エピローグ 0-2



      ?



 人は飢えれば死ぬ。

 人種も国籍も、階級も信仰も関係ない。明快で唯一平等な決まりだ。

 無論。人類最後の決戦兵器を操るパイロットでさえ変わりはない。



『――生命維持システム、省電力稼働モード。蓄電率2パーセント』



 機体もパイロットもまったく動けない。

 コクピットに凭れる少年。

 ユーリ・オクトーバ。


 彼は飢え、衰弱しきっていた。

 最後に口にできたのは二カ月前に狩った野生化牛の燻製肉で、それすら底をついて一〇日を数える。ろ過雨水がいくらあっても……コクピットを飛び出して狩猟採集できる体調にない。


 彼の「住処」は草原にくずおれる鉄の塊。

 人型決戦兵騎〈ディサイシヴ・ギア〉

 そのシルエットは伝承の泥人形のごとき剛健さで、あるいは古代要塞を人型に象り、重ねて先端発電装甲を着せた全高四八メートルの威容を誇るが、生命維持以外は全機能オフ。動けぬ木偶どころか鉄の棺桶。


 とにかく。

 もうだめかとユーリは観念する。



 ……。

 …………。



 そういえば。


 ユーリは思い出す。

 あの図々しい女、エリシア・エインスワースのこと。

 自由の国をつくる? どこからそんな自信が湧くのやら。一級市民のくせに、バカすぎる。


 あの女は本当にたいしたやつだったと思う。『自由船団』とうとう旅立ったとき、最後の艦が水平線に消えるのを見届けたとき、ユーリはたしかにエリシアの行く末を案じたのだ。そしてこう思った。


 さびしい、と。


 悔いても遅かった。脱出できていれば今頃……まだ見ぬ新天地であの騒がしい連中ヴェイガスと美味いメシを楽しんでいたのだろうか。家を建てたり畑を耕したりしていたのだろうか。


 五年間。生き延びて。

 ユーリはやっと、わかった。

 〈ドクター〉の教えてくれた『かたちの無いもの』の価値。エリシアが人々に示した未来の意味。



 ……まだ見ぬ未来に希望があるからこそ、人は生きていけるのだと。



 ユーリだって本当なら死んでやってもよかった。

 薬物一錠か弾丸一発で済む。けれどそれをせず今日の今日まで生きてきた。

 それはなぜか? 〈ドクター〉が話してくれた世界を、より良い希望を、奇跡をどこかで信じていたんだ。他に説明がつかない。


 本当の不幸は、自分が不幸なことにすら気が付けないことだと。エリシアは言っていた。

 そう思う。無自覚はただの自滅だ。今だけを、目に見えるものだけを見て、仕方ないんだと心を納得させるのはゆるやかな自殺だ。生きていればそれでいいと思うのは、死んでいるのも同じこと。

 


 ああ。そうか。


 

 こいつらとは違うと思ったのも、きっとそうだ。

 おれは知っていたんだ。エリシアと出逢うとっくの昔から。

 おれはここにはない「理想」をどこかで信じていたのだと、解っていたはずだった。


 それなのに……。

 おれはあのとき、エリシアの呼びかけに……。









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