第8話

異世界に飛び込むと、背後で扉が閉まる音がした。


振り返ると、扉に鎖が絡みついている。

邪勇者を倒した世界でに経験から、この世界の危機を払わない限り、この扉が開くことはないだろう。


周囲を見渡すと、真っ暗な森が広がっている。


俺は腕輪からムラクモを取り出し、腰に挿し、木の上へと軽く跳ぶ。

上を仰ぎ見ると、どこまでも澄み渡る夜空に、色の違う満月が二つ浮かんでいる。


自分が今異世界にいるのだということが、その二つの月からよく分かった。


「……これは?」


手に持つ短剣が共鳴するように震える。

短剣に意識を集中させると、ある方角をさし示していることがわかった。


俺は即座にパトラムの翼を展開して、大空へと羽ばたく。


地上からは鳥くらいの大きさに見えるくらいの高度で飛行を続ける。


どうやらこの世界は科学は発達していないようだ。代わりに、魔法が発達しているようである。


火を生み出して光にしたり、あるいは空中から水を生成して手足を濯いだり。

あるいはもっと大規模なものだと、街全体に結界のような物を張っているのも見えた。


気になったのは、どの街もやけに軍事力が高いことだ。

軍というのは設立にも維持にも大量の金・人・資源が必要で、見たところ限界ギリギリまで軍事力を保有しているように見えた。


これがこの世界の危機……ということだろうか?


俺は本能の指し示す方向へとひたすら飛ぶ。


月の傾きが目に見えて変わった頃、俺は短剣の振動が一気に強まるのを感じる。

そこには、大規模な魔法陣と、その中央にある一つの塔があった。


見た感じ、塔に何かを封印しているというより、魔法陣が何かの封印の起点になり、塔がその封印の楔となっているようだ。


塔からは竪琴だろうか、どこか聞き覚えのある旋律が流れてくる。

俺は上空を旋回し、塔の窓へとそっと降り立って翼を収納する。


部屋の中にいるのは一人の少女だった。

こちらに背を向けているが、その姿から高貴さが伝わってくる。

少女は部屋のベッドに腰掛けて、目を閉じて竪琴を奏でている。


魔法の産物なのか、部屋の中では赤と青、二色のクリスタルが淡部屋を彩っていた。


俺は高鳴る鼓動を抑え、部屋の中へと入る。


少女は演奏をやめると、竪琴を置く。

そして、こちらへと振り向いた。


「……15年間、お待ちしておりましたわ」


塔の中の姫君はそういうと、俺に微笑みかけてきた。

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