第11話 解決? 未解決?

 男子風呂は都合がいいことに誰も入ってなかった。それをいいことに、朝井は靴下だけ脱ぎ捨てて、露天風呂へと早歩きで向かっていった。

 バレたら先生どころか従業員の人からも怒られる。いや最悪合宿所から追い出されるかもしれない。しかしこの短期間で覗き事件が発生したとなれば、宮間が通ったルートが判明するという絶好の機会、なんとしてでも掴まなければ。

 俺も続いて靴下を脱ぎ棄て、朝井の後を追って浴室を通り抜けて、露天風呂に出る。こちらも消灯時間だったのもあり誰も風呂に入っていなかったのは幸いだ。

 昨日と同じく露天風呂の端と壁の隙間に足を入れ、壁に体重を乗せて風呂の中に落ちないよう扉のところに耳をひっつけた。


「どうだ聞こえるか」

「静かに」


 湯気で濡れたドアの隙間の辺りに耳を押し付けると、昨日は聞こえてこなかった向こう側の声が聞こえてきた。


「この時間は従業員含めて誰も来てなかったということは本当なんですね」


 モリセンの声だ。いつもの怒鳴り声は鳴りを潜めて丁寧な言い方だ。それでも扉越しにでも聞こえる低いうなり声は変わらずだ。もう一つは高齢の男性の声一人。おそらくここの従業員だろう。松田先生らしき女性の声は聞こえないが、脱衣室に避難しているのだろう。


「はい、十時半からは女性の先生が入ると聞き及んでおりましたので、音が聞こえて気分を害されないよう通らないように厳命してました」

「この通路はどこに繋がっているんですか」


 来た! 心臓が跳ね上がった。

 待ちに待った回答。期末テストの結果が返ってくるよりも心臓の爆音が大きく聞こえる。


「ここへはボイラー室を経由する必要があります。ですがボイラー室へは一階のフロントの後ろにある扉からでないと入れないんです。九時半に男性スタッフが入って以降はそれっきり」

「そのスタッフは?」

「すぐに出ました。おおよそ五分か十分程度だったかと。ボイラー室に洗濯機があるので掃除に使用したタオルを洗うために。いつもしてることなので、今日も特に変わりなく」


 フロント。どうりで見つからないわけだ。一階で従業員が立っていたちょうど後ろにあったら調べようにも調べられない。

 しかし余計に侵入経路が分からなくなる。通路に入るにはボイラー室経由しかない、入り口は従業員が塞いでいる。


「では犯人はこの裏にある斜面から侵入したということになる」

「逃げるとしたらそこしかないでしょうが、登ってくるのは難しいかと。この斜面の下は道路につながってますが、大人二人分のコンクリの壁に急斜面の土の崖があります。それをよじ登るのはなかなか」

「だが現に覗きの事件が起きた。それと行きしのバスでここの風呂の湯気がよく見えました。ここから登れば誰にも見つからずに行けると長い脚立か何かを車で運んで登ったのかもしれない。車があれば斜面を滑ってそのまま車で逃走を図るのは簡単でしょう」


 いつも非論理的なモリセンだが、そのやり方なら十分考えられる。だが先生の悲鳴が上がって、みんなが来るまで五分と経っていない。そんな状況で脚立を畳んで車を出すなんて手際よく逃げられるのか。それに合宿所の人もここの存在を知っているなら、宮間がどこから女子風呂に侵入できたか容易に気づくはず。

 わざわざ目立ちやすい崖の斜面を対策もなく無防備にするはずもない。


「しかし警報が鳴らなかったのも変なことで」

「警報。斜面にあるのですか」

「いえドアの方です。三秒以上ドアを開けっぱなしにすると鳴る仕組みなんです。こんなふうに」


 突然、グッグッと重たい音を出しながら扉が押し開き出した。慌てて扉の蝶番の方へと逃れようとする。


 あっ、まずった。

 しかし急に体を引いた衝動で、重心のバランスが崩れて、後ろにぐわんと引きずられるように落ちていく。


「落ちるな」


 間一髪、朝井の手が間に合い湯船に落ちずに済んだ。


 するとピーピーピーと耳をつんざくような長い警報がドアから鳴った。そしてバタンと大きい音を立ててドアが閉じられる。ふぅ、警報の確認だけで助かった。


「こんな感じです。センサーはフロントでしか切れないよう設定されてます」

「こんなすぐでも、覗きは一秒二秒でも可能です。とにかく、再発防止をお願いしてください。生徒への直接的な被害はなかったですが、卑しい人間がまた来るかもしれないので」

「学校の皆様にご迷惑をおかけしました」


 どうやら話は終わったらしい。この後モリセンがどこから出るのか分からないからさっさと逃げておこう。


「早く上がってこい。お前一人支えるのでも大変なんだぞ」


***


 男湯から出た後、モリセンとは遭遇しなかった。扉の向こうで聞こえたがモリセンはボイラー室から回って出るようで、少し時間がかかってるらしい。

 おかけで余裕を持って帰れるというものだ。


「宮間がボイラー室を通っていったのはわかったけど、どこから侵入したかまでは分からずじまいだな。なんかターンする時の手が届いたと思ったらぜんぜん届いてないってくらい違う」

