうが、日本のような貿易立国は常に世界とフルコミットメントしなければならない。

 日中国交樹立の際、確かに中国の周恩来首相(当時)は「過去のことは水に流しましょう」といった。しかし、それは国家間でのことであり、個人のことではない。

 間違った閉鎖的な思考では、世界とフルコミットメントできない。

 それを現在の日本人は知るべきなのだ。


  民間の中国人たちの死体が山のように積まれ、ガソリンがかけられ燃やされた。紅蓮の炎と異臭が辺りをつつむ。ジュノー博士はそれを見て涙を流した。

 日本兵のひとりがハンカチで鼻を覆いながら、拳銃を死体に何発か発砲した。

「支那人め! 死ぬ!」

 ジュノーは日本語があまりわからず、何をいっているのかわからなかった。

 しかし、相手は老若男女の惨殺死体である。

「……なんということを…」

 ジュノーは号泣し、崩れるのだった。                       

         5 日本軍の虐殺






  ユダヤ人たちを乗せた貨物列車が、アウシュビィッツ強制収容所に到着した。もはや、名簿係も名札もなにも必要ではない。ユダヤ人女性は髪をきられ、女や男にわけられて、ガス室へ入れられるのである。

 シュウウウゥ…っ、とガス室に猛毒ガスが広がるのと同時に、きゃあぁ…つ!という悲鳴が響き渡る。そして、それから間もなく、バタバタと毒ガスによってユダヤ人たちは床にドサリと倒れていった。

 そして、数分後には、死体の山があるだけとなる……。

 ー虐殺者の数、実に六百万人、……おそるべき数字で、ある。……


 アンネ・フランクの日記……

〝だれよりも親愛なるキティーへ、

「本日はDデーなり」きょう十二時、このような声明がイギリスのラジオを通じて出されました。まちがいありません、まさしく、きょうこそはその日、です。いよいよ上陸作戦が始まったのです!

 イギリスはけさ八時に以下のようなニュースを流しました。カレー、ブローニュ、ルアーヴル、シェルプール、そして(例によって)パドカレー一帯に、空からの猛烈な攻撃がくわえられた。さらに爆撃地帯に住むひとびとの安全のため、爆撃避難を…と英軍はビラをまくであろう。

 十二時、アメリカのアイゼンハウワー将軍が、「本日はDデーなり」の声明を読み上げました。「フランスの国民には犠牲がともなうかも知れないが、われわれは必ずや上陸してナチスを追い出す。そのために後ほんのしばらく我慢していてほしい」そのあと、ベルギーの首相、オランダの国王、イギリスの国王、フランスのドゴール将軍のあと、ついにイギリスのチャーチル首相の演説……。

 隠れ家は興奮のるつぼです。まちにまった解放があるのでしょうか?とにかく、希望です。希望がもてます!

 ちなみに、チャーチルはDデーには、自分も軍隊の先頭にたって出陣したい、といい、フランスの将軍やアメリカの大統領にとめられたそうです。なんと豪気な老人でしょう。もう、七十歳以上いっているというのに。でも、希望がみえてきました!〝


「わたしは今、希望をもって十五才の誕生日をむかえることができました。今年こそは皆さんをわたしの家へ招待したいと思います」

 アンネ・フランクは、隠れ家の誕生日会において、そんな風に明るくスピーチをした。 一同から拍手がおこる。デュッセルさんは、立派な作品が書けるようにと万年筆をプレゼントした。ファン・ダーン一家はブローチを、パパとママは下着だった。マルゴーは、大事にしていたペンダントをアンネにプレゼントした。大事な大事な宝物を…。

