第9話 夜会

その日の夜。俺は澄火を起こさないように、するりとベッドから抜け出した。


目指すは、今日遊んだビーチである。なんとなく、エルヴィーラ王女がそこにいるような気がしたのだ。

果たして、浜辺にシートを広げて優雅に座るエルヴィーラ王女がいた。


「ごきげんよう、エルヴィーラ王女」


俺は近づいて声をかける。


「ふふふ、ごきげんよう、翔さん……いえ、『天翔』と読んだ方がよろしいですか?」

「あまりからかわないでくださいよ」

「ふふふ。どうぞ、お座りくださいな」


そう言って、エルヴィーラ王女は自身の隣を示す。

腰を下ろすと、後ろに控えているローズさんが紅茶を淹れて俺の前に置いた。


「ちゃんと来てくれましたね」

「……呼ばれましたからね」


わざわざ2人きりになったタイミングで、『夜会にきてくださいませ』と誘われたのだ。


「あえて場所を言わなかったので、来てくれるか不安でしたが……ふふふ。直感ですか?」

「ええ。なんとなく、こちらにいるような気がしました」


エルヴィーラ王女は微笑むと、紅茶を一口飲んでティーカップを置いた。


「少し、話を聞いてくださいませんこと?」

「……ええ」


エルヴィーラ王女は、深い知性を感じさせるその瞳を遠くへ向ける。


「私の身分は覚えてられますか?」

「……レイヴァント王国第三王女、皇位継承権7位」


エルヴィーラ王女の護衛になる前に見せられた資料に書いてあった。


「ふふふ。正解ですわ。……わたくしは、王家に生まれた以上、レイヴァント王国に奉仕することが当然だと教えられて育ってきました。そして、自身にこのユニークスキル……『遺物の記憶ロストメモリー』があると知ってからも、その教えは生きていました」

「…………」

「私はこのスキルを、戦闘ではなく産業に応用することにしました。我が国は––––大抵の小国がそうですが––––そこまで豊かというわけではありません。私のスキルを活かせば、少しは余裕が出来るかと思ったのです。結果は……想像以上でした」

「やりすぎてしまったのですか?」

「ええ。当時の我が国のGDPは、私がいたことで三倍に膨れ上がりました。急激な成長は社会問題を産むのが常ですが、それはこの成長も例外ではありませんでした……国民の間にぜいたくをする風潮が生まれ、そしてナショナリズムが高揚し始めたのです」


なるほど。エルヴィーラ王女の力を、自分たちの力と誤信してしまったのか。


「それは私が国民に黙ってアーティファクトによる産業の強化を行ったのが原因かもしれません。……いずれにせよ、このままではまずいと思った私は、産業の強化を一旦全て停止して、代わりに私自身が外貨を稼ぎ、還元するというやり方に切り替えました」

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