六日目
第14話 ラストチャンス
ついに六日目。
一週間にも及ぶ監獄合宿での勉強漬けの日々も今日が終われば、明日は朝の一時間だけ。しかも内容は毎年決まって、合宿の感想文を書くことだけ。つまり合宿は実質今日で終わりだ。
「あと飯五回だけ食えば終わる」
「刑期残り五食だ。カーチャン俺帰ったら腹一杯白飯食うからな」
まだ朝食だというのに、精神が限界に来ている生徒が出没しだした。残りの時間を時間でなく、食事の回数で刑期を使用するに至るのは重症だ。更生施設なら効果
他の奴らにとっては後一日半で終わりかもしれないが、おれには後一日も残ってない。
真犯人と『コンビニ男』の件が残っている。このまま帰るわけにはいかない。必ず無罪放免とルートの完全攻略をしないとならない。もう時間がない。
「それで捜査の
「一昨日からずっと同じところで足踏みしている」
「そっか何もなしか。俺も同じ部屋の奴らに聞いてみたけど、やっぱり変わんなかった」
「同室の?」
「そうだが。俺の同室のやつに理系のクラスの知り合いがいて、そいつ経由からも話を聞いてみたんだ」
朝井は何を当たり前なことをと顔に書いてあった。合宿二日目から俺と宮間に接近したのは同室の人間と馴染めなかったから、その後も宮間の件で俺と常に同伴していた。それが今、初めて同室の人のことを話題にした。もう朝井の中で徐々に俺への興味がなくなったのかもしれない。
考えてみれば当然だ。いつまでも同室と関係を閉ざすことなんて不可能だ。俺も初日では口を閉ざしていた河坂と少しだけだが会話をした。朝井だってそう、いや俺よりコミュ強な朝井ならもっと進展しているはず。
この合宿の目的は新しいクラスメイトとの交流を深めること。同室には同じクラスの人間同士が配置されている。そして合宿が終わったら、同室とのつながりが今後のクラスとの関係につながってくる。
朝井が急に捜査を降りると伝えたのは、先を見据えてのこと。俺と宮間との仲は前のクラスからあるつながりで、簡単には切れない。しかし今後、前のクラスからの縁だけで居続けるのは難しい。今のうちに関係を築いて、新しいクラスに馴染む方を決めたのだろう。
それは間違ってはいない。堅実で賢明な考えだ。
ただ裏切られた屈辱感が、それを許せそうにない。
「樺山、箸がみそ汁の具になってるぞ」
箸をいつの間にか手から滑らせてしまい、みそ汁の底に沈澱した味噌とワカメと一緒に根本から沈んでいた。
「あちち、事件のことで考え込んでて」
「あんま根を詰めすぎるなよ。時間も限られてるし、お前は本当の警察じゃないんだから」
嘘をついた。
お前が別の世界へ旅立とうとするのを許せないなんて言えるわけがなかった。だが、宮間のことお前諦めていないか。二日目に宮間は犯人でないと言う言葉を反故にしたのと同然だぞ。
お前がこの先に進むのは理解する。だが、捜査を降り、気を張るなと肩を叩いたことは許しがたい。
やはり宮間を助けられるのは、俺しかいない。
しかし俺が先に進るためには、足踏みしているそれを解かなければ進めない。宮間の件も四日目の松田先生の件も共通しているのは、どうやってボイラー室がある一階のフロントを経由せず侵入できたかということだ。
結局全てはそこに集約される。入ることのできないボイラー室。俺が直接そこに行って、調べれば答えが見えてくるのだが、残念ながら俺は生徒。ボイラー室へは関係者以外の立ち入りはできない。
ここの従業員の情報を簡単に口を滑らせてくれる人物がいれば。
「あー酒飲みてえ」
「後一日ですよ白石先生。我々も同じご飯を食べるんですから、生徒の模範にならないと」
「俺は反面教師担当なので、模範は石川先生がお願いします」
「白石先生ぇ」
男子側の端の方でぐったりしている白石先生とそれを鼓舞して疲れている石川先生。
白石先生ならいけるか? 白石先生を脅すネタはある。だが手段は選んでいられない。
「ちょっとトイレ」と席を立った白石先生の後をつけるように食堂の外に出る。
「樺山、食事中どこに行く」
「ちょ、ちょっとトイレへ」
「後にしろ」
「いやもう、げ、限界で。で、でちゃいけないものがゴロゴロと」
「なら早くいけ。体調管理やトイレは自己責任なんだからな」
トイレは自己責任って、自然現象を揺るがせられるかよ。俺の場合は自己責任の嘘だけどさ。
モリセンの監視下からかいくぐって、遅れてしまったが、白石先生の跡を追いかけていく。
「あっ」
「あっ」
トイレに入った瞬間目にしたのは、大口を開けてピザパンを丸齧りしようとしている白石先生だった。持っているそれは
便所飯という言葉は聞いたことあるが、それは一人でいるのがいたたまれない生徒が使うものであり、大の大人が使うようなものではない。
「これは何というタイミングで」
「ははは。それはこちらのセリフですよ樺山くん」