〝キティー、

 15才の誕生日に、みんなから素敵なプレゼントを頂きました。でも、一番の宝物は、人間って素晴らしい、生きてるってことは素晴らしい、って知ったことです。〝


〝「心の奥底では、若者はつねに老人よりも孤独である」なにかの本でこの格言を知ってから、わたしはずっとこれを忘れられずにきましたし、これが真理だということを確信しました。この生活の中で、わたしとたちより大人たちのほうが苦しんでいるのでしょうか?いいえ。そんなことはありません。大人たちはすでに確固とした自分というものをつくりあげていて、それに従って生活できるからです。それにくらべて私たち若者は、現在のように、あらゆる理想が打ち砕かれ、踏み躙られ、人間が最悪の面をさらけだし、真実や正義や神などを信じているかどうか迷っている時代において、自己の立場を固守し、見解をつらぬきとおすということは二倍も困難なことなのです。

 わたしたちは、この世界が破壊され序序に崩壊していくのを目の当たりにみています。しかし、希望がないわけではありません。もうすぐ、こんな戦争も終り、平和がやってくる……といいと思います。〝


〝親愛なるキティーへ、

 やっとほんとうの希望が湧いてきました。ついにすべてが好調に転じたという感じ。えぇそう、本当に好調なんです!すばらしいニュース!ヒトラー暗殺が計画されました。しかも今度は、ユダヤ人共産主義者がたくらんだものでも、イギリスの資本主義者がたくらんだものでもありません。純血のドイツ人の将軍、おまけに伯爵で、まだかなり若いひとだそうです。〝神の摂理〝か、総統の命に別状はなく、あいにく被害は軽いかすり傷と火傷だけですみました。同席していた数人の将軍、将校らのなかに死傷者が出、計画の首謀者は射殺されたとのことです。

 いずれにせよ、この事件は、ドイツ側にもいまや戦争に飽き飽きして、ヒトラーを権力の座からひきずり降ろそうと思っている将軍や軍人が大勢いることを、物語っています。このようにして、ドイツ人同志が殺しあってくれれば、連合軍にとって都合がいいのです。 あぁ、はやく、ヒトラーがこの世からいなくなればいいのに…。〝


〝前にもいったように、わたしは何事につけ、けっして本当の気持ちを口には出しません。そのおかげで、男の子ばかり追いかけてるお転婆娘とか、浮気っぽいとか、知ったかぶり、とか、安っぽい恋愛小説の愛読者だとか、いろいろ汚名をこうむってきました。活発なほうのアンネはそんなことは笑いとばし、へっちゃらって顔をします。が、おとなしいほうのアンネは、まったく正反対の反応を示します。正直な話、ショックで泣きたくもなります。努力しても、汚名は消えません。

 胸のうちですすり泣く声がきこえます。

 いい面を外側に、悪い面を内側にもっていきたい。それができるはずなんです。きっとなれるはずなんです。もしも…この世に生きているのがわたしひとりであったならば。〝     (アンネの日記はここで終わっている。)


『隠れ家』の一向は、食事中に、解放後の夢について語っていた。まず、ファン・ダーンが口火を切った。

「私は、解放されたら、タバコをプーカプカとやりたいものですな。ペーター、お前は?」 ペーターは少し考えてから、「僕?」といい、続けて「僕は…いろんな場所にいってみたい」と答えた。

 ファン・ダーンのおばさんは、「いいわね。わたしはオペラをみにいきたいわ。マルゴーあなたは?」といい、マルゴーにせかすように尋ねた。

「私?……私もいろんなところへ行ってみたいわ。そして公園の芝生で寝転がるの」

「私はひとりっきりになりたいわ」

「おいおい、エーディット。私のことを忘れんでくれよ」

 オットーは冗談めかしに言った。そして、

「アンネ、お前は?」

 と、愛娘にきいた。

「私は学校にいきたい。そして、皆と一緒に勉強がしたい!」

 アンネは純粋な瞳のままでいった。

「ほおーっ、そりゃあすごい答えだ。マルゴー的答えだね」

 冗談が飛び、一同は大笑いしていた。


  一九四十四年八月四日。

 マルゴーとデュッセルは本を読んでいた。もうすぐ昼なので、ファン・ダーンのおばさんは食事を作っているところだった。ファン・ダーンはテーブルのイスに座って、新聞を読んでいるオットーに、

