第2話 屋台の申請に行く
翌日。
パーティーをクビになった俺は街を歩いていた。
クビにはなったが、暗い気持ちではなかった。
むしろ感謝の念を抱いていた。
――ハロルドはきっと、俺のことを想って言ってくれたんだろう。夢を諦めきれない俺の背中を押してくれようとした。
あいつとは長い付き合いだ。
ぶっきらぼうだが、仲間のことを誰よりも想っている人間だと知っていた。
俺たち【天翔の翼】は徐々に軌道に乗りつつある頃だった。
ここでパーティーメンバーを欠くのは足踏みすることになる。
普通のリーダーなら脱退することは許さないだろう。
けれど、ハロルドは俺のことを想って送り出してくれた。
「こんな額の手切れ金まで渡してくれて……」
袋の中には硬貨が詰まっていた。
かなりの額だ。
追放する相手に渡すにはあまりにも多すぎる。
「まあでも、俺の代わりがいるってのは本当だろうな」
戦闘系のスキルもなく、取り立てて秀でたところもない。
血の滲む鍛錬をこなし、二人に付いていくのが精一杯だった。
今の【天翔の翼】の知名度があれば、俺よりも実力のある冒険者はいくらでも勧誘することができることだろう。
「送り出してくれた二人のためにも、頑張らないとな」
料理人として自分の店を持つ。
それは本来、途方もない道のりだ。
莫大な金も必要になるし、長年の料理店での修行も必要になる。十数年、下手をすれば数十年は掛かるかもしれない。
けれど、それは他の街であればの話だ。
ここ――カルドリアはダンジョン街だ。
数千年前、天上の神々が創造したと言われるダンジョン――様々な資源や財宝が取れるその場所の周りに人々が集い、街が出来た。
数多の腕利きの冒険者たちが挑戦するも、未だ誰も踏破できていない。
ダンジョンの最深部にはいったい何があるのか――そのロマンを求めて、方々から大勢の冒険者たちが集まっていた。
大勢の冒険者たちが集まれば、商売の匂いを嗅ぎつけて他の者たちも集まる。
ダンジョンの周りには多くの屋台が建ち並び、夢と希望と熱気に浮かされて、街は年中祭りのような賑わいを見せていた。
いきなり店を持つことは難しい。
でも、屋台なら。
屋台であれば、俺でも始めることが出来るかもしれない。
よし。思い立ったのなら、早速行動開始だ。
ということで、俺は屋台を出している人たちに直接尋ねてみることにした。
どうすれば屋台を出店することができるのかと。
仕事の邪魔だと追い払われることがほとんどだった。商売敵になるかもしれない奴に情報を教えてやる筋合いはないとも。
もっともだと思った。
けれど、中には親切に教えてくれる人もいた。
曰くカルドリアで屋台を出すためには、屋台を管轄する保健所に向かい、自治体の営業許可を貰う必要があるとのことらしい。
なるほど。
俺は教えてくれた屋台のおじさんにお礼を言うと、謝礼金を渡そうとした。情報提供には対価を払うべきだと思ったからだ。
しかし、おじさんは受け取らなかった。
その金はこれからのために取っておけと。
俺はただ、若い奴を応援したいだけだからと。
その代わり、屋台を出すことができたら、あんたの作った料理を食わせてくれ。その時を楽しみにしてると言ってくれた。
優しい人だ。
俺は再度お礼を言うと、保健所に向かった。
屋台を管轄している部署を訪れる。
果たして受付に向かうと、制服姿の女性が気怠そうにタバコを吹かしていた。その姿はやけに様になっていた。
俺よりも年上だろう。
恐らく年齢は三十歳前後くらいだろうか。
髪はボサボサで、ダウナーな印象。
左目の下には泣きぼくろがあった。
――勤務中にタバコ……。
冒険者ならいざ知らず、一般社会だと中々にパンチが効いた行為だろう。彼女は一筋縄ではいかない人物だと判断した。
制服姿の女性はちらりと俺を見やると、おもむろにタバコの煙を吐いた。制服の胸元の名札には『ドロシー』と書かれていた。
彼女の名前だろう。
「すみません。屋台を出店したいのですが」
「その前に言うことがあるんじゃないかな?」
「はい?」
制服姿の女性――ドロシーは見せつけるように再度、タバコの煙を吐いた。
口元から吹かれた白い煙は、輪っかの形をしていた。三つほどの輪状の煙が、天使の輪のように宙に浮かび上がった。
ドロシーさんはニヤリと口元だけで笑うと、俺を見やった。
「どうだい、中々上手いものだろう?」
「はあ……」
確かに器用だ。
どうしても見せたかったのだろう。
くたびれた大人の雰囲気を醸し出している彼女が、描いた絵を親に見せる子供のような仕草を見せたことに面食らった。
「それで? 屋台を出したいって?」
ドロシーさんは手元の灰皿にタバコの火を押しつけると、そう尋ねてきた。
「はい。ここに来ればいいと聞いたので」
「屋台を出すには場所代と手数料、後は営業許可が必要ね。営業許可は扱う食材や設備が基準を満たしてるかで可否が決まる」
ドロシーさんは受付に頬杖をつくと、先を続けた。
「場所代は立地によって決まる。
ダンジョンの正面付近みたいな好立地は、客が集まるから場所代も高くなる。逆に外れの方だと場所代は安くなる。その代わり、客足は少なくなるけどね。
ちなみに坊やの持ち合わせは?」
「これくらいです」
俺は手持ちの額を開示した。
「なるほど。それだと好立地の場所代には全然足らないやね」
そうなのか。
「ちなみに好立地の場所だと、どれくらい掛かるんですか?」
ドロシーさんが教えてくれた額は桁外れだった。
これだけあれば、いっそ店を建てられるのでは……?
好立地の場所であれば、莫大な集客を見込むことができる。
それ故に回収できるということなのかもしれない。
「まあ好立地の場所は人気が殺到して、空きが全くない状況だから。どっちにしても今は僻地しか紹介できないけどね」
「じゃあなんで一回持ち合わせを聞いたんです?」
「他人の懐事情にはやっぱり興味をそそられるからねえ。自分よりすかんぴんな人間を見ると心が温かくなるやね」
「良い性格してますね……」
「よく言われるよ」
ドロシーさんはへらへらと笑みを浮かべると。
「今空いてる区画は、一つだけあるよ」
「本当ですか」
「ただオススメは出来ない。今まで数多の屋台が出店しては、客足が伸びずに潰れた地獄の区画だからね」
「それでも構いません。出店できるのなら」
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