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 防衛線が食い破られたか、あるいは全部隊が無力化されたか。

 爆発の衝撃とともに司令部は半壊し、すんでのところで屋内に毒雨が降りこまないほどに露わになる。


 肥満体で悪人顔の司令官と、その取りまきが腰を抜かすなか。

 目の前には、超然たる巨大兵器が屹立する。

 目測にして全高五〇メートル級。さしずめ動く遺跡。


 華奢に芯を絞られた人型機動量産兵騎アインド・ギアとは異なる、永久要塞のごとき重厚な威容。複層装甲に迸った藍色の電流とバイザー・センサの凄み。隔絶した暴力の差だ。



 すなわち、無言の死刑宣告。



「…………わかった」



 悪人顔の司令官は、額に汗を浮かべて言った。

 それは、敵パイロットに向けての言葉か。



「手持ちの保存糧食レーションはくれてやる。一人なら数年はもつ量だ。軍は今後おまえをいっさい攻撃しない。それで話はおわりだ」



 なさけない格好で取引。

 しかし巨人機械は退かない。


 脅しているのか。憎んでいるのか。

 はたまた司令官を見定めているのか。



「……私は、准将だ。いまは戦争でこんな荒野を任されているが、立派な一級市民なのだ。家族もドーム内の一級宅地に、いる」



 ウソじゃない本当だ信じてくれ、と。許しを請うように震えて縮こまり、男は続ける。



「戦後には、コロニー永住優先権だってある! 議員のコネでお前も地球脱出の第一陣にしてやってもいい! こんな汚れきった地球に這いつくばる必要もない。軌道エレベーターで清潔な楽園へ一直線だ! あ、ああ先立つモノもいるから私の隠し財産も半分やる! これで一生安泰だぞ?」



 彼は脂ぎった顔を焦りでゆがめて、早口に逸る。

 媚か。あるいは傲慢か。



「そっ、そうだ! ココにはオンナも大勢飼っとるからな! ガキでもババアでも好きなのを選……」



 結局。

 彼らが司令部ごと巨大兵器の巨体で踏み抜かれたのは、下種さを口走った数秒後のことであった。







 戦いは終わった。


 残骸の数々。

 装甲に穴を穿たれ、あるいは車体ごと歪められ、擱座した無人戦闘車。

 飢えと渇きに斃れた兵士にも似た細身の人型機動量産兵騎アインド・ギア。それらも豪雨の沼に沈むが土壌に還らぬ人工物にすぎない。



 この大地は、誰からも弔われない墓標となった。

 誰の命も育まない、死の大地にふさわしい終着地だ。



 降りしきる化学の毒雨——それを糧とする複層発電装甲が、色褪せぬダークグレーの機体に藍色の電流を絶えず纏わせる。

 脚部近接スパイク。両腕パイルドライバー。背部対空レーザー、これら針山を成す重武装に両肩部には二門の大出力反質量照射砲アンチマタ―・レイ



 その姿はまさに、幾千年とも在り続けた古代遺跡の遺構。かつて人類防衛の象徴にして今は無用の長物……。



 汚れきった人類最後の大地に。

 降り止まぬ毒雨にざあざあと打ち付けられながら。

 真実戦うべき相手なんてすでに喪った決戦兵器だけが、ありもしない天高い青空を見上げていた。

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