たたかい
「黒柩、呆けるな、詰められるぞ」
言葉が投げ掛けられる。
周囲は既に戒濁が集っていた。
白柳めゐは囲まれてしまった事を察する。
軟体生物の様な見た目をした戒濁が攻撃に移る。
触手を伸ばして、白柳めゐの手足を拘束しようとした。
その行動に対し、白柳めゐは即座に回避行動に移る。
柔らかな地面を強く踏み締めて、跳躍した瞬間、彼女は自らの肉体の異変に察した。
「ッあ」
声を漏らして着地する。
自らの体の動きに違和感を覚える。
眼を開き、自分の異常性に唱えてしまう白柳めゐ。
「か、体が…」
心臓を鳴らす。
高く、鼓動が早くなっている。
彼女の体が可笑しい、と、近くで見守っていた八城道信は勘付いた。
「(肉体に対して異変を感じている、体を痛めたか?…これ以上は無理か、いや)」
その様子では、最終試験で命を落とす可能性がある。
若き芽を潰さない為に、封令師は最終試験には一人一人に二等級以上の封令師が専属していた。
それは仕事として雇われた者であったり、白柳めゐと、八城道信との、師弟関係である様な者が専属する。
師弟関係である封令師は、他の仕事で行われる封令師よりも、手厳しいと言う。
その分、仕事で雇われた封令師によって合格した封令師よりも、任務による死亡率が低くなっているのだが。
「黒柩、俺はお前の師ではあるが、今回の選別ではお前を助ける真似はしない、それが俺のやり方だ、選別を越せぬ者に、封令師になる資格など無いからな」
特に、八城道信はスパルタで有名である。
元々、八城道信は指導者としての技量は著しく低い。
それは、自分の技術は、自分だけのものであり、それを教える事は一切出来ない。
技術や経験はあくまでも自分で積むもの、その信念のみを教えている為、泣きながら弟子を止める者が後を絶えない。
だが、彼の元で育った封令師は、他の封令師よりも強く、最前線に出されても遜色の無い戦闘を見せてくれる。
つまりは実戦派の封令師が出来ると言う事だった。
戒濁たちが喘いでいる。
彼ら魔道は、人類に対する凶悪である。
己の欲に従い行動をする戒濁は、この結界内部に封じられた事で不満を募らせた。
年に一度行われる最終試験にて、封令師の卵を壊す快感を戒濁たちは知っている。
男性であれば殺し、女性であれば犯す、それが、欲深き戒濁の行動理念でもあるのだろう。
「(戒濁の目の色が変わっている、色欲か、凌辱した末に殺すか、そうなる前に、介錯をすべきか…ッ)」
白柳めゐの周囲には、十数体程の戒濁が集まっていた。
三等級封令師になろうとしている封令師ならば、この状況は非常に不味い。
先ず、戦闘などせず、逃走を考えるべき状況。
もしも逃げきれず戒濁に捕らわれてしまった場合を想定し、八城道信は懐から短ドスを取り出す。
それが彼の封具であり、介錯をする為の慈悲の一刀である。
戒濁が白柳めゐへと飛ぶ。
彼女の体を狙い、涎を垂らし、粘液を飛ばしながら、犯そうとしていた時。
迫り来る一体の戒濁に向けて、白柳めゐは薙刀で戒濁を払う。
刃が眩い軌跡を作ると共に、狼の様に毛が多い戒濁の首が切断される。
その一撃で状況が変わった、空気が変わった。
白柳めゐが、軽く薙刀を振り回す、そして自分の体の異変の正体を察する。
「からだ、が…(あぁ…体が軽い、目が良く見える、何よりも…己の思考に体が動く)」
それは若さ。
自分の体が、錆び付いた時計仕掛けの様に動いていた体が、現在では聡明に働いている。
半世紀ぶりの不調の無い動きが取れる彼女は、自然と笑みを浮かべていた。
「はっ」
彼女の感動など、戒濁は理解しない。
無感動のままに白柳めゐを襲い出す。
その戒濁たちに、即座に戦闘態勢に移る白柳めゐは、薙刀を振り回して戒濁を切り裂いた。
熟練の動きに、八城道信は目を見開いた。
他人など興味すら無かった、だが、彼女の戦闘能力は非常に興味深いものである。
「(早い、取捨の選択が異常だ、並大抵の経験では得られない、数刻前とは違う、別人だ)」
それもそうだ、彼女には、五十年以上の戦闘経験が募っている。
更に加えて、若々しい体と言う条件が備われば、雑魚に近しい戒濁など恐れるに足らず。
逃げる事しか出来ない戒濁の群れを、薙刀と武術で圧制する。
あっと言う間に倒し切る白柳めゐ。
いや、一体だけ、白柳めゐは残して置いた。
薙刀を使い、武者の恰好をした戒濁を斜めに斬る。
下半身と上半身が別れたと同時、彼女はその戒濁の胸元に薙刀を突き立てて宙に浮かす。
「…この中で一番強いのを残して置いた、貴様だ『武者童子』、無様に死ぬか、従属するかを選べ」
鬼気迫る表情を浮かべ脅す様に告げる白柳めゐ。
それに屈した武者童子は、彼女の薙刀に溶け込んでいく。
契約の証であり、武者童子は白柳めゐの名の下に従属する事を選んだ。
「屈したか、良し、傘下に加えてやる」
そうして、白柳めゐは戒濁を封じた。
それを以て、封令師としての合格基準に満ちるのだった。
「黒柩」
名前を呼ばれた事で、白柳めゐは振り向いた。
樹木の幹で留まっていた筈の八城道信が何時の間にか彼女と同じ地へと降りている。
「師、どうかされましたか?」
白柳めゐは八城道信に聞いた。
そして…白柳めゐは此処が記憶の世界である事を思い出す。
「(そうだ、若返ったワケではない、此処は記憶の中、戒濁の術中だ)」
この山も、先程倒した戒濁も。
そして、今目の前に居る八城道信も、記憶を媒介にした戒濁の術に他ならない。
「(この情報を告げるか?…いや、戒濁の術中である以上、下手な事は言えまい、この世界全てが、あたしにとっての敵なのだから)」
例え、この世界が偽物であると話して、戒濁による術中であると話したとして。
其処から生まれる予想外な事態が起こる可能性が孕む。
流石の白柳めゐも予想できぬ事態を起こしたくは無かった。
「動きが何時もよりと違った、何をした?」
師の質問に、白柳めゐはのらりくらりと避けるつもりだった。
「…別段、特別な事はしておりません、死に物狂いだっただけです」
「それにしては熟練の動きだった、お前は本当に黒柩か?」
流石は師匠である。
戒濁の術で生まれたとは言え、その言動は確かに八城道信が言いそうな事であった。
「あたしは…」
そう言葉を口にしようとした時だった。
悲鳴の様な声が聞こえて来た。
その声に、白柳めゐは過剰に反応した。
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