第10話 エル

「しかしそれは、国内の経済が一時的には衰退することを意味します。賛成派と反対派で国内の政治は二分され、私は命の危険さえも感じるようになり……そして、この島に移り住むことになったのです。今から3年前の話ですわ」

「……ひょっとして、今も反対派というのはいるんですか?」

「正確には反対派というより、私が産業に積極的に関わるべきだとする積極派と、関わるべきではないとする拒絶派と言ったところですわ。拒絶派の中でも急進的な、私を排除すべきだとする“排除派”の長が、私の実兄……第一王子なのです」

「ひょっとして、その派閥は黒子ビハインドザシーンと組んでいるのでは?」


エルヴィーラ王女と出会ったきっかけは、黒子ビハインドザシーンのエージェントにアーティファクトを強奪されそうになり、その黒子ビハインドザシーンのエージェントからエルヴィーラ王女の配下の人がアーティファクトを奪い返した……という事件だった。

あんなふうに、黒子ビハインドザシーンと組んでエルヴィーラ王女の活動を制限しようとしているのでは……?


「もちろん証拠はありませんが、その可能性は高いと思われますわ。この島には、並のエージェントであれば撃退できるだけの装備と人員は整っていますが……そうですわね。バクさんのような強者が2人来るだけでも、おそらくは厳しい戦いを強いられるでしょう」


ユニークスキルを持つ高レベルの探索者は正しく一騎当千であり、並の探索者であれば片手間に吹き飛ばすことができる。

俺でさえ、そこら辺の探索者のグループくらいだったら一瞬で片をつけることができる。


「……ですが、この恐怖にももう慣れました。ですので、心配は要りませんわ……あら」


俺はエルヴィーラ王女の手に自分の手を重ね、優しく握る。

たおやかで、そしてひんやりとしている。……まるで、常にある死の恐怖を暗示しているかのように。


「ふふふ。心配はいらないと申しましたのに」


エルヴィーラ王女はそう言って微笑んで、ぎゅっと下から俺の手を握り返してくる。


「……エルヴィーラ王女」

非公式の場面プライベートですし、王女はなくても構いませんよ?なんなら、玲奈さんと同じようにエルと呼んでいただいても」

「……エル」


じっとエルと見つめ合う。波の音が響く。月の光が静かに俺たちを照らす。


「……あなたとこうしているだけで、少し自分が弱くなったように感じますわ」

「ならばその分俺が守りましょう。あなたにいただいた力も使って」


俺たちはどちらからともなく引き合い、そっと唇を重ねた。

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