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 人は飢えれば死ぬ。

 人種も国籍も階級も信仰も関係ない、明快で唯一平等な決まりだ。

 無論。人類最強の『決戦兵騎ディサイシヴ・ギア』を操るパイロットでさえ変わりはない。



『――生命維持システム、戦闘情報システム、自律整備システム、いずれもオールグリーン。蓄電率97パーセント』


『――北北西より重化学煙霧雲スモッグ。毒性5。日没後に降雨予測』



 自律戦闘補佐システムの伝える情報は機体の十全さを示すものであって、パイロットの容態となると話はまったく別だ。


 コクピットに凭れる少年。

 ユーリ・オクトーバ。

 彼は飢え、衰弱しきっていた。


 最後に口にできた栄養源は半年前の基地強襲で積み込んだ保存糧食(レーション)で、それすら底をついて一〇日を数える。生命活動に不可欠な水こそ機体に組み込まれた半永久式作戦稼働ユニットで自給できるが……、肝心の食物ばかりは外で調達するほかにない。



 彼を生き長らえさせるのは人類技術の結晶。



 ——決戦兵騎〈ディサイシヴ・ギア〉



 そのシルエットは伝承の泥人形ゴーレムのごとき剛健さで、あるいは古代要塞を人型に象り、幾重もの先端発電装甲を着せた全高四八メートルの威容を誇る。

〈ディサイシヴ・ギア〉の操縦原理は、実質的にはパイロット自らが巨人化している感覚と変わりない五感投影システム。


 バイザー・センサと同期した視野に広がる赤銅色の荒野には、食用に供しうる草木も動物も昆虫すら期待できない。そもそもこんな地に適応した生物がいたとして、その血肉が人に受けつけるはずもないが。



 とにもかくにも。

 ハイテク機体ですら、操るのは生身の人だ。

 パイロットが朦朧としていれば木偶も同然。

 半生を銃と機体ギアの腕で生き抜いてきたユーリとて空腹には抗えない。


 内臓が軋み、胃がよじれ、筋肉すら悲鳴をあげる。

 いま戦闘に陥れば、ユーリ自身がもたずに死ぬ。

 そして聴覚すら、脳の誤作動ゆえか、あらぬ幻聴をとらえはじめて…………。



『――。……返事……、繰り返……。そこの〈ディサイ……』



 その声。

 若い女、だった。

 たぶん、歳が変わらないくらいの。


 凛とした、透きとおる美麗な声がとぎれとぎれに聞こえる。

 これが天使? まさか。おれはそんなに信心深くない、とユーリはわらう。



『――そこの〈ディサイシヴ・ギア〉のパイロットさん? 気が確かなら、しゃんと返事をなさい?』



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