第5話 屋台を始めてみる
その後、俺は無事に屋台の営業許可を貰うことが出来た。
そして屋台を出店した。
「自分の店となると、何だか愛着が湧くな」
俺は組み立てた屋台を眺めながらしみじみと呟いた。
屋根には看板が掲げられ、カウンターにはメニューを設置している。店の内部には調理に必要なガスや水道などの配線が通されていた。
屋台の手前には丸椅子がいくつか設置され、買ったものをすぐに食べられる。
屋台は中々良い感じだ。
しかし、問題は立地だ。
ダンジョンの正面入り口前のような大勢の人で賑わう一等地と比べると、ほとんど人が通りがかることもない場所だった。
人目につかないし、日当たりも悪いし、周りに他の屋台もない。
これまで数々の屋台が果敢に店を出してはまるで太刀打ちできず、赤字に塗れて撤退を余儀なくされた魔の区画。
条件としてはこれ以上無いくらいに不利だ。
「まあでも、出来ることをするしかないな」
それに最初はこれくらいでいい。
底についた状態から始めれば、後は上がるだけだし。
「よし! 始めるとするか!」
俺は気合いを入れて、開店初日に臨むのだった。
☆
店を開いて何日か経った頃だった。
俺がカウンターの内側に立っていると、一人の女子が近づいてきた。
「お、やってんねー」
馴染みの顔だった。
猫っ毛の金髪におしゃれに着崩したローブを身に纏い、可愛らしい装飾の施された杖を手にしている魔法使い。
レベッカだった。
「レベッカじゃないか。久しぶり。どうしたんだ?」
「開店祝いに食べに来たよん」
レベッカはカニのようにチョキチョキとピースすると、屋台の看板を見上げた。
「オークの唐揚げ?」
「ああ」
「鶏肉とかタコの唐揚げは見たことあるけど、オークの唐揚げは初めて見たかも」
「確かに珍しいかもな」
「じゃあ、一つ貰おうかな。どんな味がするか楽しみー」
「毎度あり!」
注文を受けた俺は、すでに下味と衣を付けておいたオークの肉を、熱した油がたっぷりと注がれた鍋の中に放り込む。
ジュワァァァ……!
泡立つような音と共に、香ばしい匂いが立ち上り始める。
「お店の調子はどう?」
「まだ全然だな。連日、閑古鳥が鳴いてる状態だ」
「この辺りは僻地だからねー。人通りも全然ないし、他の屋台も出てないし。うちもここを探し出すのに苦労したもん」
「確かにわかりにくいよなあ」
たまたま立ち寄るということが期待できない。
知名度があればこの店のためにお客さんが来てくれることにもなり得るが。今の状況だとそれも望めないだろう。
「そっちはどうだ?」
「ぼちぼちって感じかなー。新しいパーティメンバーは見つかったけど。連携が取れるにはまだ時間が掛かりそう」
曲がりなりにも俺たちは長年の付き合いだ。
互いの動きは手に取るようにわかり、連携も取れていた。それを新しく入ったメンバーがすぐに行うのは難しいだろう。
そうしているうちに唐揚げが揚がった。
俺は油を切ると、串に刺し、紙コップの中に入れる。
「おまちどおさん」
「お、来た来た。あんがとー」
レベッカは紙コップに収まった唐揚げの串を手に取ると、ふーふーと何度か息を吹きかけて冷ましてから口に入れようとした。
しかし、思ってたより熱かったらしい。
「あっつ!?」
「そういえば猫舌だったな」
少し間を置いてから、ふーふーと息を吹きかけ再チャレンジ。
今度はちゃんと食べられた。
「んー! 何これ! おいしい!」
どうやらお気に召して貰えたみたいだ。
「今まで食べたことないっていうか! めちゃ癖になる味だね!」
「喜んで貰えて良かった」
「アスクは昔から料理上手だったもんね。ダンジョンとか魔物狩りに行く前にいつも料理を振る舞ってくれてたし」
「そうだったな」
「うちもハロルドもお店の料理より美味しいってよく言ってたし。おかげでうちらの舌は肥えちゃったけどね」
レベッカは冗談めかしながらそう言うと、
「この唐揚げはもっと大勢に知られるべきだよ! おいしいし! うちもこの街の人たちに宣伝しておくね」
「それはありがたい」
もう俺はパーティーを抜けたのに。
それでも協力してくれようとするのがとても嬉しかった。
「さっきは閑古鳥が鳴いてる状態って言ったけど。実は毎日店に買いに来てくれる熱心な常連のお客さんがいるんだよ」
「そうなの?」
「あ、ほら、噂をすれば――」
店のある路地裏に訪れた人影。
目元に仮面を付け、頭にはターバンを巻いている。
顔は隠されているが、体格や声の低さから男性だということは分かる。腰に剣を差しているから冒険者かもしれない。
彼はこの店の常連だった。
開店初日から熱心に通ってくれている。
「……げっ! レベッカ……!」
仮面の男はレベッカの姿を見ると、ぎょっとしたように仰け反った。
二人は知り合いなのだろうか?
「ふーん。なるほどねー」
レベッカはにやにやと笑みを浮かべる。
「最近、ダンジョンとか魔物を狩りに行く前に姿が見えないと思ったら。毎日アスクの店に通ってたわけね」
「もしかして、二人は知り合いなのか?」
「んー、まあそんなところ。ねえ?」
「…………」
仮面の男は気まずそうに顔を逸らしていた。首筋に汗がだくだくと出ていた。
「この人、常連なんでしょ?」
「ああ。開店初日から、毎日足繁く通ってくれてるんだ。しかも毎回、チップまで弾んでくれるんだよ」
「ほほう」
「お客さん、今日もいつもので良いですか?」
「……おう」
俺は揚げたオーク肉の唐揚げを紙コップに入れ、仮面の男に差し出した。
「いつもありがとうございます。少しおまけしておきましたんで」
「……勘違いするなよ」
「え?」
「言っとくが、俺はこの店が流行ってないから同情で通ってるわけじゃねえ。唐揚げの味が美味いから通ってるんだ」
仮面の男は吐き捨てるように言った。
「そこのところを履き違えるな」
一番嬉しいことを言ってくれた。
めちゃくちゃ良いお客さんだ。
仮面の男ははふはふと唐揚げをあっという間に平らげた。
空になった紙コップを俺の目の前に差し出すと――。
「明日も来る。じゃあな」
仮面の男は短くそれだけを告げて、踵を返した。
最高のお客さんだ……。
あの人に喜んで貰えるように、もっと頑張らないとな。
「ほんと、応援の仕方が不器用すぎるな~」
レベッカは呆れたように苦笑いを浮かべていた。
……どういうことだろう?
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