第10話 部活の後輩がやってきた

 レベッカと仮面の人が帰ると、路地裏には静寂が訪れる。

 屋台には閑古鳥が鳴いていた。


 うーむ、これからどうやって集客していくべきか……。


 思考を巡らせていると、足音が近づいて来ているのが聞こえた。

 一人じゃない。何人かいる。


 現れたのは黒髪で長身、赤い鎧姿に身を包んだ剣士。

 ゲルニカだった。

 傍らには見慣れない少年の姿があった。


「アスクさん、どもっす」

「やあ、ゲルニカ。今日はフィーネはいっしょじゃないのか」


 剣士のゲルニカは、白魔法使いのフィーネとパーティを組んでいた。

 二人でダンジョンに潜っているのだという。


「そっすね、今日はダンジョン潜る日じゃないんで」

 とゲルニカは言った。

「フィーネの奴は今もまだ布団の中にいますよ」

「それは中々だな」


 もうお昼を回っているのだが……。

 睡眠は大事だけれども。


「取り敢えず、唐揚げ二人分頼んます」

「あいよぉ!」


 俺は威勢よく注文を受けると、調理に取りかかる。

 衣のついたオークの唐揚げを揚げていく。

 パチパチと油が弾ける音が響いた。


「そういえば、その子は?」

「あたしの後輩ッス。今、冒険者学園で剣術部の主将をしてます。おいレン、アスクさんにご挨拶しろ」

「レン=ウォレントと申します! よろしくお願いします!」


 レンと呼ばれた少年は深々とお辞儀してきた。

 栗色の髪をした彼は、中性的な可愛らしい見た目をしている。

 とても元気がいい。

 声に張りがあって、それに背筋もしゃんと伸びている。

 体育会系って感じだ。

 小柄な彼は、長身のゲルニカと並んでいると後輩感が凄い。


「実はこいつ、今ちょっと困った状況に置かれてまして……」

「というと?」


 俺が促すと、ゲルニカは説明をし始めた。

 剣術部は今日、OBの人たちと試合をすることになっているらしい。


 元々の剣術部は超が付くほどのスパルタだった。

 下級生に人権はなく、上級生の命令は絶対。

 少しでも粗相をすれば、容赦なく鉄拳制裁が飛んできた。

 散々虐げられてきた下級生は、自分たちが上級生になると、同じようにまた下級生たちに傍若無人に振る舞った。


 延々と続いていた負のスパイラル。

 しかしそれは、ゲルニカが主将になった代に全て払拭された。


 上級生と下級生の主従関係は撤廃、部に蔓延っていた鉄拳制裁も禁止した。互いに気軽に話し合えるような関係を築き上げた。

 ゲルニカは剣術部に大きな功績を残した。

 そして後輩のレンもその意志を継いで主将になった。


 しかし――。

 かつてのスパルタ時代のOBたちが剣術部の現状を知ると、そんな生ぬるい環境では強くなれないと猛反発した。

 そしてOBたちはコーチとして頻繁に部に出入りするようになり、部員たちに鬼のようなしごきを課すようになった。

 以前までのスパルタ体制に戻ってしまった。

 ゲルニカが間に入ろうとしたのだが、彼らはまるで聞く耳を持とうとしなかった。

 顧問も彼らには口が出せないのだと言う。



 このままではOBたちに部を乗っ取られてしまう――。


 レンは勇気を振り絞り、抗議の声を上げた。

 僕たちには僕たちのやり方がある。放っておいて欲しいと。

 するとOBたちはひとしきり最近の若い奴らは云々と罵詈雑言を述べた後、OB戦で決着を付けようと焚きつけてきた。

 旧来のやり方と、お前たちのやり方。どちらが正しいのかを戦って決めようと。俺たちが負けたら潔く退いてやると。

 そしてレンたち剣術部はその申し出を受けた。


「ゲルニカ先輩はかつての悪い伝統を全部壊してくれました。でもこのままだとまた元に戻ってしまいます。だから絶対に勝たないと」 


 ただ、とレンは表情を曇らせた。


「OBの中には有名な冒険者もいます。正直、太刀打ちできるかどうか……」

「正直、分は悪いんすよね」


 けど、とゲルニカは言った。


「こいつらにとっちゃ、どうしても負けられない戦いなんで。だから、試合前にちょっと景気づけを出来ればと思って」

「なるほど。そういうことだったのか」


 俺はゲルニカの意図を理解した。

 このままだとレンたちはOB連中に完膚なきまでに叩きのめされてしまう。そうなれば部は再び悪しき伝統に染め上げられてしまう。

 だからそれをどうにかするためにここに来たと。


 であれば、協力してあげたい。


「おまちどおさま」

 俺は揚がったオークの唐揚げを差し出した。

「あれ? レンの分だけ、何か多くないっすか?」

「ちょっとおまけしておいた」

「ありがとうございます……! いただきます!」


 レンはオークの唐揚げにかぶりついた。

 はっと目を見開いた。


「うわ……! めちゃくちゃ美味しいです!」

「それは良かった」


 やっぱり美味しいと言われるのは嬉しい。


「ここの唐揚げを食べたら力が湧き出てくるんだ。あたしもダンジョンに行く前に気合いを入れるためによく食べるぜ」

「なるほど! これは先輩にとっての勝負メシなんですね」


 レンは験担ぎのようなものと捉えているようだ。

 でも、実際は違う。

 俺の作る唐揚げは単なる験担ぎ以上の効果をもたらすのだ。


「アスクさん、ごちそうさまでした!」

「OB戦、陰ながら応援してるよ」

「はい! 頑張ります!」


 レンは元気よく応えた。

 思わず応援したくなる、気持ちの良い子だな。

 俺にはこれくらいしか出来ないけれど。

 OB戦、無事に勝つことができればいいなと思った。

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