料理スキル【強化付与】を取得していた俺、追放されたのでダンジョン前に屋台を出してみた ~剣聖も聖女も女騎士も常連客になった~

友橋かめつ

第1話 パーティを脱退しました

「アスク、お前もうパーティ抜けろ」


 ある日のダンジョンの探索終わり。

 酒場でパーティーリーダーのハロルドがそう言った。


「どうしたんだよ、急に」


 今日まで俺たちは互いに良い関係を結べていた。

 剣士のハロルドと俺――アスクに、魔法使いのレベッカ。

 俺たちは同じ村出身の幼馴染で、年齢も同じ十八歳。

 同じ村出身の三人が組んだ【天翔の翼(てんしょうのつばさ)】はこの街でも少しは名の知れた存在になりつつあった。

 これから更に登って行く途中だったのに。


「もしかして、俺が戦闘系のスキルを持ってないからか?」


 この世界の人間はスキルを有して生まれてくることがある。

 たとえばハロルドは【剣術強化】

 たとえばレベッカは【魔力強化】

 それぞれ生まれながらに常人より剣術、魔力量に優れている。

 冒険者になるような人間は、ほとんど戦闘系のスキルを有している。それぞれのスキルに呼応した職業に就くのが普通だ。


 しかし、俺は戦闘系のスキルを有していなかった。

 持っているのは【料理上手】だった。

 これはその名の通り、料理が上手くなるというものだ。

 冒険者としては純粋な鍛錬のみでここまで戦ってきた。 


「いいや、違う。スキルの有無は関係ない。お前はスキルなんかなくても、充分俺たちの戦力になっていた」

「じゃあ、どうして」

「お前、俺が気づかないとでも思ったのか?」


 ハロルドは酒場のテーブルの上に何かを並べた。

 それは大量の羊皮紙だった。

 羊皮紙には料理のレシピが書き連ねられていた。

 その執筆者は俺だった。

 自分の部屋に隠していたものだ。


「レベッカがお前の部屋を掃除した時にたまたま見つけたんだ。

 夜な夜な、一人でこそこそ書いてたんだろ。料理のレシピだけじゃない。いつか自分の店を開いた時の構想とか色々と」

「…………」

「アスク。お前は昔から料理が得意だった。

 子供の頃はよく言ってたよな。将来は自分の店を持ちたいって。けど、いつの間にか口にしなくなってた。

 俺たちは貧乏で、成り上がるには冒険者になるしかなかった。料理の腕よりも剣の腕がないとどうにもならなかった。

 街に出てきて、ようやく少しは名が知れて食えるようになった。だが、お前は子供の頃の夢を諦め切れてなかったわけだ」

「…………」

「僅かな余暇を縫って、これだけの量のレシピを書き連ねてきたんだ。お前の夢が生半可なものじゃないのは分かる」


 けどな、とハロルドは続けた。


「俺たちはこれから更なる高みを目指す。誰も成し遂げていない、この街のダンジョンの完全攻略を成し遂げるために。

 そのためには目標に集中することが大事だ。脇目も振らず、そのことだけに自分の時間の全てを注ぎ込むことが。

 なのに一人だけ足並みが揃っていない奴がいたら、迷惑なんだよ。その気持ちの乱れは俺たちの命も危険に晒すかもしれない」


 もっともだった。

 浮ついた気持ちでいたら、いつか足下を掬われてしまうかもしれない。


「……そうだな。ハロルドの言う通りだ」

「だから、お前みたいな半端ものはもういらねえ。アスク、お前には今日限りでこのパーティを脱退してもらう」


 反論するつもりはなかった。

 ハロルドの決断はパーティーリーダーとしては正しい。

 ただ気がかりなことはあった。


「俺が抜ける分の穴はどうするんだ?」

「それなら問題ない。もう代わりは見つかってる」


 ハロルドはあっさりとそう告げた。


「……そうか。それならいいんだ」


 俺はそう言うと、ハロルドとレベッカを見やった。


「今まで世話になったな。お前たちといっしょに活動できて楽しかった。これからの活躍を心から願ってるよ」


 そして踵を返し、酒場を後にしようとした時だ。


「おい、アスク」

「え?」


 放物線を描いて投げられた革袋。

 受け取って口を覗くと、硬貨が詰め込まれていた。 


「くれてやるよ。手切れ金だ」

「いや、こんなの受け取れない」

「だったら寄付でもしてくれ」


 ハロルドはそう吐き捨てると、何か言おうとして、寸前で言葉を留めた。バツが悪そうな面持ちを浮かべると、別れの言葉を呟いた。


「じゃあな」

「……ああ」


 俺はそう応えると、二人に背を向けて歩き出した。


 

 アスクが酒場を出ていった後、それまでずっと傍観に徹していたレベッカが、閉ざしていた口をようやく開いた。

 猫っ毛の金髪に着崩したローブを纏った、ギャルっぽい風貌の魔法使い。


「ねー。あれでよかったん?」

「何がだ?」

「本当はアスクのことを想って言ったんでしょ」

「あいつは優しい奴だからな。少々強引にでも追い出さないと、自分の夢よりも俺たちのことを優先し続けるだろ」


 ハロルドは言った。


「これからはもっと自分の時間が取れなくなる。そうすりゃ、あいつは自分の夢をずっと叶えることができなくなる」

「だから嫌われ役を買って強引に追い出したと」


 ハロルドはふんと鼻を鳴らした。

 肯定の意だった。


「レベッカ、お前、あいつの料理どう思うよ」

「どうもこうも、大好きだけど。ダンジョンに向かう前、アスクの作る料理を食べるのが一番の楽しみだったし」

「だよな。俺も同じだ。村にいた頃からそうだった。あいつの料理を食べると、全身に力が漲ってくる気がするんだよな」


 ハロルドはそう言うと。


「あいつの料理は絶品だ。俺たちだけで楽しむのは勿体ない。この街の――もっと大勢の連中に喜んで貰うべきだろ」


 レベッカはふっと笑みを浮かべると、


「というか、アスクの代わりなんていつ見つけたん? うち、聞いてないけど」

「そんなもんいねえよ」

「は?」

「アスクの代わりなんて、どこもいねえ。あいつは俺の幼馴染で、大事な仲間だ。替えが効くわけがない」

「じゃあ、なんであんなことを?」

「そりゃお前……分かるだろ」

「はいはい。代わりがいるって言えば、アスクは気兼ねなくパーティを抜けられる。ハロルドなりに気を遣ったわけね」


 レベッカはハロルドの内心を見透かしたように言う。


「けど、あの言い方だと代わりなんていくらでもいる。お前には価値はないって誤解されかねないんじゃないの?」

「…………マジ?」

「ていうか、アスクが自分のお店を開いたとしてもさ。あの言い方で追い出したら通うの無理じゃない?」

「…………今から弁明しにいこうかな」

「うわあ、だせぇ~」

「うるせえ」


 ハロルドはぶっきらぼうに吐き捨てる。

 そしてレベッカに向かって告げた。


「明日からは今まで以上に気合いを入れていくぞ。不甲斐ない姿を見せたら、アスクの奴が負い目を感じるからな」

「はいはい」

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