「なにかかわった記事はありますか?」

 と、きいた。が、別になにもないので「いえ、別に」とだけオットーは答えていた。

 ペーターの部屋では、ペーターとアンネが楽しそうにおしゃべりしていた。しかし、そんな平凡な時間もやぶられようとしていた。

「ミープたち、遅いわね」

 シチューをつくりながら、ファン・ダーンのおばさんが呟いたとき、ウーウ、というサイレンの音が響いて、すぐ前で止まった。

 午前十時半のあたりに、プリンセンフラハト二六三番地に建つ家の前に、一台の車が停った。ツカツカと制服姿のナチス親衛隊幹部カール・ヨーゼフ・ジルバーベルクと、私服で武器を携行した、ドイツ秘密警察(グリユーネ・ポリツアイ)所属の、数名のオランダ人が車から下り立った。『隠れ家』にひそむユダヤ人について、誰かが密告したのは明らかだった。

 秘密の扉をぶちあけて、ナチスの手先達が銃をかまえて『隠れ家』に入ってきた。そして、その後、私服の男がツカツカ歩いてきて、

「五分でしたくしろ」

 と、低い声で命令した。

「あぁ……神さま」

 一同は愕然とするしかなかった。ーもう、すべての終りだ…。ー

 グリューネ・ポリツアイは、八人のユダヤ人の他、潜伏生活を助けたクレーフルとクレイマンを連行しーミープは逮捕をまぬがれたーさらに『隠れ家』に置かれていた現金などをすべて押収(着服)した。



「なにっ?!原爆は完成しない……研究が大幅におくれているだと?!」

 SSの高官は電話を切って、テーブルを強くたたいた。なんてこった、ドイツの存亡がかかっているというのに!

 ペーミンデの事務所で、高官の男はふりかえってから、つったっているウォルナー・フォン・ブラウン博士に、「すまない博士、原爆は間に合いそうにない」

 と、残念そうに告げた。

「そうですか」

 フォン・ブラウンは冷静に答えた。しかし、心の中では安堵の溜め息をついていた。ーよかった。…原爆などをV2号につんで飛ばしたら、それこそ世界中が火の海だ…。

 そう考えていた次の瞬間、

 V2号ロケットが爆発した。ー事故?いや、違った。連合軍が基地をかぎつけて、大編隊を送りこみ、大空襲を開始したのだ!

 次々と〝ドイツ存亡の星〝〝期待のロケット〝が爆発していき、そして炎に包まれていった。…結局、ドイツ最後の秘密兵器V2もまた戦局を大きくかえることはできなかったのである。もはや、ドイツは敗色一色に染まっていた。


「ヒムラー長官、収容所のユダヤ人たちはいかがしましょう?」

 廃墟の中を歩いていた軍服のヒムラーに、SS上官が尋ねた。ヒムラーは冷静な顔をくずすことなく、

「全員、殺してしまえ」

 と平然と命令していた。


  ソヴィエト赤軍のベルリン総攻撃が始まった。

 五十六歳の誕生日を、アドルフ・ヒトラーは地下壕の中で迎えた。形式的な祝賀に連なった要人、軍首脳は、ヒトラーにベルリン脱出を勧めたが、ヒトラーは同意しなかった。ヒトラーはベルリンにとどまり、帝国を死守するといったという。そして、二十九日、ヒトラーは愛人のエバァ・ブラウンと地下壕の中で結婚式を挙げ、それからピストルによってふたりは自殺した。ガソリンをかけて焼き尽くす間、ゲッベルスらは右手をあげて敬礼していた。夜、ゲッベルスは妻と子供とともに自殺。遺体は、ヒトラー夫妻ほど念入りに焼却されることなく、その黒こげのまま放置された。誰も、マイケルでさえも、それ以上かかわっている余裕はなかった。