「朝井はモリセンの推理どうだと思う」

「腑に落ちないな。特に警報のあたり、斜面の方はモリセンの言うように準備さえしたら登れると思う。けど警報の存在を知ってるのは従業員だけ、湯気が見えたから覗けると思ってきた人間が、警報の存在を知らないで開けると思うか」

「同意見。そこまで入念に準備したにしては、最後の詰めまで甘くするはずはない。事実、警報が鳴らなかった。つまり、犯人は警報の存在を知っている」

「だな。それに一、二秒で覗きを満足できるのは早漏なやつだけ。一分はほしい」


 こういう躊躇いなく下ネタを言える心臓を持ち合わせてないのが辛い。男性用下ネタなのはわかるが、耳にするだけでもこっちが恥ずかしくなる。


 しかし警報の存在は宮間の事件の時にも言える。服を脱がして、三秒以内に宮間を風呂の中に沈めて潜伏する。宮間の処理が済んだ後すぐに出なかったのは人もそうだが警報の対策でもあった。

 おそらく今回の覗き事件も同一犯だと思う。


 二階に上ると、ここで朝井とはお別れだ。すると朝井が握り拳を俺の前に突き出した。


「絶対犯人捕まえろよな」

「どうした急にやる気になって」

「松田先生の御身体を汚したんだぞ。そんなうらやまいやけしからんやつを逃したままにしてたまるかってこと」


 まぁなんとも、欲望に忠実な人ですこと。さっきの先生の話しで、完全に松田先生の虜になっていやがる。


 しかしよりやる気になってくれたのはありがたいと、拳を突き合わせる。


「おいおい。突いて上下だろ」


 運動部の儀礼は一般常識じゃないんだよ。と言い訳せず諾々と従いこづきあわせて、決意の儀式は無事執り行われた。


 ふぅ、連日連日大騒動。勉強だけも疲れるのに。でも宮間の辿ったルートがだいぶ見えてきた。これはマインスイーパーだ。見えない箇所に当たりをつけて、正解を探すゲーム。

 そう思えば気が楽に……なるわけないわな。一歩間違えれば俺も巻き添え喰らうし、失敗したら宮間の人生はお先真っ暗。余計神経使うわ。


 部屋に戻ると奥の方から機械音のようなものが聞こえる。携帯のゲームの音か? けどもう携帯は返さないといけないはず。


 ベットに近づいてみると、音は布団をかぶっていない河村のベットから流れていた。

 注意するべきかなぁ。ゲームに夢中になりすぎて忘れてたってのはありえる。けど、こいつにそこまでしてする義理はあるのかといえば。


 二日目に文化祭での大失態について辱められた件もあるから、こいつ自身の責任で済むなら放置してもいいのだが。問題は連帯責任とされていっしょにお縄になる可能性がある。宮間に続いて河村まで問題を起こされたら、芋づる式に俺も共犯とか思われて引きずり出されるかもしれない。


 と悩んでいる間に、布団の方からゴソゴソ動き出すと河村の眉を引き攣らせた顔が現れた。


「何見てんだよ。じゃま」

「お前な、携帯早く返さないとモリセンが怒鳴り込んできて」


 言いかけたが、河村の手元にあるのは携帯ではなくゲーム機だ。画面に映ってるゲームも一昔前のやつで画像が荒い。


「3DS?」

「DSi」

「お前よく持ってこれたな」

「パンツの中に隠してた。親に電話とかかけないし、この合宿所Wi-Fi通ってないからパケット圧迫させたくない。レトロゲーでもスマホゲーより十分遊べるソフトいっぱいあるし」


 布団の下には複数ものカセットが散らばっていた。その数五個や六個はあった。パンツに入れていたとはいえよくもこんなに持ち込めたものだ。


「いつも布団かぶってると思ってたが、ずっとゲームやってたのか」

「ずっとじゃない、布団暑いから人のいない四階でやってる。あそこ、タオル持ったハゲのスタッフしか人来ないし」


 そんなのいつの間に、と思ったが河坂が一人風呂に行く時ゲーム機本体を包んでしまえば隠し通せるな。

 いや待てよ。四階に行ったなら二日目の宮間のこと覚えているんじゃ。


「河坂、二日目に風呂に行く前四階に行ったか」

「先に風呂。その後に四階。くそっミスった。ふぅ、で、なにか関係あるの」

「いや、宮間見かけていたらと思って」


 スタッフというと昨日会議室に来ていた清掃の人か。昨日の会ったのも九時の風呂の時間だったから定期的に来て掃除しているのだろう。

 これ以上は聞けそうにないか。と離れようとする。


「なあちょっと俺にも」

「図々しい。携帯持ってるのなら、自分のゲームでやれよ」


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