第13話 従業員の忘れ物
ここでもないか。
夕食を終えた後、俺は再び四階を探し回っていた。二階三階は先生が見張っているため論外で一階は昨日の捜査の結果で散々探し回ったあげく、風呂場の裏へ行く手段がフロントの後ろにある扉のみ。
なら誰も見られずに一階へ行ける可能性があるのは四階に縛られた。しかし今日もバルコニーも会議室も何も変わりがない。宴会場は変わらず閉じられたまま。それ以外に外へ出られる部屋はない。本当にお手上げなのか。謎は謎のままで終わりなのか。
「もう諦めたら」
そう突き放したのは、通路のソファーに仰向けで寝転がりながらゲームをしている河坂だ。今日は女子が先の番であるため、風呂の時間が来るまでの間にここでゲームをする腹づもりらしい。
「まだ終わってない。きっと何か見落としがあるはず」
「本当に何もないかもよ。ゲームでもよくあるよ、部屋の中に隠しアイテムがあるんじゃないかとか仕掛けあるかもと小一時間ウロウロするの。で、結局何もない。ゲームクリアに必要なアイテムならもっと大事なところに置くはずだし、特に必要ないなら無視して進んだ方がもっといいアイテム拾える。ゲームは進めた方が有利なの」
「これはゲームじゃない。それに超重要アイテムがある隠し部屋を探しているの俺は」
他人事のように評価しやがって。だが河坂の言葉も完全に否定することができない。何も見つからない以上別のところを探す必要がある。そうまだ探していない箇所が一棟まるごとある。左館だ。
左館、つまり女子館だが一階は男女が共通で使えるエリアであるため、それ以外が何も手をつけてない。
二階と三階はエレベーターホールで先生が見張りに立っている。なら四階はここと同じく手薄である可能性がある。宮間がルートを発見したのが左館になら、探しても何も見つからない理由にもなるし、空白の五分間も成立できる。
ゆっくりと音を立てないようエレベーターホールに侵入して、左館の通路を覗いてみる。通路は床の下に近い位置から非常灯の赤い灯りがぼんやりと床を照らしている。人の気配もない。
館内図によれば、建物の部屋は
人もいないし、そこさえ調べれば。
「おい、なにやってんだやめとけ。本当に捕まるぞ」
じわじわとつま先が左館の中に入っていた。
「もうここしかない。ストーリーを進めるにはここしか」
「ちゃんとルート攻略しないとゲームオーバー直行もあるぞ」
もはや河坂の忠告など耳にも貸さず、左館の境目であるエレベーターホールに進む。左館はダウンライトくらいでほぼ真っ暗人の気配がない。もうここへ進むしかないと意を決したのも束の間、エレベーターが動きました。
三階で停止していたエレベーターは上へ、四階にへと上昇する。まずい、先生かも。その場から離れようとした時にはもう遅かった。
「すみません、ちょっとどいてくれるかな」
エレベーターから現れたのは一昨日会議室にいたハゲた従業員だった。この前と同じく大量のタオルとバケツを両手に抱えている。
と従業員がタオルを一枚落とした。かなり使い込まれており、色落ちが激しく汚れも目立ってる。清掃用のウエスがわりに使っているのだろう。
「落ちましたよ」
「ああ、ありがとう。手に持っているからよく落としてしまうんだ」
「台車とから使わないんですか」
「お客の邪魔にならないよう控えてくれと言われてね。この時間は人通りがあまりないからぶつかることはないんですけどね」
別に使ってもいいだろうにタオル落としたら時間のロスになるのに、この合宿所もうちの学校のように謎ルールがあるようだ。
ハゲた従業員がタオルを受け取るとそのまま左館の方へと行こうとするので、少し尋ねてみた。
「いつも下の階から順番に掃除するんですか」
「うん、毎日ですよ。でもここは広いから片方づつやるんです。今日は左館、明日は右館とね。で終わったらボイラー室の洗濯機で汚れたタオルを洗うのが私のルーティーンなんですよ」
ボイラー室の洗濯機というと、昨日九時半に入った従業員はこの人のことか。ということは、もう別にボイラー室へ入る道があるかも。