  ナチス・ドイツは降伏した。


  こうして、アンネたちが連れていかれてから、約九ケ月で戦争が終わった。オットーだけは生き残ったが、他のひとたちは生き残ることができなかった。


ファン・ダーン   1944年秋  アウシュビィッツ収容所のガス室にて死亡

夫人 ペトロネラ  1945年春  テレージュンシュタット収容所にて死亡

長男 ペーター   1945年5月 マウトハウゼン収容所にて死亡

デュッセル     1944年12月 ノイエンガメ収容所にて死亡

オットー・フランク 1945年 アウシュビィッツ収容所から解放 1980年 没

夫人 エーディット 1945年1月6日 アウシュビィッツ収容所にて死亡

長女 マルゴー   1945年2月ころ ベルゼン(ベルゲン)収容所にて死亡


アンネ・フランク  1945年3月   ベルゼン(ベルゲン)収容所にて死亡




  ジュノーの努力もむなしく、日本軍によるアジアでの侵略、野蛮行為はやまなかった。日本人はいつも第二次世界戦争というとナチスやヒトラーの虐殺のことばかり考える。

 まるで映画『シンドラーのリスト』のような光景だ。

 しかし、過去の日本人だって、ナチスの虐殺と同じようなことをしていたのだ。

 中国人被害者はいう。

「殺された何百人の人のうち若い女性はひとりだけでした。妊婦でしたが、強姦され、腹を切られて胎児が飛び出したまま死んでいました。すざまじい状態でした。

 その占領の当時、強姦され殺された女性もいましたが、強姦されても言わない人もいます。わたしが知るかぎり、親切な日本人はひとりもいませんでした。

 過酷な労働を強いて、賃金ひとつ払わない。母は精神に異常をきたして廃人のようになって死にましたが、それは日本軍によって父を殺されたからでした。

 私たちは只の田舎の農民でした。しかし、日本軍人がわれわれの家庭をめちゃくちゃにしたのです。

 日本人を恨んでないといったら嘘になります。もちろん十一歳のときに感じた恨みと今の恨みは違います。日本人全部が悪かったとは今思ってません。悪かったのはひとにぎりの軍国主義者です」

「日本軍たちは村の家を焼き払った。

 父や母もころされた。母は輪姦され、殺されたのです。

 私が思うに、ここにきて日本人が事実を無視するとか、認める認めないの問題じゃないんです。日本軍国主義者たちが勝手に他国を侵略して、多くの罪なき民を殺し、家々を焼き、女性をもてあそんだのは厳然たる事実だ。

 だから日本人の一部が何を言おうがそんなことは問題じゃない。これは賠償金しかない。謝罪もほしい。毛先生は戦争で国と国とが争って被害を受けるのは国民だ、といってます。 日本政府は賠償金をわれわれに払うべきなんです」

「八・一三(上海陥落)から八一五にわたって南京は爆撃されたんです」

「南京で殺されたのは圧倒的に市民が多かったです。銃ももたない農民や一般市民が虫ケラのように殺された。われわれのおじいさんもおばあさんも子供も殺された。

 被害者がやられたと訴えているのに、やった張本人の日本人がやらなかったと否定するのはどういうことですか! まるで子供じゃないですか!」

参考文献『目覚めぬ羊たち』落合信彦著作(小学館出版)より引用*



  南京大虐殺を日本人は認めていない。

 まさに子供だ。確かに三十万人という犠牲者の数は多すぎるかも知れない。原爆でも落とさない限りそんなに殺せないだろう。

 その盲点をついて、一部の日本人は「南京大虐殺なんてなかった」などと主張する。こうした連中は「侵略」じたいも認めない。

 侵略を少しでも認めたら、虐殺も認めざる得ないからだ。

 確かに三十万人という犠牲者の数は多すぎるだろう。しかし、考えてほしい。たとえ千人でも百人でも、殺されれば虐殺なのだ。

 日本軍人全員が虐殺をしていたかは知らない。

 しかし、日本軍人は過ちを犯した………

 これだけは忘れないでいてほしい。

 


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