第12話 大将戦
白熱のOB戦はなおも続いていた。
「はああああっ!」
レンの繰り出した上段からの渾身の一撃は、副将のOBの防御を軽々と突き破り、脳天に勢いよく叩き落とされた。
「ぐあっ……!」
中堅のOBは一溜まりもなく崩れ落ちると、力なく仰向けに倒れた。
轢かれた蛙のように伸び切っている。
「しょ、勝負あり!」
審判を務めていた生徒がそう宣言する。
「すげえ! 立て続けに三人目も倒しちまった!」
「これで残すは副将と大将だけだ!」
「このまま全員抜き出来るんじゃないか!?」
剣術部の部員たちはレンの快進撃を目の当たりにして沸いていた。
先ほどまでのお通夜のような重苦しい雰囲気は消えていた。
「おい! マズいぞ……!」
「絶対にここで食い止めろ! 後輩一人に俺たち全員が敗れたとなれば、剣術部OB会の顔に泥を塗ることになる!」
その一方。
先ほどまでは余裕たっぷりだったOBたちは、今やすっかり焦燥していた。
しかし、彼らの声援をよそに、レンは副将のOBも瞬く間に打ち倒した。図抜けた威力を誇る一撃を前にまるで為す術もなかった。
飛び交う喧噪の中、レンの胸中は凪のように澄み渡っていた。
――今日の僕はめちゃくちゃ調子がいい。
今までの人生でも最高だと言えるくらいに。
いったい何がそうさせているのだろう?
考えた時、ふと思い当たる光景があった。
――もしかして、さっき食べた勝負メシなのか……!?
一流の人間は自分の中にルーティーンを持っている。それをこなすことにより、集中力を高めて高いパフォーマンスを発揮できる。
最近破竹の勢いのゲルニカもダンジョンに行く前には、勝負メシとしてあの店の唐揚げを食べていくのだと言っていた。
――やっぱりそうだ。
勝負メシって凄い……!
けれど、最大の関門はここからだった。
「へえ。やるねえ」
大将のOBがレンの前に立った。
さらさらの茶髪に、端整な顔立ち。
草原を吹き抜ける風のように涼しげな面持ち。
背水の陣を強いられているのに、まるで気負ったところがない。
それでいて全身に鋭い剣気を纏っている。
彼――シオン=ハルバートは飛ぶ鳥を落とす勢いのBランク冒険者だ。二十代前半でのBランクというのは紛れもなく逸材だった。
「皆に呼ばれたから今日は来てみたけど、思わぬ収穫だったな。こんなに活きの良い後輩が部にいたなんてさ」
「シオン! 頼むぞ!」
「お前ならあいつにも勝てる!」
OBたちも彼には全幅の信頼を置いているようだ。
シオンは他のOBたちのように部に顔を出しには来ていなかった。とっておきの切り札として今日だけ招集されたのだ。
「さあ、やろうか」
シオンはレンに不敵に微笑みかける。
普通に戦えばとても太刀打ちできない相手。
――だけど、今日の僕なら……。
胸を借りるつもりで、全力でぶつかろう!
レンは勇猛果敢にシオンに向かっていった。迷いのない連撃を浴びせる。
「確かに尋常じゃない威力だ。まともに受ければ、防御ごと吹き飛ばされるだろう。先の四人が敗れたように。でも――」
まともに防御すれば一溜まりもない。
それ故に。
シオンはレンの剣戟を防御せず、寸前のところで剣でいなしていた。
僅かな狂いも許されない、針の穴を通すような精密な剣捌き。それを彼は涼しげな表情のままいとも容易くこなしていた。
「今度はこっちの番だ」
シオンが攻めに転じると、防戦一方を強いられる。
正確無比で力強い剣戟。反撃どころか耐え凌ぐので精一杯だ。
――くっ……! やっぱり敵わないか……。
諦めの念が脳裏を過りかけた時、主将としての矜持がそれを留めた。
だけど!
僕は主将として、最後まで諦めない!
次の瞬間、レンは一か八か、シオンの繰り出した剣を受けずに躱そうとした。
頬のすれすれのところを、剣先がかすめていった。
運良く躱すことができた。
その瞬間、シオンに隙が生まれた。
「はあああっ!」
レンの繰り出した突きは、シオンを貫こうと迫る。
「――っと!」
だが、咄嗟の反応で受けられてしまう。
防がれた!
しかも剣身の部分で防げば打ち破られると踏んで、シオンは木剣の柄の部分でレンの突きを受けとめていた。
神がかった反射神経。
一転してこちらは隙だらけだ。
マズい! 反撃される!
けれど――。
「――俺の負けだね」
「え?」
シオンはふっと笑みを漏らすと、臨戦態勢を解いた。
何が起きたのか分からずにきょとんとしていたレンに、シオンは右手に握っていた木剣を掲げて見せた。
「もうこれ以上は戦えない。君に決定打を与えるより先に、木剣が折れるだろう」
木剣の剣身には罅が入っていた。
レンの猛攻をいなし続けたことにより、負荷が掛かっていたのだ。
決着がついた瞬間、部員たちは歓喜の声を上げた。
シオンはやれやれと肩を竦めると、苦笑いを浮かべた。
「まさか後輩に一杯食わされるとはな。大したもんだ」
「でも、今日の僕はたまたま凄く調子が良くて……」
千回戦えば、九百九十九回は完膚なきまでに負けてしまうだろう。
たまたま今回、一回の勝ちの目を引き当てることが出来ただけで。
普段の自分であれば、とても敵わなかった。
それに今回の戦いだって、木剣でなく、真剣であれば結果はまた変わっていた。勝てたのはただ運が良かっただけだ。
「だとしてもだ」
ぽん、とレンの頭に手を置いた。
シオンは柔らかく微笑みかける。
「君が普段からどれだけ真摯に鍛錬を積んでるかは、剣筋を見れば分かった。頼もしい後輩たちが育ってると思ったよ」
「……っ!」
「OBたちの声は気にするな。部から手を引くよう、俺が言って聞かせるから。これからも頑張れよ」
「は、はい!」
☆
こうして剣術部はOBたちの支配から解き放たれた。
勝負メシの重要さを認識したレンは、大事な試合の前にはあの屋台の唐揚げを食べようと心に強く誓ったのだった。
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