3-2



 逃げる、だって?

 ユーリは呆気にとられた。


 不意をつかれたせいか。パーティーなのに、外界と切り離された感覚に陥る。



「目的地は海の向こう。別大陸よ」


「バカか。ほかの大陸が滅んだから、俺たち人類はこの最後の大陸でずっと戦争をしているんだろ?」



 学のない地下スラムですら常識だ。

 よくは解らないが、この大陸こそが人類最後の大地。

 ユーリはそう学んだ。ほかならぬ優しい〈ドクター〉から。


 ……だが、彼は在りし日の海のむこうの話もしてくれた。

 それこそまるで、今でも存在するかのように丁寧に。



「ところで、〈ドクター〉と呼ばれる人物をご存じかしら?」



 それは唐突の質問であった。



「痩せぎすで無精ひげで、いつもよれよれの白衣姿で、とにかく子供っぽい天才科学者なのだけれど。わたしの家の講師だったのよ」



 エリシアはある人物の話をした。

 その特徴は、ユーリの知っている〈ドクター〉と一致した。

 間違いない。まさかエリシアも〈ドクター〉に教わっていたとは。偶然というか、驚きだ。



「彼は失踪した。王国の機密資料を抱えて。人民国の地下スラムに潜伏中って聞いたけれど、ユーリはご存じ?」



 ユーリは答えない。

 もちろんエリシアも、答えなんて望んでいないようだった。



「失踪前に彼が記したレポートには人類撤退後の他大陸の調査結果が記されていた。その結論は『海外大陸には人が住める』『敵性個体群ブラッドレイ集団的細胞死傾向アポトーシスにある』よ」


「どういうことだ。おれにわかる単語で話せ」



 ユーリは問う。



「ようは、ある日、巨大昆虫が大量発生して、人類は敗走をくり返してこの大陸に逃げ延びた歴史があって。でも支配者になった巨大昆虫も、じつは人類という敵を失って共食い自滅しているから渡洋反抗の可能性はある、ということ」



 エリシアは答える。

 もちろんユーリは知らないし、知りようがなかった。

〈ドクター〉はそれを直接語らなかったし、独り立ちしてからは日々の生存に追われて世界の真相など思いすらしなかった。……ましてや。



「〈ドクター〉が姿をくらましたのも権力の報復を恐れてのことだっただろうけれど、あの人はどこかで生きている。わたしはそう読んでいるわ」



 不都合な真実を知る研究者を追い立てるほどに、国家ぐるみで存在を秘匿されていたとあらば。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る