第8話 玲奈

玲奈の泳ぎが、ほぼ自由自在とも言っていいほどに上手くなったところで一旦浜辺に上がった。

一旦塩水を真水で流して、体が冷えないように体を拭き、横並びのベンチに2人で座る。


澄火とエルヴィーラ王女ははしゃぎ疲れたのか、手を繋いでビーチパラソルの下でスヤスヤと寝ていた。

さっき一緒に遊んでいたのもそうだが、いつのまにそんな仲良くなったのやら。


リリアとシュライエットは、2人で砂遊びをしている。リリアの鎖を芯にして、様々な構造物を作っているようだ。


と、横からつんつんと俺の体を玲奈が突く。


「ふむ……探索者の体だからかしら。硬いわね」


玲奈は遠慮なくブスブス指で刺してくるが、全く痛くない。

いくらステータスセイバーでステータスがある程度は制限されているとは言え、一般人の力ではトップレベルの探索者(自分で言うのもなんだが)の肉体を傷つけることなどできやしない。


「……殿方の体に触れたのは初めてだけれど……なんというか、平坦ね」

「平坦?」

「まだまだ成長するわよ!」


特に何も言っていないし、やってもいないのに怒られた。


「何がだ?」

「……別に」


ぷいっと拗ねたようにそっぽを向く玲奈。

なんだかよくわからないが、機嫌を取るべく俺は玲奈の方を向く。


ヘリコプターに乗ってきた時から、玲奈の血色が格段に良くなっている。


「少しは疲れが取れたか?」

「……そんなに変わってるかしら?」

「まあな。顔色が良くなってる」

「ポーションのおかげかしら?」


実際のところ、最高級ポーションがどこまでの効果があるのかというのを示したデータや実験は––––少なくとも公式には––––存在しない。

そもそも最高級ポーションの産出数がかなり少なく、実験に使用するには余りにも勿体なさすぎるというのもあるし、その被検体をどうやって選ぶのかといった問題もあるからだ。


さらに言うのであれば、ポーションを健康な人が飲んだ時の効果についても、ほとんど研究がないのだ。

もし健康増進効果や美肌効果なんかがあれば、あっという間に買い占められて戦略物資であるポーションが枯渇するのが目に見えているので、わざと制限しているのかもしれない。


「最近どこか体の具合が悪かったから……もしかしたら、遅効性の毒でも盛られていたのかもしれないわね」

「毒……」


ヘリコプターでポーションを渡した時、なんとなくそうしたほうがいいという「直感」に基づいてポーションを渡した。


その直感が玲奈が毒に侵されていることを察知した結果だ……ということも、確かにあり得る。


「仕方のないことよ。この立場である以上、誰かを切り捨てることは必要よ。切り捨てたのは私である以上、切り捨てられた人間に恨む権利はあると思うわ」

「……玲奈」


少し寂しそうに微笑む玲奈。


普段彼女は、自分の周囲の人間を「味方」か「敵」でしか分けられないような生活を送っているのかもしれない。


と、玲奈がふわ……と小さく欠伸をする。


「…………少し寝るわ。できれば……その、そばにいて欲しいわ」

「ああ」


玲奈はこちらに手を伸ばすと、ぎゅっと手を握ってくる。

ステータスなどないはずだが、意外と力強く感じる。

先ほどの話を聞いた俺に話すことなどできるはずもなく、そのまますやすやと玲奈が眠るのを見守る他なかった。

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