先生も見られてまずいと理解しているのか、乾いた笑いしか出てこない。朝昼晩三食先生も生徒も同じものを食べている中、一人だけ惣菜パン食べているのを見られたら、戦争ものだ。普通は。
見られたのが麓のコンビニについてきた俺であるのが先生にとってはまだ救いだろう。
「秘密にしますから、ちょっと教えてもらえますか」
「テストの内容ことはさすがに無理だぞ。成績表は、色はつけれるが」
「そうでなくて、一昨日の覗き事件のことで」
「一昨日のか? 何を企んでいるか知らんが、俺だって松田先生の身体見たかったよ。でもコンプライアンス的にダメなの。男だから。性同一性とかその場限りで心は女なんて道理も通らないの一般倫理的に」
この人は……いつか生徒よりあんたの方が学校追い出されるかもしれないぞ。
「そっちではなくて、事件現場のことです。できればボイラー室のことを教えて欲しいんですが」
「あ、そっち? なんだ探偵ごっこか? うーんまあその内容なら俺も知ってるし話して大丈夫か」
「大丈夫とは?」
「ボイラー室は一階のエントランスにあるフロントの裏の扉からしか繋がってなくて、フロントは二十四時間スタッフが交代で見守ってる。俺から情報を聞き出しても、覗きをすることはできないぞ」
だからそんなの興味ないって。
「中の様子はどんな感じ」
「見たわけじゃないけど、タオルの山がいくつもあるって聞いたな」
「タオルの山?」
「何でもスタッフの一人だけが一台の洗濯機を占領して使っているらしく、洗いきれてないタオルが山積みらしい」
「他に、なんかありました」
「後か〜難しいな。特徴的なのはそれぐらいで……あっそういえば、ロープが四階から一階に続いているのを見かけたってモリセンが」
ロープというと昨日緑山が手を振った時に見えた二本線のことか。
「まあ関係ないだろうとは思うけど。あんぐ」
大きな口を開くとピザパンをバクリと半分も食べた。
「なんでですか」
「ロープの終着点が屋根にあったんだ。大人二人分ぐらいの高さがあるから、滑り降りても、そのまま降りるのは無理だとさ。あと、モリセンが言うには、犯人は大人の男性だってさ。あの崖を登るのに大人の男性以外はすぐに登れも降りれもできないだろうって」
ロープか、しかしなんでそんなところに張ったんだろう。ボイラー室に電気を通すならフロントから通せば近いのに。
そう考えている間に、白石先生は残りのピザパン半分を口の中に押し込み、喉に流し込んだ。
「いいか言うなよ。言ったら樺山がコンビニに行ったことバラしてやるからな」
「何も買わなかったじゃないですか俺」
「買わなくても、行った事実さえあれば処罰されるんだ。学校という理不尽な空間の怖さを思いしれ」
理不尽なのはあんたもだろ。
***
合宿最後の夕食は、玄米雑穀ご飯にサバの塩焼きとみそ汁に漬物といつものメニューだった。
昨日のはやはり奇跡だったらしく、期待を胸にして食堂に飛び込んだ生徒たちを地獄に叩き落とした。
「やはりここは監獄だったか」
「後一回、後一回寝れば肉にありつける」
「お母さんのご飯、恋しい」
そんな小言が男女問わずぶつぶつ噴き上がってくる。あと二日延長なんてモリセンあたりがぶち上げたら、暴動が起きるよなこれ。そんな怨嗟の念が交わる食堂で、夕食を箸から口にへと作業のように流し込む。もうこんな薄味料理に食べ飽きてしまい、味なんてわからなくなっていた。
「おーい樺山、耳寄りの情報を持ってきたぞ」
「役に立つ情報なんだよな。対価はこの夕食の好きなものと交換でいいか」
「対価なんていらねえと思ったが、出されたもの見たらやる気無くした」
「あー待った待った。教えてください朝井名探偵様」
役立つとか見栄のために意地を張ったが、実のところ後一つでも情報が欲しいくらいだ。
「女子からの情報筋だ。宮間が具体的にどこにいたか」
「今更その情報?」
「いらないなら、なしな」
「いやいやいるいる。いりまする」
「いるだのいらないだのはっきりしないな。もっと態度をはっきりさせた方がいいと思うぜ」
それができれば今まで苦労はしなかったての。
朝井が料理が乗っていた皿を少しのけると、お盆の隅に箸を二本直角に置いた。そして奥の方に漬物入れの小鉢を置く。
「この長方形が女湯の露天風呂、そして宮間はちょうど風呂の奥に座っていたらしい」
「座ってた?」
「ああ、そこの端の方にお風呂の両手に縁に腕を引っ掛けてる感じだったって。たぶん位置的に男子にもあった扉の前あたりか」
扉の前。待てよ。だったら今までの前提が崩れるんじゃないか。だとしたら犯人は……
「どうする今のでなんかわかったか? なんなら今夜ついてやってもいいぜ」
「いや今日は先に風呂入っておくよ」
俺の返事に、朝井は目を丸くした。
「諦めたわけじゃないぞ」
「いいけど、なんで先に風呂なんだ?」
「……いやヒントがな。あると思う。今日」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます