幕間 蜜月

運命の愛

住の江の 岸による波 よるさへや

夢の通ひ路 人目よくらむ

––––百人一首十八番


––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––


気がつけば、俺は浜辺にいた。周囲の景色に見覚えがある……ここは、エルの島だ。


ふわふわした全能感が俺を揺さぶる。


––––ああ、これは夢だな。


俺はそう悟り、上を見上げる。夢に似つかわしい蒼い月が、憎らしげに輝いていた。


「ふふふ、どうかされたのですか?」


まるではじめからそこにいたかのように、俺の隣にエルが現れる。


夢だとは分かっているが……俺は愛おしさに耐えきれなくて、そっとエルの手に己のそれを重ねる。


エルは微笑むと、下から優しく握り返してくる。

俺はその微笑みに、普段は取り繕っている自分の外面がすっかり剥がれてしまうのを感じる。


「……あなたの軌跡を追いかけています」

「……ええ」

「……その過程で、多くの人を死なせてしまいました」

「…………ええ」


魔境攻略作戦の総死者数は、五千人を下らない。


「それでも、俺は、あなたに……」


と、エルは俺の唇を指で押さえる。


「ダンジョンマスターはダンジョンをある程度制御できますが、それは不完全ですわ。ダンジョンの外にモンスターが溢れ出しているのはその証拠……いずれその制御は効かなくなり、地上にモンスターが溢れかえっていたでしょう」

「…………」


確かに、どのダンジョンも制御されていたようにはあまり見えなかった。


構造がいじられていたり、内部のモンスターの発生状況が操作されていたりはしていたが、ダンジョンの根本的な部分は全く変わっていなかったように思われる。


「その危機を取り除いただけでも、人類にとって大きな功績と言えますわ」


……待て。

どうして夢の中なのに、俺の知らない情報が出てくる?


「わたくしは叡智の姫ですから、それくらいのことは知っていますわ」


エルはそう、煙に巻くようなことを言う。


––––まあ、いいか。


俺はそっとエルを抱きしめる。

幻とは思えない、エルの甘い香りが俺の鼻をくすぐる。


「愛していますわ」


逢瀬を重ねるたび、愛の言葉はその意味を増していく。

エルの飾らぬ愛の言葉は、かえって俺たちの間に横たわる愛の意味を克明に示していた。


「……俺も……あなたを愛しています。この指輪に誓ったように、永遠とわに」

「ふふふ」


俺たちはそっと引かれ合いキスを交わす。



そして夢が弾け、何もなかったかのようにすべてが消え去った。

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