第11話 剣術部の試合

 冒険者学園の練兵場。

 レンは目の前で行われている打ち合いを見つめていた。


 今まさに剣術部のOBたちとのOB戦が行われていた。

 OB勢と現役勢がそれぞれ五人ずつを選抜しての団体戦。勝ち抜き制で先に相手を全員倒した方の勝利となる。

 相手を戦闘不能にした時点で勝敗が決する。


「うおっしゃああああっ!!」


 先鋒のOBがこちらの三人目、中堅の生徒の頭頂部に木剣を叩き込んだ。

 雷が落ちたかのような一撃。


「ぐはっ……!」


 中堅の生徒は白目を剥くと、膝から崩れ落ち、地面に力なく倒れた。

 あまりの威力に泡を吹いてしまっていた。


「はっはっは! 軟弱すぎるだろ、おい!」


 先鋒のOBは木剣を肩に担ぎながら、高笑いを響かせる。


「これで選りすぐりの精鋭とはな。やっぱお前ら、生ぬるい練習してるからだよ。俺たちの代だと補欠にもなれねえぜ?」


 すでに先鋒と次鋒の生徒も敗れていた。

 先鋒のOBはたった一人で三人抜きを成し遂げていた。

 すでに冒険者として数々の実戦を積んでいる彼の前に、まだ実戦経験のない部員たちではまるで為す術もなかった。


「おいおい、手加減してやれよ」

「大人げねえぞぉ」

「これじゃ俺らの出番がないだろうが」


 後ろに控えるOBたちが茶化すように野次を飛ばす。

 しかし、いずれの表情もまんざらでもなさそうだった。

 自分たちの力を後輩たちに誇示することが出来て、自分たちのやり方は間違っていないと再認識できたからだろう。

 ある種の酔いのようなものが感じられた。


「さあ次の生贄は誰だ? 早く出て来いよ」


 先鋒のOBがそう言って促した。

 剣術部の副将はおもむろに前に出ると、先鋒のOBと相対する。


 木剣を構える。

 相手との力量差を感じ取っているのだろう。

 その表情は強ばっていて、完全に気圧されてしまっていた。


「ははは! おいおい、ビビりすぎだろ!」

「……うあああああああああっ!」


 副将は恐怖をねじ伏せるように雄叫びを上げる。

 そして一気呵成に踏み込んだ。

 繰り出した剣はしかし、精彩を欠いていた。


「おらよっ」


 先鋒のOBは副将の一撃を軽々と躱すと、木剣を弾き飛ばした。

 キィン!

 高らかに舞い上がった木剣は弧を描いて床に落ちた。


 先鋒のOBは副将の首筋に木剣を突きつけると、口元を歪める。


「どうする? まだやるか?」

「…………っ!」


 がくりと膝を折った副将は、魂が抜けたように力なく項垂れた。

 そして今にも消え入りそうな声で呟いた。


「…………ま、参りました」


 泣きだしそうなその表情からは色が抜け落ちていた。

 完全に心が折られていた。


「これで残りは大将だけだな」


 ――やっぱりOBの人たちは強い。


 レンは今までの戦いを見て改めてそう認識した。

 だけど、負けるわけにはいかない。


 前主将のゲルニカ先輩はこの部の悪しき伝統を払拭してくれた。

 先輩はおくびにも出さないけど、それを成すには多大な労力がかかった。周り全員を敵に回す覚悟で、それでも後の世代のために動いてくれた。

 なのに、僕の代でまた元の状態に戻すわけにはいかない。

 それに。


 ――僕たちは生ぬるくなったわけじゃない。


 彼らの代のように苛烈な指導こそなくなったけれど、その分だけより純粋に剣術の鍛錬に打ち込んできたと自負していた。

 どの世代のOBたちにも負けないくらいに。


 ――僕たちは弱くない。


 だから、勝つことで僕たちが間違っていないことを証明する。

 レンは息を吐くと、先鋒のOBと向かい合った。木剣の柄を強く握りしめると、相手の目を真っ直ぐに見据える。


「ふん。主将だけあって、お前は中々良い目をしてるじゃねえか」


 先鋒のOBは小さく鼻を鳴らした。

 肩に木剣を担ぐと、挑発するように手招きする。


「特別だ。先に一発打たせてやるよ。先輩の優しさってやつだ」

「……くっ!」


 完全に舐められていた。

 けれど、構わない。

 プライドなんてものはかなぐり捨てろ。

 今目の前の戦いに集中するんだ。


「行きます!」


 レンは木剣を構えると、相手に向かって踏み込んだ。


「――さて、どれほどのもんかな。遊んでやるよ」


 先鋒のOBは防御の姿勢を取った。

 余裕の笑みと共に、木剣で受けようとする。

 しかし――。


「はあああああああっ!」

「なっ――!?」


 レンの繰り出した突きは、想定を遙かに超えていた。

 剣筋の美しさも、鋭さも。

 そして何よりも、威力が図抜けていた。

 レンの渾身の突きは、相手の防御を軽々とぶち破った。

 受けた木剣をへし折ると、勢いよく鳩尾に突き刺さった。


「ごふっ!?」


 先鋒のOBは遙か後方まで吹き飛ばされ、壁に背中から叩きつけられた。

 あまりの勢いに壁にひび割れが出来ていた。

 叩かれた虫のように床に落ちると、そのままぴくぴくと痙攣する。


「「…………」」


 周囲は呆然と静まり返っていた。


「しょ、勝負あり!」


 審判を務めていた部員がそう宣言した。

 誰の目にも先鋒のOBが戦闘不能であることは明らかだった。


「す、すげえ……!」

「レン主将! 一撃で倒しちまった!」


 先ほどまでは重苦しい沈黙に包まれていた部員たちが、今の一撃で息を吹き返したように歓声を上げた。

 その一方でOBたちは騒然としていた。


「……な、なんだ今の」

「尋常じゃなかったぞ」


 ――あ、あれ……?


 レンは戸惑っていた。

 勝つ気は満々だった。

 けれど、こんなにあっさりと勝てるとは思わなかった。

 たまたま相手の急所にでも当たったのだろうか?

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