第4話 オークの肉で唐揚げを作る

 御者の男からオークの肉を買い取った。

 その後自宅の調理場に戻り、試しに唐揚げを作ってみることに。


 御者が話していた通り、オークの肉には強い臭みがある。

 このままでは食べられたものじゃない。


 なのでまずは血抜きをしたオークの肉を酢と水を混ぜたものに浸し、臭みを取る。

 三十分ほど付け込んだ後、ワインやニンニク、ショウガなどの香辛料を使い、オークの肉に下味を付けてやった。

 その後、小麦粉と片栗粉、卵と水を混ぜた衣を纏わせると、ぐつぐつと熱された高温の油の中にしばらく潜らせる。


 衣を纏ったオーク肉は、泡立つような音と共に揚げられる。

 次第に香ばしい匂いが立ち上り始めた。

 きつね色にからっと揚がったところで、皿の上に引き上げる。


「中々良い感じじゃないか?」


 見栄えは美味しそうだ。

 肝心なのは味だが……。


「お、こっちも良い感じだ」


 衣はサクサクで、中身は肉厚でジューシー。

 オークの肉の独特の風味を残しながら、臭みは全く感じられない。

 これはおいしい。

 鶏肉の唐揚げにも負けていない。むしろ独特の味わいがある。


「となると、後は肉をどう大量に仕入れるかだな」


 屋台で出すとなると、大量かつ安定的に肉が必要になる。


「オークはこの辺りの森にたくさん生息してるけど。自分で狩りに行くとなると、時間が掛かりすぎるよな……」


 オーク自体は俺の実力でも容易に狩ることができる。

 けど、そんな時間はない。

 仕入れは他の人に委託したい。


 そういえば。

 先ほどの御者は冒険者ギルドからオークを買い取ったと言っていた。

 冒険者はダンジョンに挑むことの他に、外界の魔物の討伐も行っている。


 むしろそっちが本業だ。

 街や村を襲う魔物を討伐したり、魔物の素材を必要とする者たちの依頼で、該当の魔物を狩りに行ったりする。


「そうか。俺が依頼を出せば良いのか」


 そうすれば冒険者たちがオークを狩りに行ってくれる。

 討伐を外注することにより、俺は調理に専念できる。


 早速冒険者ギルドに向かうと、依頼を出すことにした。

 オークの討伐依頼。

 取り敢えず三匹ほど必要だと記載してみた。

 期限も設定し、代金は相場よりも高くする。


 冒険者ギルドの中央にある掲示板に依頼が貼られて、数分後に様子を見に行くと、すでに依頼書は剥がされていた。

 冒険者の誰かが受注してくれたのだ。


「よし。これで肉の問題は解決したな」


 後は仕上げだ。


「保健所のドロシーさんの下に向かおう」


 

 事前に連絡をした後、保健所に向かった。

 屋台を管轄しているのは食品衛生課だ。

 ドロシーさんは受付で気怠げに頬杖をついていた。


「今日はタバコ吸ってないんですね」

「まあね」

「タバコを吸った後だと、味覚が鈍るからだそうですよ」


 他の女性職員がそう話しかけてきた。


「向こうが真剣に料理を作ってくるのだから、味見をするこちらも真剣な姿勢で臨むべきだということらしいです」

「そんなことを……」

「余計なことは言わんでよろしい」


 ドロシーさんはこほんと咳払いをすると、


「唐揚げの肉の仕入れの目星は立ったのかい?」

「はい」

「やるじゃないか。では早速見せてもらおうか」


 俺は持参したタッパーから唐揚げを取り出した。


「これは……何の肉だ?」

「オークです」

「なるほど。確かにオークの肉であれば、他の店は手を付けていない。中々良いところに目を付けたね」


 だが、と続けた。


「他店が手が付けていないのには、相応の理由がある。

 臭みが強いオークの肉は、とてもじゃないが食べられたものじゃない。

 冷めているならなおさらだ。

 屋台を出すのがゴールではない。屋台に来たお客を満足させるのがゴールだ。君はそれを理解した上でこれを持参したと?」

「ええ」


 俺が頷くと、ドロシーさんはふっと笑った。


「――その意気やよし。では、遠慮無くいただこうじゃないか。果たして、私のキッズ舌を唸らせることが出来るかな?」


 不敵な笑みを浮かべると、タッパーからオークの唐揚げを摘まみ上げる。

 ひょいと口の中に放り込んだ。


「こ、これは……!」


 眠たげだった目がかっと見開かれた。


「オーク肉独特の風味を残したまま、臭みだけが綺麗に取り除かれている……! それに筋張った感じもなく、食べやすい……。

 食べた瞬間に口の中いっぱいに肉汁が広がり、噛み応えも充分……。何より、冷めても全く旨味を損なっていない……!

 一言で表すとするのならば――うまっ!」


 めっちゃ食レポしてくれた。

 満点のリアクションだ。

 こんなに喜んで貰えたら、料理人冥利に尽きるというものだ。


「これで営業許可は出していただけますか?」

「私のキッズ舌を満足させたのだからね。文句なしに合格だ」


 ドロシーさんは指先についた油を舐める。


「手数料と場所代を支払い、屋台に設備を配置した時の図面を提出した後に、正式に営業許可を出そうじゃないか」

「ありがとうございます!」


 取り敢えずの関門は突破した。

 スタートラインには立つことが出来たようだ。


 

 アスクが保健所を去った後。

 女性職員が受付にいたドロシーに声を掛ける。


「ドロシーさん、あのオーク肉の唐揚げ、いたく気に入ってたみたいですけど。そんなに美味しかったんですか?」

「そうだねえ。有り体に言えば今まで食べた唐揚げで一番だったかな」

「ええっ、それは凄いですね。私も一口分けて貰えば良かった」

「彼の屋台が出来たら食べにいくといい」


「というか、なんで受付の仕事なんてしてたんですか? 所長なのに。そういうのは平の私たちがすることでしょう」

「ちょうど暇を持て余していたからね」

「暇を持て余してるなら、ダンジョンにでも行けばいいじゃないですか。ドロシーさんは冒険者でもあるんだし」

「ダンジョン内でタバコを吸っていたら、命取りになってしまいかねない。その点、受付であれば気兼ねなく吸える」

「気兼ねはしてください」


 呆れ混じりに言う職員の声を、ドロシーはスルーする。


「しかし、彼の料理を食べてからというもの、やけに身体の調子がいい。何だか全身に力が漲っているかのようだ」

「ニンニクが入っていたとかじゃないですか?」

「ふーむ……」


 ドロシーは顎に手をあててしばし考え込む。


「ちょっとステータスを確認してくる」

「あ! 口実を作って、サボりに行くつもりでしょ! ダメですよ! この後、まだまだお仕事があるんですから!」

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