三日目
第5話 犯人は誰か
今朝の予定は現代文の読み取りであったが、急遽自習に変更された。
昨夜の事件により、今後の合宿をどうするかを先生たちで話し合うために、松田先生を残して全員別室へ移動してしまった。松田先生は、普段の授業なら自習でもある程度の私語は許されるのだが、昨日の覗き騒ぎで皆委縮しており、黙々と教科書とノートに目を配らせていた。
自習の時は隣に宮間が座っているのだが、昨日に引き続き、宮間は戻ってきていない。代わりに朝井が座っている。
このまま戻ってこないとなれば、何かしらの処分が下される。謹慎いやそれならまだ甘い方か。今の時代学校が犯罪に該当するものをなあなあで済ませようとすれば、炎上騒ぎになる。然るべき処分となったら、最悪警察に突き出される。そうでなければ退学というのもありえる。
いやそれはだめだ。絶対にそんなこと。
だって、あいつがそんなことをするはずがない。第一、四階に行ってた人間が三十分程度で一階に移動して全裸で女子風呂に侵入? 超能力がなければできない所業だ。それに一階には俺がいた。見逃すはずがない。
「なあ、なあ樺山。昨日のことだがな」
朝井が俺の袖を引いて、白石先生に聞こえない大きさで呼びかけた。
「お前ら本当に『コンビニ男』のルート探しに行ったのか」
「行ったよ」
「で、見つけたのか」
「一階にはなかった。今は捜査は中断しているけどな。で、何を聞きたいんだよ」
「俺も宮間が犯人でないと思ってる」
ふっと肩に取りついていた重いものが、急に軽くなった。親友が犯人でないと信じてくれる仲間が身近にいてくれた。
「当たり前だ。あいつは、覗きなら「覗きするぜ」と宣言してからやる。道連れ覚悟でな」
「いやな信頼だな。まっ、それには同意するけど。けど未知の脱出口の『コンビニ男』のルートを無視して女風呂に突撃とか割に合わないというか、宮間がそんなもったいない選択するかよ」
その通りだ。宮間は新聞部に所属していることもあり、スクープに敏感だ。しかしそれ以上に危機管理も徹底している。女風呂に突撃なんて、身の危険以上に危険なことをするはずがないんだ。
「それでお前ら昨日の夜どこにいた」
「九時ちょうどに部屋を出て、二階の階段の踊りで宮間と別れた。宮間は四階、俺は一階にへだ」
「樺山が探している間に一階に移動したってことは」
「エントランスには先生たちがいたし、女子が入る時間の数分前には緑山たちと話していた。誰かが降りてくる宮間を目撃するだろ。それに俺に話しかけもしないで通り過ぎるのはおかしいだろ」
「じゃあ四階じゃなく、三階にいたとか」
「三階は先生が見張りにいた。この建物の構造上通路に誰か来たら誰だって気づく。右館は階段一つしかないし、左館へは通り抜けできない。二階も同じだ」
「……これは匂うな」
朝井はあごに手を当てて、どこか探偵のような仕草をして一人納得したような顔をした。
「誰かが宮間に冤罪を仕掛けたって線はないか」
「冤罪?」
「考えてもみろ、『コンビニ男』のルートを探している途中、たまたま女風呂が覗けるところを見つけて、突撃して捕まる。そんな間抜けなことがありえるか。覗きは立派な犯罪、それを実行しようとなると慎重になる。誰かに見られたら一発でお終いだ。新聞部のエースという肩書を持っている奴がそんな軽率な考えはしない」
「そうだな。もっと根回しをしてじゃあルートを探している途中に、犯人と鉢合わせしてしまったというわけか」
「いや違うと思う。宮間はルートを発見したんじゃないか。いつの間にか合宿所からいつの間にか外に出ていたなんて『コンビニ男』そのものだろ」
朝井の推理に俺はかくかくと首を上下に動かした。
宮間は『コンビニ男』のルートを発見した。そして予想外のことが起きた。おそらく発見した同時にルートを女子風呂を覗きに利用していた先客がいた。偶然『コンビニ男』ルートを発見したと思いきや覗きの犯行現場までも発見してしまい、宮間は犯人の手によって口封じさせられ、代わりに犯人として擦り付けた。
「運よく気絶させられて運が良かったよ」
「下手に行方不明や殺すより、罪を擦り付けて犯人にして騒ぎを起こせば、一人安全に逃げられるだろうよ」
「怖いことを言うなよ。となれば犯人は誰なのかだな。これがうちの男子なら、まじで全員連帯責任になるわけだな」
「いや、うちの生徒でないこともありえるぜ。ガチガチに縛られているうちの生徒より、利用者の客や従業員の方が自由に動き回れる。それに合宿所をよく知っている」
たしかに毎年二年生の一週間しか来られない敷島高の生徒より、何度も利用している客や、従業員なら可能性は非常に高い。
「そこの二人、自学自習に集中しなさい」
ふわっと甘い香水の香りが下りてくると、松田先生の顔が俺たちと水平になるように迫った。
「自習は、おしゃべりする時間じゃないの。森先生じゃなかったら、雷、落ちてたよ」
「すみません」
「ごめんなさい」
怒っているのに、緊張感が欠けるようなふわふわっとした口調が癒される。松田先生に一番顔が近かった朝井なんか、さっきまで眉間に寄っていた皺がすっかり消えてしまっている。
松田先生が戻ると、再びノートにシャーペンを走らせる。が、書いているのは朝井と話していたことだ。この合宿所いる誰かが宮間に冤罪を着せさせた。犯人は悠々と逃げおおせている。まるでミステリー小説だ。それも容疑者多数で絞りきれない類と途方もない犯人捜し。
だが、誰かがやらなければならない。宮間を退学になんかさせるものか。なんとか合宿が終わるまでに宮間に冤罪を着せた犯人を突きださないと。
最終日は移動で終わってしまう、今日含めて四日間で終わらせないと。
ファ〇チキどころの話ではない。
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