第1話 来客

「……ん。この気配は……玲奈」


俺の膝上で眠りに落ちていた澄火はチャイムの音に起きて、気配から誰かを特定する。


「玲奈が?」


俺は脳裏にwhyやhowといった疑問が浮かんだが、とりあえず応対するために玄関まで行く。


かちゃりと戸を開くと、薄い灰色の和服を着た玲奈が立っていた。手には書類ケースのようなものを携えている。


「……気配とか直感で人の接近がわかるんじゃいのかしら?」

「普段はそんなにセンサーを全開にしているわけじゃないからな。……一人か?」

「部下は下に待機させているわ。入っても?」

「ああ。どうぞ」


俺は玲奈をリビングまで招く。

玲奈はこの家に来るのは初めてなので、いろいろなものが飾ってある壁を興味深そうに見ていた。

澄火がすでに、飲み物を用意してくれていた。


「……それで、どうしたんだ?」

「……立ち直ったようね?」


来訪の目的を問う俺に、礼奈は質問を返してくる。


「ある程度は、な」

「そう」


玲奈はそういうとこちらをじっと見つめてくる。俺の思考や感情までも、全て見通されているようで、少し居心地が悪い。


「話は変わるけど、我が来栖財閥にはセキュリティを担う“来栖セキュリティ”という会社があるわ」

「ああ、知っている」


以前来栖財閥の組織図を玲奈に見せてもらったことがある。

“来栖コーポレーション”という持ち株会社––––家族経営であり、従業員の数はわずか150人ほど––––があり、その下に来栖工業、来栖商事、来栖銀行……などの企業がある。

その中の一つに、警備会社である“来栖セキュリティ”という会社があったはずだ。


「警備会社というのは表の顔。あの会社は本来、防諜、そして情報収集を担当する会社でもあるわ」

「そんな情報を俺に話してもいいのか?」

「ええ。すでに周知の事実だもの」


なるほど。今更、というわけか。


「そしてこの資料が、来栖セキュリティが集めた生前のエルと、そしてエルの配下の行動データよ」


そう言って、玲奈は書類ケースから分厚い封筒を取り出して、机へと置いた。


「軽く見るだけで、かなり不自然なところがあるわ。例えば、魔境の一つ……“Origin”に密かに行ったりだとか」

「“Origin”に?」


最初のダンジョンにして、世界最悪の魔境に……一体何の用で?


「理由は分からないわ。他にも、エルの生前の行動には様々な奇妙なところがある……それがこの資料に詰まっているわ」

「……これを届けに来てくれたのか?」

「まさか。私は商人であり、あらゆる物事には対価を請求する……この資料も例外ではないわ」


玲奈のそのセリフからは、商人としての確かなプライドが感じられた。

ならばここは、俺も一人の取引相手プレイヤーとして、彼女に答える必要があるだろう。


俺は玲奈と睨み合い、要求を問う。


「……では、この資料の対価はなんだ?来栖玲奈」


玲奈は強気な視線を返し、要求を口にした。


「私と結婚なさい、若槻翔」

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