第6話 冒険者のお客さん
「うわ~! 寝過ごしちゃった~!」
冒険者のフィーネはダンジョンに向かう途中だった。
寝癖の跳ねまくった髪を振り乱しながら、小柄な体格が路地を駆けている。
彼女は朝に弱かった。
本来なら朝早くに起きて入念に準備する予定だった。
けれど、ベッドが気持ちよすぎて、あと五分だけ、あと五分だけ……と繰り返しているうちに時刻は昼前になっていた。
パーティーメンバーのゲルニカは時間に厳しい。
体育会系なので。
待ち合わせの時間に遅れるわけにはいかない。
「だけど、ダンジョンに潜ったら夕方まで何も食べられないから。その前にお昼をどこかで食べていかないと……」
空腹の状態だと力を発揮できない。何かお腹に入れていかなければ。
しかし、悠長に店に並んでいる時間はない。
並ばずにさっと素早く食べられるものがいい。
そんなことを考えつつ、ダンジョンへの近道になる路地を横切っていると、どこからか香ばしい匂いが漂ってきた。
「……あ、良い匂い。こっちの方かな」
フィーネが匂いを辿るように路地を曲がると、人気につかない路地裏に、ぽつりと一軒の屋台が建っているのが見えた。
――こんなところに屋台なんてあったんだ。
看板を見上げると、そこには商品名が掲げられていた。
「オークの唐揚げ……?」
普通、唐揚げと言えば鶏肉が相場だ。
オークの肉の唐揚げなんて食べたことがない。
というか、オークの肉って食べられるのだろうか? 臭みと癖が強いから、食用としては使えないような気が……。
でも匂いは凄く美味しそう。
「いらっしゃい!」
若い店主がフィーネに声を掛けてきた。
「あの、一つください」
「毎度あり!」
思わず匂いにつられて手を出してしまった。
若い店主は衣のついたオーク肉を手際よく揚げていく。
惚れ惚れするような手つきだ。
見ているだけでお腹の虫がぐるぐると鳴き出した。
「お待ちどおさま!」
フィーネは紙コップに入れられた唐揚げを受け取った。
串で刺してるのは、手が汚れる心配がなくてありがたい配慮だ。
――肝心の味はどうかな……?
恐る恐るオーク肉の唐揚げにかぶり付いた。
サクサクの衣に歯を突き立てると、弾力のある肉から旨味があふれ出した。独特の風味がショウガの香りと共に鼻腔いっぱいに広がる。
「これは――お、おいしい……!」
今まで食べたことがない味だった。
それでいてとても美味しかった。
先ほどまで鳴いていたお腹の虫は、歓喜に打ち震えていた。
「はふっ、はふっ、んんっ」
食べる手が止まらない。
次から次に唐揚げを口の中に放り込んでいった。
「あれ!? もうなくなっちゃった……!」
気づいた時には紙コップは空になっていた。
決して量が少なかったわけじゃない。
むしろサービス精神旺盛なボリュームだった。
にもかかわらず瞬く間に平らげた。
食欲をかき立てるような味だったからだ。
「も、もっと食べたい……」
フィーネの食欲はまだ満足していなかった。
「いや、ダメダメ! これ以上食べたら、お腹いっぱいになって動けなくなる! 自分を甘やかすべからず! 禁欲禁欲!」
それに待ち合わせ時間に間に合わなくなる!
ゲルニカに怒られてしまう!
フィーネは決然とした面持ちと共に踵を返し、歩きだそうとする。
……いやでも、小サイズなら。
ダメダメ! 普通サイズでも結構なボリュームだったのに! 小サイズでもたぶん通常の屋台の並くらいの量はあるよ!
ここは心を鬼にしないと! 我慢我慢!
☆
ダンジョンの正面入り口前。
待ち合わせ場所にはすでにパーティーメンバーのゲルニカの姿があった。
黒髪で長身、赤い鎧姿に身を包んでいる。
凜とした顔立ち、それに鍛え抜かれた肉体は、彼女自身がまるで一本の磨き抜かれた剣のような印象を見る者に与えた。
「おーい、五分遅刻だぜ」
ゲルニカは、フィーネを見るなり呆れたように言った。
「あたしが冒険者学園で部活をしてた頃だったら、一秒でも遅刻しようものなら、先輩にぶん殴られてたもんだぜ?」
「め、面目ない……」
「また寝過ごしたのか?」
「うん。それもあるんだけどね。ちょっとお昼を食べ過ぎたというか。自分の欲望に打ち勝てなかったというか……」
「普段は少食なのに珍しいな。ま、食わないよりは食った方がいいけど。腹に入れてないと持たないからな」
ゲルニカはそう言うと、
「ちなみにあたしは部活してた頃、一食でご飯五杯がノルマだった。食えなかったら先輩にぶん殴られてたもんさ」
「そ、そうなんだ」
ゲルニカはかつて冒険者学園の剣術部に所属していた。
もっともスパルタな部活だ。
常に先輩が絶対であり、新入生は奴隷のような扱いを受ける。
ゲルニカはそんな過酷な環境下でも逞しく生き抜いてきた。
文化系のフィーネからすると想像を絶する世界だった。
自分なら一日と持たずに逃げ出すことだろう。
ちなみに二人は冒険者学園の同級生だった。ルームメイトとして仲良くなり、卒業後は共にパーティーを組んでいた。
「おっしゃ。じゃあダンジョン行くベ」
「……うっぷ」
フィーネはあの後、結局唐揚げを購入した。
しかも小サイズではなく、普通サイズを。
自分の欲望に打ち勝つことはできなかった。
食べてはいけない時に食べる美味しいものには、背徳のスパイスが加わってより旨味が増すことをフィーネは知っていた。
オークの唐揚げはとても美味しかった。
――また絶対行こう。
何はともあれ、まずはダンジョン攻略だ。
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