第3話

玲奈の住む屋敷に向かうと、早速玲奈の部屋に案内された。

すでに俺と玲奈の婚約が決まっていることが周知されているのか、俺の扱いもそれに準じたものになっている印象だ。


「遅かったわね」

「……玲奈」


玲奈はパソコンを操作する手を止めると、ツカツカとこちらへ歩いていくる。そして俺を強制的にソファへ座らせると、抱っこを要求してきた。


玲奈は勝ち気で高飛車な面が目立つが、その実結構甘えん坊であることは、今までの関わりでわかっていることだ。


俺はひょいっと玲奈の体を持ち上げて、膝の上に座らせてやる。


「……他の女の匂いがするわね」


玲奈がそう言って眉を顰める。一応、体に炎を纏わせて痕跡や臭いをすべて消したはずなのだが……


「別に嗅覚の話じゃないわよ。どちらかと言えば、女の勘……かしらね」

「…………」


それは炎では消せないし、防げないものだ。


「……で、要件は何かしら?」

「……一週間後の魔境の攻略作戦が企画されれている。それへの投資と、必要となる物資の手配をお願いしたい」


玲奈は手を差し出してくる。俺は玲奈の意図を察して、紙の束を渡す。

ダンジョン探索者協会東京支部の建物から出るときに、麻奈さんから手渡された計画の資料だ。


玲奈はぱらりぱらりとそれをめくり、軽く目を通すと返してくる。


「……まあ、いいんじゃないかしら?あとはこちらで進めておくわ」

「……助かる」


そういうと、玲奈は体の向きを百八十度変えて、向き合うような体制をとる。


「……最初に攻略するのは、解放者の本拠地……“龍宮“なのね。てっきり黒子ビハインドザシーンだと思ったのだけれど」

黒子ビハインドザシーンの本拠地が魔境にあるなんて書いてあったか?」

「少し考えればわかることよ」


相変わらずの頭脳だ……玲奈には、俺には見えないようなことがいくつも見えているのだろう。


「……質問に答えなさい」

「…………」


俺はしばしの間沈黙して、自分の中にある煙にように掴みどころのない感情を整理して、言語化していく。


「俺は……黒子ビハインドザシーンに恨みや、怒りはない。あるのはただ……無力感と喪失感だけだ」

「……無力感、喪失感だけ?嘘ね。目を逸らしているだけだわ」


玲奈はそういうと、じっと俺の瞳を見つめてくる。何もかもを見通すようなまなざし。俺は居心地が悪くなり、目を逸らそうとする。


しかし、玲奈はそれを許さずに、ぐいっと顔を俺の顔を固定した。


「無力感も喪失感も、もう浸るのは終わりにしなさい。あなたの本当の感情は何?」

「俺は……」


俺の脳裏に、エルの亡骸がフラッシュバックする。


「俺は……エルを守りたかった。愛する人を、この手で……」


俺の中にある感情に名前をつけるとするならば……後悔だ。


「ならば、今度こそ守ってみなさい。あなたの周りにいる、大切な人を」

「……そうだな」


そうだ。あの時……決意したではないか。大切な人を守るため、『最強』を目指すと……今こそ、原点に立ち返る時だ。


「期待しているわよ。あなたは、私の未来の夫なのだから」


そう言うと、玲奈は妖艶に微笑むのであった。

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