第13話 スキルの検証

 とある日の午後。

 屋台にいた俺の下に、見知った人物が現れた。


「やあ、調子はどうだい」


 ドロシーさんだった。

 いつものようにタバコを咥え、保健所の制服姿に身を包んでいる。


「ぼちぼちってところです」


 まだ繁盛とは程遠いが、少しずつお客さんは増えていた。

 この前のゲルニカの後輩のレンも常連になっていた。

 無事にOB戦では勝利を収めることが出来たようだ。これからは試合の前の勝負メシにさせて貰いますと言っていた。


「それは何よりだ。営業許可を出した手前、早々に店を畳むなんてことになると私としても寂しいからね」


 ドロシーさんはそう言うと、タバコの煙をゆっくりと吹かした。


「ドロシーさんは良いんですか? お仕事を抜けても」

「私がいなくとも仕事は回るさ。知っているかい? いかに優秀な人材であろうと、替えが効かないなんてことはないんだよ」


 自分で優秀って言ってるし……。

 それにドロシーさんが抜けても替えは効くかもしれないけど、抜けた分の穴は他の誰かが埋めることになるのだが……。


「それよりもだ。実は今日、君には少し付き合って貰いたくてね」

「え?」


 

「俺のスキルの調査――ですか」

「いかにも。君が持っているスキルは実に興味深い。この際だから、時間を取って色々と検証してみたいと思ってね」


 たとえば、とドロシーさんは言った。


「君の作ったオークの唐揚げは体力と攻撃力が上昇させるようだけど。他の料理であればどうなるのかとかね」


 確かにそれは気になる。

 他のステータスを上げられるのかどうか。


「他の者では料理を食べても、ステータスの上昇を確認することは難しい。けれど、私にはこれがあるからね」


 ドロシーさんは魔法水晶を掲げて見せた。

 これはステータスを確認できる代物だ。

 ダンジョンの宝箱からしか手に入らない。


「魔法水晶はかなり深い階層でしか入手できないって聞いたことありますけど。ドロシーさんはいったい何者なんですか?」

「お、私に興味津々か? ませているなぁ、君ぃ」

 ドロシーさんは俺の肩を組むと、ぐいと身を寄せてきた。

「絡み方がウザい……」

 あと、ほんのりとタバコの匂いがする。


「まあそう急くな。お互いのことはこれから少しずつ知っていけばいいじゃないか。時間はたっぷりとあるのだからね」

 

 屋台にある材料では唐揚げしか作れない。

 ということで、移動することにした。

 やってきたのは俺の自宅のキッチンだった。


「さて、早速検証を始めようか。君は他にどんな料理を作れる? まさかオークの唐揚げ一本槍ということはあるまい」

「一応レシピは色々とありますけど」


 俺は羊皮紙の束を机の上に並べた。

 今までに書きためていたレシピだった。


「この中にあるものなら、何でも作れます」

「ほほう。随分研究熱心じゃないか。大したものだ」


 ドロシーさんは感心していた。

 ダンジョンや魔物の討伐任務に向かう前には、パーティ全員で料理を食べてから向かうのが恒例になっていた。

 ハロルドとレベッカに美味しいと言って欲しくて、二人に喜んで貰いたくて、色々な料理を作れるように努力したのだった。

 いつか自分の店を持った時のためにというのもある。


 ドロシーさんは羊皮紙に書かれたレシピを一通り眺めた後、重大な決断を下すかのように真剣な面持ちになって言った。


「よし。ではオムライスを作って貰おうかな」

「ちなみに理由は?」

「無論、私が好きだからだ」

「だと思いました」

「ちゃんと旗を立てておいてくれたまえよ」


 俺はオムライスを作ることに。

 玉ねぎをみじん切りにし、オークの肉を細かく切る。

 フライパンに火を掛け、バターを入れて溶かし、玉ねぎを炒める。飴色になってきたら細かく切ったオークの肉を加える。

 そこにご飯を加え、塩と胡椒、ケチャップを入れて味を調えた後、卵で包み込む。

 お皿に盛り付けて完成だ。

 ちゃんと忘れずに自作の旗も立てておいた。


「出来ました。どうぞ、召し上がってください」

「どれどれ……」


 ドロシーさんはオムライスの表面にすっとナイフを入れる。その瞬間、半熟の卵がまるで黄金のように溢れ出した。


「おお……!」


 感嘆の息を吐くドロシーさん。

 半熟の卵が絡んだご飯を口に含んだ。


「卵がとてもふわふわとしていて、口の中でとろけるかのようだ……。ご飯もべちゃべちゃにならず、一粒一粒が立っている。

 玉ねぎの甘みにバターのまろやかさが合わさり、ケチャップの甘酸っぱさが全体の調和を奇跡的な繊細さで取っている……!

 非常に美味しい……!」


 恍惚の面持ちで食レポしてくれた。

 たぶん、満足して貰えているのだろう。


「ドロシーさん、ステータスを確認してみてください」

「え? あ、ああ」


 ドロシーさんは我に返ると、思い出したように魔法水晶に手をかざした。すると自身のステータスが表示される。

 

【名前】 ドロシー=スモーキング

【年齢】 30

【体力】 1000(+300)

【魔力】 1000

【攻撃力】1000

【防御力】800

【素早さ】700


「体力だけが上昇しているね」

「オークの唐揚げの時とは違いますね」

「やはり作る料理によって、ステータスの上昇値は変化するようだね。これはやはり今後も検証が必要だ」


 ドロシーさんはオムライスをぺろりと平らげると、両手を合わせ、ごちそうさまでしたと口にしてから続けた。


「今後も君の料理を食べることで、検証に協力しようじゃないか」

「分かりました」


 

 その後も検証は続いた。

 けれど、頻度が異常だった。

 ドロシーさんは毎日俺の下にやってきた。


「今日は肉豆腐に明太卵焼き、とろけるチーズフライがいいね」

「はあ」


 俺は言われるがままに料理を作った。


「うん。お酒に合うね」


 ドロシーさんはお酒を飲みながら、料理に舌鼓を打っていた。


「仕事終わりに君の作った料理を肴にしての一杯……至福の時間だ」

「あの、ステータスは?」

「え?」

「いや、ステータスの上昇を確認するって話ですよね?」

「…………」

「ドロシーさん?」 

「……魔法水晶を家に忘れてきた」

「もしかして、趣旨忘れてません?」

「ぜ、全然そんなことは。君の作る料理があまりに美味しいものだから、ただ食べることが目的になってたとかでは……」

「俺の目を見て言ってください」

「…………」

「泳ぎまくってるじゃないですか」

「し、仕方がないだろう。だいたい、君の料理が美味しすぎるのが悪いんだよ。私の胃袋は完全に掴まれてしまったのだから」


 ドロシーさんは逆ギレしていた。

 大人とは思えないような振る舞いだ。

 まあ、それだけ俺の作る料理を気に入ってくれたってことだろうから、ことさらに悪い気はしないけれども。


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