第7話 冒険者のお客さん②
フィーネとゲルニカの二人はダンジョンに潜っていた。
二人は下級のDランク冒険者。
主に一層から十層目までの深度をメインに活動している。
ダンジョン内の魔物を狩って素材を集めたり、宝箱を探したり。
そうして持ち帰った物を売り捌いて生計を立てていた。
天上の神々が創ったダンジョンでは魔物が外に出ることはなく、冒険者が取得した宝箱も一定期間の後に中身と場所が変わって再度出現する。
二人の目的は自分たちの実力でもギリギリ到達できる十層目――そこに出現する宝箱の中身を持ち帰ることだ。
しかし問題があった。
フィーネのスタミナが持たないことだった。
フィーネは回復魔法や補助魔法を得意とする白魔法使いだ。
魔法使いとしては優秀で、学園でも一目置かれていた。
どこに出しても恥ずかしくない実力だと自負していた。
ただ、スタミナはなかった。
ゲルニカが汗一つ掻かずに涼しい顔でずんずんと進む中、ぜーはーぜーはーと肩で息をしながら付いていくのが常だった。
インドアだったし、文化系だったから。
体育会系の剣術部で地獄のしごきを受けていたゲルニカとは違い、放課後は茶道部でお茶を啜ってお菓子を食べていただけだから。
ゲルニカには走り込みが足りないとかねてより苦言を呈されていた。
しかし――。
「今日のフィーネ、調子いいじゃねえか」
ゲルニカが感心したように言った。
「いつもならとっくにへたり込んでるのに」
「…………」
フィーネ自身も驚きを隠せなかった。
現在、八層目。
普段なら五層目辺りから杖をつかなければ歩けなくなり、八層目に辿り着く頃には地面に尻餅をついていた。帰りはゲルニカにおんぶして貰っていた。
けれど、今日はピンピンとしていた。
まだまだスタミナには余裕がある。
「さてはお前、あたしに隠れて陰で走り込みしてたな? 殊勝な心がけじゃねえか。結局最後にものを言うのは根性だよな」
ゲルニカは嬉しそうににっと歯を見せる。
全くしていなかった。
むしろ最近は蒸し暑かったから、いつも以上に部屋に引きこもっていた。根性とは一番程遠い惰弱した生活を送っていた。
――なのに、どうして今日はこんなに調子いいんだろう。
自分の力が底上げされているような。
不思議な力強さに包まれていた。
「おっ。九層目まで辿り着いたな」
気づけば九層目に来ていた。
ここまで来られたのは初めてだった。
にもかかわらず、全く疲れていない。
――今日の私の調子の良さなら、もっと行ける!
意気込んでいたフィーネだったが、しばらく石畳の通路を歩き、開けた広場に出た瞬間に絶句することになった。
フロア一帯に蜘蛛の魔物が蠢いていた。
赤い輝きを放つ無機質な眼の群れが、二人を見据える。
「やべえ! 魔物の巣じゃねえか!」
引き返そうとするが、天井に張り付いていた蜘蛛たちがぼとぼとと落ちてきて、入ってきた通路を塞いでしまった。
「戦うしかねえか! ――フィーネ! 補助魔法を!」
「う、うん!」
フィーネは補助魔法を掛ける。
ゲルニカの身体が赤い輝きに包まれ、攻撃力が底上げされる。
「おっし! これならいけるぜ! おらぁっ!」
蜘蛛の群れに飛び込んでいったゲルニカは、勇猛果敢に剣を振るう。次から次へと敵の体躯を斬り伏せていった。
「さすがゲルニカ! 略してさすゲル!」
これなら一網打尽に出来そうだ――。
そう思ったのも束の間だった。
ゲルニカを相手にしては分が悪いと悟ったのだろう。蜘蛛たちの中の数匹が、ゲルニカをすり抜けてフィーネの下に向かってきた。
「こ、こっちに来たぁ!? ゲルニカ助けて!」
「あたしの方は手一杯だ! 悪ぃが、自分でどうにかしてくれ!」
「むむむ、無理だってば! ゲルニカと違って、私は補助が専門だから! 近接戦闘だと近所の子供にも劣るから!」
「杖でぶん殴ってやりゃあいい!」
「無茶言わないでえ!」
蜘蛛の魔物が牙を剥いて襲ってくる。
「うひゃああ!?」
咄嗟に身体が反射で動いていた。
フィーネは握りしめた杖を、無我夢中で振るう。
杖の先端が蜘蛛の腹部を捉える。
その瞬間――蜘蛛の体躯は粉々に弾け飛んだ。
「なっ……!」
一撃必殺。
フィーネの打撃の破壊力を前に、ゲルニカは唖然としていた。周りを囲んでいた蜘蛛の群れも絶句していた。
だが――。
「あれえ!!??」
一番びっくりしていたのはフィーネ自身だった。
いったい何が起こったの!?
「さてはお前、あたしに隠れて陰で筋トレしてたな? 殊勝な心がけじゃねえか。やっぱ最後にものを言うのは筋肉だよな!」
嬉しそうにグーサインを掲げてくるゲルニカ。
全くしていなかった。
腕立て伏せを五回したら両腕がぷるぷると震えだし、顎がぺたんと地面についてしまう程度の筋力しか持っていなかった。
「フィーネ! 次が来るぞ!」
絶句していた蜘蛛の群れは、夢から醒めたように動き出した。
何よりも優先して排除すべき脅威だと認識したのだろう。一斉に牙を剥くと、フィーネに向かって襲い掛かってくる。
こうなったらもうやるしかない!
「えいえい! えーいっ!」
フィーネは杖を縦横無尽、力のままに振り回した。
蜘蛛の群れを殴打、殴打、殴打。
パンパンに膨らんだ風船に針を刺した時のように、蜘蛛の体躯は勢いよく弾け飛ぶ。血と体液が辺り一面に飛び散った。
気づいた時には、巣には静寂の帳が降りていた。
蜘蛛の群れは霧散していた。
「……た、倒した」
フィーネは額に滲んだ汗を、手の甲で拭った。
ほっと息をついた。
無我夢中だった。
「まさかお前がこんなに戦えたなんてな」
ゲルニカは苦笑すると、フィーネの肩に手を置いて言った。
「お前、魔法使いよりバーサーカーの方が向いてるよ」
「…………」
こんなはずない!
近所の子供に腕相撲で負けるくらい非力だった私が、蜘蛛の魔物を一撃で倒すことなんて出来るわけないよ!
フィーネは自分の身体に起きた変化に戦いていた。
絶対に何か理由があるはず……!
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