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 そして。幾時間か経ち。



「あら。安堵のお昼寝からようやくお目覚めかしら」


「いつどれだけ寝ようが、おれの自由だ」



 長時間放置してもなお仁王立ちな女にユーリは考えを改める。

 この女、粘るうえに鋭い。

 こちらの窮状を言葉越しだけで言い当ててきた。それになにより大陸三カ国の切り札にして最高機密たる〈ディサイシヴ・ギア〉の中核機能をなぜか知っている。



「わたしはエリシア・エインスワース。歳は一八」


「どうして名乗った?」


「自己紹介は礼節の基本だもの。で、あなたは? 名乗りたくないだとか名前なんて元々ないだとかなら構わないけれど」



 謎の若い女――改めエリシアはさして気負わず話を進める。事実にせよユーリを孤児と決めつけた強気な物言いはいけ好かない。とはいえヘタに同情されるよりはマシかとも思うが。



「ユーリ・オクトーバ。歳はあんたと同じぐらいだ」



 ユーリは答えてやる。話をする価値はあるだろう。



「良い名前ね。それでどこの所属かしら。人民軍? 共和軍? それとも王立軍?」


「フリーの傭兵だ。どこの国の犬でもない」


「一匹狼だなんてこのご時世に逞しいのね」


「そういうあんたは何者なんだ?」


「『自由船団』っていう独立組織の船団長」


「船団長? 船乗りって感じはしないけどな」



 したたかな人間。ユーリが眼下の女に抱いた印象だった。そもそも『自由船団』と言ったが船なんて率いてどこに行く腹積もりなんだか。この世界で、このご時世に。



「難民キャンプのリーダーみたいなものよ。それよりユーリ、わたしの事エリシアって呼んでくれないかしら」


「断る」


「せっかく助けてあげたのに。その流動食」


「助かったのは事実だが馴れ合う気はない」


「つれないのね。なら仕方ないわ」



 エリシアの無言のサインに応答したのは迷彩服の兵士数名。

 彼らは輸送機から物をきびきび運び出すが、なにかと思えば簡易テーブルに電熱プレートと大型クーラーボックスであった。


 用意が整うと、エリシアはおもむろに一枚肉を焼き始めた。

 プレートの上でじゅうっ! と焼ける肉……!

 食欲をそそる音と視覚と匂い。

 もはや銃口に勝る暴力を突きつけてくる。



「おい。あんた」


「〈あんた〉じゃない。わ・た・しの名前は?」


「……っ」



 くううぅ、と腹の虫。条件反射だ。無意味な意地は欲求に負ける。この衝動は生きるための流動食の比じゃない。



「……エリシア。その、なにを食べてる」


「ちょっと遅めのランチだけれど」


「そういうことじゃない!」


「『培養肉のフィレステーキ ポワブルソース』」



 ふふっと不敵に微笑むエリシアは、焼き終え皿に乗せた一枚肉へナイフとフォークを入れ、淀みなく食す。


 その動作。指先。口元。咀嚼。


 ユーリの一級市民嫌いをふまえてなお美しさを認めざるを得ない。荒野なのに彼女の半径数メートルだけは高級レストランの趣だ。無論そのイメージも違法動画視聴テレビドラマで得た知識だけで、ユーリ自身が高貴な御馳走フルコースにありつけた記憶などないが。


 培養肉。家畜を屠殺した天然食材にこそ劣るが味と食べ応えは中々だ。

 供給量も充分で一級市民には安物だろうと……、ユーリら地下スラムの孤児には月一回のぜいたく品だった。



 不意に、幼い頃の思い出が甦る。



 培養肉のBBQ。祭日のケーキ。

 教会跡の孤児院に拾われて、はじめて知った物乞いと盗みと殺し以外の世界。

 友達。遊び。勉強。ふかふかの寝床。


 そしていつも優しくて、大海原を越えた見知らぬ世界だってなんでも教えてくれたあの〈ドクター〉は……、今は。


 

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