第23話 偶像
結局あの後、テレシアさんは三回もサウナと水風呂と外気浴を繰り返し、ととのう感覚を存分に満喫していた。
銭湯を後にする頃には日が暮れかかっていた。
俺たちは大衆酒場にやってきた。
まだ早い時間ということもあり、客足はまばらだった。
奥の席に陣取る。
「サウナに入った後に飲むビールは最高だからね。ぐいっとビールを飲み、〆にラーメンを食べれば究極の一日の完成だ」
ドロシーさんはごくりと喉を鳴らした。
「聖女様はお酒は飲んでもいいのかい?」
「はい。私はお肉やお魚を食べることは誓約で禁じられていますが、お酒を楽しむことは特に禁じられてはいません」
もっとも、と続けた。
「節度のある範囲でと自ら決めていますが」
「うん。それは良いことだね。酒を飲んでも、飲まれてしまってはいけない。私も常に心がけていることだよ」
「いやドロシーさん、よくベロベロになってるじゃないですか。屋台で酔い潰れて俺が家まで送ったこともありますし」
「残念ながら、その時の記憶がない」
「めちゃくちゃ飲まれてるじゃないですか……」
心がけているのと、実際に実現することは別なのかもしれない。
その時ふと、周囲から視線を感じた。
見ると、酒場の客たちは皆、テレシアさんに釘付けになっていた。
「あれ聖女様だよな?」
「こんな街の酒場に来るんだ。意外」
「間近で見るとすっごい綺麗……!」
ちょっとした騒ぎになっていた。
「聖女様もお酒とか飲まれるのかな?」
「バカ言え。ヴァージニア教は清貧を是としてるんだ。聖女であるテレシア様は水以外を口にしたりしねえよ」
「どれだけ偉くなっても、禁欲的な生活を送ってるなんて素敵だよね」
「…………」
「ご注文はいかがいたしますか?」
店員が注文を取りに来る。
「ビールを三つ――」
ドロシーさんが言おうとした時だった。
「いえ。私はお水をいただけますか」
テレシアさんは完璧な微笑と共にそう告げた。
店員が去った後、ドロシーさんが尋ねる。
「良かったのかい? 別にお酒は禁じられていないのに」
「皆さんを失望させるわけにはいきませんから」
テレシアさんは悟ったように呟いた。
「私は聖女として、皆さんが抱いている偶像を体現しなければなりません。堕落した姿を見せるわけにはいかないのです」
二人分のビールが運ばれてきた。
「では、遠慮無くいただこう」
ドロシーさんが喉を鳴らして気持ちよくビールを飲むのを、テレシアさんは物欲しそうな眼差しでじっと見つめていた。
「ぷはあっ。おいしいねえ」
「うぅ……!」
しかしめちゃくちゃ美味しそうに飲むな。
わざとやってるのか?
その後も料理が運ばれてきたが、テレシアさんは豆のスープやサラダなど、粗食ばかりを慎ましく口にしていた。
「あの、この後、二軒目に行きませんか」
「ほう。アスクくん、積極的だねえ」
ドロシーさんは嬉しそうに言う。もう出来上がりかけていた。
「私はあまり夜遅くまでは……」
「少しだけですから」
俺の熱意に折れたのか、テレシアさんは承諾してくれた。
☆
やって来たのは石橋の高架下にある屋台――俺の店だった。
わざわざ屋台を引いてここまで来たのだった。
「店主様のお店ですか?」
「ここなら衆目を気にせずに済むでしょう」
俺はそう言うと、
「ビールも飲めますよ」
仕入れてきたビールをジョッキに注ぐと差し出した。
「あ、ありがとうございます。では一口だけ……」
テレシアさんは手のひらで包み込むようにジョッキを持つと、恐る恐る傾け、注がれた液体を喉元に流し込む。
「……んっ、んっ、んっ」
美味しそうに飲むなあ。
「……んっ、んっ、んっ」
あれ?
一口だけって言ってなかった?
「……んっ、んっ、ぷはあっ」
口を付けたら、止まらなくなってしまったのだろう。
白い喉を鳴らしながら、勢いよく一息で全部飲み干してしまった。
「お、おいしぃ~~~~♡」
息を吐きながら、幸せそうな面持ちを浮かべるテレシアさん。
見る者を一人残らず笑顔にするような、そんな表情だった。
「何だかふわふわして気持ちがいいれす……♡」
普段飲まない上に、サウナで汗を流したこともあるのか。
テレシアさんは一杯飲んで、酔いが回っているようだった。
聖女としての凜然とした雰囲気は消え失せ、無垢な少女のような、ニコニコと柔らかい笑みを表情にたたえていた。
俺は〆の豚骨ラーメンを二人分作った。
「くっっっっっっっっっさぁ……♡」
テレシアさんは丼から立ち上る湯気を浴びて、嬉しそうにそう呟いた。臭ければ臭い程良いとでも言うかのような。
「酒の後のラーメンは格別だろう?」
「はい……!」
あっという間に平らげた後、テレシアさんは言った。
「今日はとても楽しかったです。世の中にこんなに気持ちがいいことがあるのだと、初めて知ることができました」
「欲望を解放させるのは気持ちいいだろう?」
「はい。それにお二人ともお近づきになれて嬉しかったです」
「俺たちがですか?」
「私は聖女ですから。これまで普通に接してくれる人がいなかったんです。お二人は私に気さくに接してくださいました」
聖女として周りから崇められていたテレシアさんには、自分と対等に話してくれる相手がこれまでいなかったのだろう。
ずっと孤独を抱えていたのかもしれない。
「私たちは友達だ。そうだろう?」
「お友達……とても素敵な響きです」
テレシアさんは胸に手を置き、じんと感動しているようだった。
「ドロシーさん、ありがとうございます」
そう言うと、俺の方を向いた。
「店主様のことは、アスクくんとお呼びしてもよろしいですか?」
「え、ええ。まあ」
「ふふ、アスクくん♪」
「……っ!?」
にっこりと微笑みかけてくるテレシアさん。
俺はその破壊力にやられてしまいそうになった。
か、可愛い……!
「今日の思い出があれば、明日からも聖女としてやっていけそうです。また時々ガス抜きに付き合ってくれますか?」
「もちろんだとも」
こうして聖女様が常連客兼友達になったのだった。
――――――――――――――――――
【あとがき】
ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回分で書き溜めが完全になくなってしまいました。
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料理スキル【強化付与】を取得していた俺、追放されたのでダンジョン前に屋台を出してみた ~剣聖も聖女も女騎士も常連客になった~ 友橋かめつ @asakurayuugi
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