アルテェア




 数日間もの出航前パーティーも終わって、各艦が煌々と出港準備にいそしむ夜の八時。

『自由船団』旗艦、原子力空母スーパーキャリアーの飛行甲板上。

 そこに二人はいた。



「嵐が来るわ。四八時間後には」


「……そうか」


 エリシアは示唆した。

 嵐。じきに事が起こる。敵が迫る。


 ユーリが〈ディサイシヴ・ギア〉を駆るときが——戦うときが間違いなく来ると。



「だから俺と機体ギアを甲板上に載せているわけか。偵察と監視は、やられても惜しくない無人機に任せて」



 ユーリは甲板上に駐機した己の機体ギアを指さす。

 脚部近接スパイクに、両腕部のパイルドライバー。

 伝承の泥人形ゴーレムのごときデザインライン。

 揺らがぬ巨躯に、針山のごとき武装。まさに要塞だ。


 反応速度に優れた背部対空レーザーはもちろんのこと、両肩部の二門の大口径反質量照射砲アンチマタ―・レイ。極超音速で迫る対艦弾道ミサイル群すら一瞬で抹消する不可避の砲門が闇色の空をにらむ。



「ええ。それに〈ディサイシヴ・ギア〉の巨体を誇示していれば船団民は安心するし、敵への牽制にもなる」


「考えたな」


「ええ。手の込んだ料理を毎食用意してきたんだから、最後までとことん働いてもらうわ」



 エリシアは不敵にわらう。

 そんな彼女の表情を見るたびに、ユーリの思考になにかがよぎるのだ。

 この女はいい。話しも悪くない。今日の今日まで妙な居心地の良さを感じていた。


 けれど。

 だからこその疑問がある。



「なあエリシア。はじめて会ったとき、輸送機で来たときのことを覚えているか?」

「それがなにかしら」



 どうしてだ? 

 なぜ、なにかにつけておれなんかと話す?

 エリートの一級市民が。地下スラムで孤児と。


 わざわざコミュニケーションなんか取らずに、戦力として用立てればいいはずなのに。



「おれはあのとき、エリシアをどうにでもできた。おれは〈ディサイシヴ・ギア〉を操る男でエリシアは生身の女だった」


「ええ」


「おれの気まぐれなんだよ。あんたがいま、おめでたく生きてんのも……な」



 ユーリはあえて脅すように話す。

 そして傭兵本来の声音で、低く続けた。



「なんなら、今ここで縊り殺してもいい」


「できないわ。ユーリにはその動機もメリットもない。ここに居る時点で、あなたとわたしは相互不可侵の関係なのよ。食事も設備も戦力も」



 エリシアは声色ひとつ変えない。

 逆に核心を言い当てられた。そして。



「そもそも、ユーリには俗っぽい欲の臭いがしないの。だからわたしは、丸腰でも恐怖は感じない」


「根拠は?」



 ずけずけと言ってくるので、ユーリは続けて試した。

 好意の押しつけなら御免なのだ。



「半年前の人民軍基地への襲撃。ユーリは半年分の保存食糧レーションしか持っていかなかったわ。それ以外は兵や奴隷に分け与えて」


「……知ってたのか」


「当然よ。でも、基地を占領しておけば飢えずに一生食べていけたのに」


「ほかの連中と関わりたくない。おれはこの機体だけでいいんだ」


「ふうん。そう」



 エリシアの指摘は事実。

 金品に目もくれなかったのも、ようは厄介払いだ。

 ユーリは誰とも絡みたくなかった。〈ディサイシヴ・ギア〉に乗っていればそれでいい。


 ともあれユーリは認めざるをえない。

 エリシア・エインスワース。

 鋭く、したたかな女。



「もしおれが下劣な野蛮人ならどうする? オンナを見境なく弄ぶような」


「本当にそうならそれでいいわ。ユーリの容姿って、けっこう好みだし」



 エリシアはふふっと笑って、口を耳元に近づけてくる。



「離れろ。売女」


「本心でそう思ってないでしょ。ユーリはわたしにそんなイメージを抱いてない。むしろその逆」


「逆ってどういう意味だよ」


「高貴。高潔。高邁。口先じゃ落せないいい女」



 はあ、まったくなんなんだ。こいつは調子が狂う。

 しかも、あながちまんざらでもなく感じさせてくるあたり尚更だ。もう諦めるほうが賢いと思った。



「ところで、いまさらなんだけれど」


「……なんだ」


「あの機体。名前は?」


「無い」



 元々は人民国が持てる技術を結集して完成させた決戦兵騎ディサイシヴ・ギアらしいが……、傭兵界隈の情報屋曰く人民軍内部の派閥争いによる混乱で隠匿され忘れられ放置されたもので、結果としてユーリの手に渡っていまに至る。たんなる拾い物だ。



「名前なんてどうでもいいだろ」


「なにがいいかしら。そうね…………」



 エリシアはうーんと、勝手にしばらく考え込んで。



「〈アルテェアAltair〉」


「……どういう意味だ」


「飛翔する鷲。転じて、星の名前」



 ユーリはわが身も同然の機体ギアを見返す。

 重厚な機体ライン。頑強にして堅牢な威容。

 汚れた毒の雨を浴びて駆動する最強の鎧だからおおよそ鷲とも星とも思えない。まるで似つかわしくない名前だが……。



「これに決まりだわ。〈アルテェア〉、良い名前」


「勝手にしてろ」



 ——アルテェア。

 響きだけは悪くない。ユーリはそう思った。

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