「ボイラー室ってどこにあるんですか、館内図にはなかったので」
「それは……教えられないんですよ」
やはりダメか、ボイラー室は風呂場に直結しているし。何より昨日の覗き事件で出入り口のことは伝えないよう厳命されていたのだろう。
「はいそこまで。ここからは女の子の領域、男の子は回れ右」
ぐるんと体が勝手に回らされる。体が右館の方面に戻らさせると正面に松田先生が仁王立ちで立っていた。
「まったく油断も隙もないんだから」
松田先生来ているのなら呼び出せよと河坂に目配らしたが、どうも当の本人は自分のゲームを隠すのに必死なようだ。
「四階は誰も見張りの先生がいないから、てっきりフリースペースかと思って」
「しおりにも書いてあったでしょ、一階を除いては、男女別々ですって。悪い子ね」
ぺちんと痛くない程度の痛さでデコピンをかまされた。この光景を朝井が見たら羨ましいと吠えるだろうな。幸い俺も河坂もそこまで松田先生に惚気ているわけでないため、プラスもマイナスもない。
「先生、そろそろ行ってもよろしいですか。左館の掃除をしないといけなくて」
「すみません引き留めてしまいまして。それとこれ昨日落ちてましたよ」
先生がポケットから出したのは、俺がさっき拾ったのとよく似た合宿所の名前が入ったタオルで、色落ちが激しく使い古されてボロボロになっているのもよく似ていた。
「ん? どちらに落ちてました?」
「この階のエレベーターホールです。一階の見回りが終わった後、四階に上がった時に」
ということは、俺と朝井が風呂に入った後か。たしか風呂から出た時には松田先生の姿がなかったが、四階に移動していたのか。
「すみませんね。どうもタオルが多くて、持って上がるのも一苦労で」
「いえ昨日から困っていたらと思うと私の方が心配で」
「心配だなんて、こんなボロタオルが床に落ちてたら怒られるところでしたよ」
昨日あんなことがあったというのに、魔性っぷりは相変わらず健在だ。従業員を見送った後、松田先生はくるりと俺の方に向き直った。
「言い訳はたっぷり聞いてあげるわ」
「もうバカなマネはしません。すみませんでした」
「もうちょっと抵抗して欲しかったんだけど。反省したならそれでいいわ」
抵抗も言い訳もする必要がない。意味がないのだから、言い訳を聞くとはすでに相手の中で結論が出ているということ。どんな言い分も、意思を固めた人間の前では立板に水をかけるようなもの。
「しかし昨日あんなことがあって仕事できるのが俺驚きです」
「あんなことでへこたれたら、先生なんて務まらないわ。うちの主任から若い女性の先生は舐められやすく、興奮されるから気をつけるようにってよく聞かされてたから」
「俺らのクラスは健全で真面目な人たちばかりですからよかったですね」
「あら、よく言うわね。奥にいるのは不真面目な部類かしら?」
先生の切長な目が、こっそり逃走を図ろうとしていた河坂を捉えた。
「関係ないですよね」
「別件というか、本命は河坂くんなのよね。今日の数学の証明のところ正解にしたところが間違っていたから訂正しに探していたの」
「明日でいいです」
「個別指導も兼ねてよ。河坂くん証明の分野よく間違えているから、この機会に苦手を克服した方がいいわ」
「俺、得意分野を伸ばすタイプなので」
「いい心がけだけど、落としていた問題を拾って点数を稼ぐやり方も習得した方がいいわ」
河坂が何度も拒否するが、先生は右手にペンを左手に答案用紙を手に逃そうとしない。
河坂としては、試験の問題よりポケットにあるゲーム機を取り上げられないかの問題が深刻だろう。
俺に河坂を助けるような義理を持ち合わせていない。松田先生にゲーム機を見つけられないよう祈っとくことだな。
十時以降も再び四階の捜索を再開したものの、左館は松田先生が対策したのか、見張りの先生が立っており入ることができず終わってしまった。
そしてついに六日目、実質最終日が来てしまった。
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