第3話 メニューを決める

「自信があるのは良いことだ」


 ドロシーは気怠げに笑うと、尋ねてきた。


「ちなみに屋台では販売できるメニューに制限を設けている。食品や手を洗ったり、食品の温度を保つのが難しいからね。

 提供するのは事前に加熱処理ができるものが好ましい。刺身や生肉、果物やケーキなどの生ものは衛生的に危険だからね」

「確かに屋台で見るのは加熱物ばかりですね」


 焼きそばや串焼き、じゃがバターにフランクフルトなど――。

 いずれも加熱処理されているものだ。


「また屋台での材料の仕込み処理も衛生上の問題から認められない。事前に調理場で処理した材料を持ち込むという形になる」

「なるほど……」

「それらの条件を踏まえた上でだ」

 ドロシーは俺を見つめてきた。

「君はどんな料理を出そうと考えている?」

「そうですね……唐揚げにしようかなと」


 唐揚げ。

 それは子供から大人まで幅広く愛されている、肉に小麦粉や片栗粉をまぶし、高温の油で揚げた定番料理だ。


「ほう……唐揚げか。それはいいね。私も好きだ」

 ドロシーは顎に手を置き、しみじみと呟いた。

「他にはハンバーグとオムライスが好きだ」

 そうなんだ。

「意外と味覚が子供なんですね」

「童心を忘れていないと言ってくれたまえ」


 ドロシーはそう言うと、本筋に戻った。


「屋台を開くなら、まず食材の仕入れ先を確保する必要がある。唐揚げなら市場の肉屋に話をつけないといけないだろうね」

「分かりました。ありがとうございます」

「ちなみに肉は? 何肉を考えている?」

「鶏肉を使う予定です」

「そうか。なら苦労しそうだね」

「?」


 どういう意味だろうか。


「仕入れ先を確保したら、私が実際に料理を味見させて貰う。それで問題なければ、屋台の営業許可を出そうじゃないか」


 

 とにかくまずは仕入れ先の確保だ。

 鶏肉に小麦粉、卵と油と調味料が必要になる。

 市場に出向くと、仕入れ先を探した。

 材料費は手持ちの金額でまかなえるはずだ。


 しかし問題が発生した。

 一般客として訪れると愛想良く迎えてくれる店主たちは、俺が屋台の食材の仕入れ先を探していると告げると表情を曇らせた。

 そしてことごとく断られてしまった。

 最初は俺に信用がないからかと思っていた。

 けれど話を聞くとどうやら違っていた。


 カルドリアには大手の飲食店グループが存在している。

 ドラゴネスという人物が経営するドラゴネス・グループ。彼らは系列店以外の店には食材を卸させないようにお触れを出していた。

 競合が出てこないようにということなのだろう。

 屋台を出店したい場合はドラゴネス・グループに話を通し、フランチャイズ契約を結ぶ必要があるということだった。


 フランチャイズ契約というのは、開発した料理を提供して貰ったり、グループの系列店を名乗ることを許される代わりに、対価を支払うというものだ。

 聞くと、カルドリアの料理店の大半がグループの系列店なのだとか。

 冒険者として過ごしていた頃はほとんど意識しなかったが、言われてみれば確かに該当のグループの加盟店が多かった気がする。


 フランチャイズ契約を結んだ場合は、売り上げの大半を上納させられる。そして奴隷のように搾り取られるのだという。

 となると加盟するのは避けたい。

 そもそも俺は自分の料理を出したいわけだし。


「売ってくれそうな仕入れ先を探すしかないか」


 市場の全員が彼らの意のままに動くわけじゃない。

 靴底をすり減らしながら方々を駆け回り、小麦粉や卵、油や調味料は何とか仕入れ先を見つけることが出来た。

 けれど鶏肉だけはどうしてもダメだった。

 鶏肉を卸している養鶏場がグループの傘下だったからだ。


 当然市場の各店にも息が掛かっており、一般客として購入することはできても、大量の鶏肉を仕入れることはできない。

 それなら他の料理にしようかと考えたが、串焼きやじゃがバター、フランクフルトなどの人気料理の食材も軒並み押さえられていた。

 想像以上にドラゴネスグループの力は大きい。


「うーん。どうしたもんか……」


 悩んでいた俺の目の前を馬車が通りがかった。

 荷台には討伐されたオークが積まれていた。

 それを見て、ふと思い立った。

 御者の男に尋ねる。


「そのオークは今からどうするんですか?」

「ん? こいつは今から工房に運んで解体するんだよ。オークの皮や骨は革製品や武器の材料になるからな」

「肉は使わないんですか?」

「ああ、肉は使わないな。解体した後、捨てる」

「なら、譲っていただけませんか」


 と俺は提案した。


「もちろん、相応の代金はお支払いさせていただきます」

「それは構わないが……何に使うつもりだ?」

「屋台で出品する唐揚げの材料にしようかと思いまして」

 俺がそう言うと、御者の男は難色を示した。

「いや、オークの肉は臭くて食えたもんじゃないぞ。筋張ってるし。とても美味い唐揚げが出来るとは思えないが」

「ええ。そのまま使えばそうでしょうね」


 俺は言った。


「ただ、きちんとした下処理をすれば、臭みは消すことが出来ると思います。で、代金はおいくらになりますか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る